第162話 レイドボス
ベル騎士団の面々――ベル、オズ、レントン、ギリアムは、北進を続け山岳エリアの終わりまで来ていた。
目の前には中央エリアの平野が広がっていて、四人はそれぞれに地図を見ていた。
「おいぃ! なんかひとつ旗が消えてるんだけどぉ! うちは大丈夫なのかよぉ!?」
ギリアムの甲高い声に、ベルの眉間に深い皴が刻まれる。
「うるさい。気が散る。レントン、黙らせて」
「了解だ、団長殿」
「ギィィ!」
レントンがギリアムの頭に腕を巻き、思い切り締め上げる。
オズがベルに尋ねる。
「ジュノーから、どの辺りで旗揚げするか聞いてないのか?」
「聞いてない。候補地の情報とか事前にはわからなかったし、そもそも幹部といっても私はクラス違うしね」
「へえ。幹部でも差をつけてるのか」
「最高幹部がいる。ザスパールとかね」
四人の目的は迅速にジュノーと合流することだ。
しかし肝心のジュノーの所在が分からない。
「魔導の色が旗の地の色になるなら、緑の旗のはずよね?」
「だな。新たにもうひとつ旗が立ったが、青地だ」
「グレンかな?」
「おそらく。青地に羽根だからな」
「羽根……そうか、雛鳥だからね」
「なあ、レントン!」
「ああ!? なんだ!」
レントンは逃げ出したギリアムを追っかけまわしている最中だった。
ギリアムは木に登り、その下でレントンは忌々しそうに見上げている。
「レントンも幹部だろう? 何か聞いてないか?」
「ないな、まったく。俺が幹部になったのはベルム直前だし」
「そうか……」
「でもベルも聞いていないのは意外だな。俺にはザスパールの次の側近に見えたんだが」
するとベルはふいっと目を逸らした。
「ジュノーが信じてるのはザスパールだけだから」
オズが腕組みして言う。
「しかし、弱ったな。闇雲には捜せないぞ? ベルムは広いし、俺たちには時間制限がある」
「わかってるわよ、そんなこと」
ベル騎士団は本拠地をもぬけの殻にしてきている。
誰かがその気になれば、すぐにでも行って落とせる状況にあるのだ。
「落とされた旗は誰だったんだろうなあ?」
「たぶん、ジーナ。裁判官を多く輩出してる家系だから」
「ああ、だから天秤ね。なるほど……」
「でも。誰が落としたんだろう? 序盤の本拠地攻めってけっこうリスキーよね?」
「まあな。やるならたぶん――みんな! 伏せろッ!!」
オズの大声に、ギリアム以外がその場に屈みこむ。
木登り中のギリアムは、枝葉に隠れ、幹にしっかと捕まった。
しばらくして、地響きが近づいてきた。
ドカラッ、ドカラッ、と重い蹄の音が複数聞こえてくる。
姿を現したのは、黒い巨馬に乗った悪魔鎧の騎士。
率いるは、骨馬に乗った十騎ほどの骸骨騎士たち。
周囲に死の気配を振り撒きながら、隠れるベルたちの前を通り過ぎていく。
ベルが震える声で言う。
「……やっば。夢に出そう」
オズが頷く。
「見つかったら終わりだ。気をつけねぇと」
レントンが二人の元へ匍匐前進で近づいてきた。
「やべえ。ヤバすぎる……あれ、ロザリーだよな?」
「他に誰がいるのよ、レントン」
「いや顔がわからねえから。あの鎧、何なんだ?」
するとオズが説明を始めた。
「別に特別な力があるとかじゃない。悪魔鎧はロザリーの仮面だ」
「仮面?」
「ロザリーはバカ強いが甘いところがある。顔を隠して冷酷に徹するための仮面なのさ」
ベルがオズに問う。
「じゃあ、ジーナを潰したのは……」
「十中八九、ロザリーだな。ああやって中央エリアを周回しながら、敵を間引いているんだろう」
「だけどよ。ロザリーは旗揚げしないのか? 優勝するのは最後まで残った騎士団長だろ?」
レントンの問いに、ベルが答える。
「別に旗揚げするのは最後の最後でもいいわ。それに……今やってるのが旗揚げ準備なのかも」
オズが手を打つ。
「なぁるほど。周回して間引きながら、ついでに味方を拾ってんのか」
「これだけ目立つ形で決まったルートを周回してれば、すぐに集まると思う」
「対してこっちはロザリーを警戒しながら移動しなきゃならないから、余計に時間がかかる、と。うまいやり方だよ、まったく」
「おいおい、オズ。お前こそロザリー派の幹部なんじゃないのか。そういう作戦全く聞いてないのかあ?」
「悪いな、レントン。俺はお前らどころじゃなく信用失ってんだよ。なにせジュノー派だってばらされちまったからさ」
「ふん。そういやそうだったな」
オズがその場で立ち上がった。
もうロザリー率いる地獄の騎士団の姿は見えず、蹄の音も聞こえない。
オズはそのまま樹上のギリアムを振り返った。
「降りてこいよ、ギリアム。もうレントンは追っかけないからさ。作戦会議だ!」
手頃な茂みに隠れ、一枚の地図を囲んで四人は額を突き合わせた。
「あ~! もうっ!」
突如、ベルが地図に拳を落とした。
驚いたギリアムが言う。
「どっ、どうしたんだよ、ベル」
「私、ず~っと地図ばっかり見てる気がするっ!」
オズが笑った。
「心配すんな。俺もだよ」
レントンが、ベルの拳で寄った皴を伸ばしながら言う。
「しかし、どうする。目的地はわからない。時間制限つき。とりあえず中央エリアに潜伏しておきたいが、ここはやべえ奴が周回してる」
するとギリアムが言った。
「あれってほんとにロザリーなのか?」
レントンが首を傾げる。
「ほんとにって……見ただろう?
ギリアムがコクコクコクコクと小刻みに頷く。
「見た。でも俺、ロザリーが
「ああん? お前、課外授業行かなかったのか?」
「行ったよ、必修だし! ……でも俺、気を失ってたから」
「なんだ。だっせえ」
「だっ……! レントンだってロザリー相手じゃ何もできないだろう!?」
「絡むなよ、めんどくせえ」
「俺が絡む!? レントンのほうが――」
するとオズがにやけ顔でギリアムを指差した。
「はっは~ん。わかったぜ、ギリアム。お前、実はロザリーが好きなんだな? かわいいかわいいロザリーちゃんが、こわ~い
「オ、オズ」
「何だ、ギリアム?」
「……殺してやるっ!!」
「ひゃー殺されるぅー。でも
「クフフ。がんばれ、ギリアム!」
ふざけ合う男三人に向かい、ベルが低い声で言った。
「もういいかしら? 私たちには時間制限があるんだけど」
三人はピタリと動きを止め、それから所定の位置に戻った。
それっきり誰も何も言い出さないのを見て、オズが切り出す。
「今みたいに隠れつつ、うろうろしとく?」
ベルとレントンが悩ましそうに首を捻る。
「時間制限あるのに、ただうろうろするってのも……なあ」
「レントンが言った、中央エリアに潜伏する案はいいと思うの。ジュノーがどこで旗揚げするにせよ、長い距離を移動しなくて済むもの」
オズが口を尖らせる。
「でもよ、中央エリアって地図見る限り平野部ばっかで隠れる場所ねーじゃん。そこを地獄の騎士団が周回してるんだろ? 時間制限くる前にやられちまわね?」
するとまた、ベルとレントンが悩ましそうに首を傾捻った。
その様子を眺めていたギリアムが口を開く。
「隠れる場所、あるけど」
三人の視線がギリアムに集まる。
「なんでそんなことわかんだよ」
と、レントンが問うと、ギリアムは先ほど登っていた木を指差した。
「上から見た」
次にオズが問う。
「まだ暗いのに? 見えた気がしただけじゃないのか?」
ギリアムは首を横に振り、地図の北部を指した。
「この辺にでっかいツリーがあって、めっちゃ明るいんだよ。それでけっこう広い範囲まで見渡せるんだ」
三人が顔を見合わせる。
「ツリー? 何のことだ?」
「たぶんこれよ、ウィニィ様の〝槍の塔〟!」
「なぁるほど! 『光あれ』か!」
ギリアムが、今度は地図の中央付近を指す。
「この辺は人より高い丈の草が茂ってる湿地帯なんだ」
「湿地帯? そんなとこまで見えたの?」
「光が反射してたからな」
「ああ、なるほど」
「人が湿地帯に近づくのも見たけど、迂回してた。泥が嫌なんだ。馬も湿地は嫌だろ?」
レントンが、がばっとギリアムを抱き込んだ。
「でかした! ギリアム!」
「よ、よせよ、レントン」
ベルは憂鬱そうに地図をなぞった。
「山登りの次は、湿地を踏破するの? 何か私たちだけ競技が違う……」
そんなベルの肩をオズが叩く。
「いいじゃないか、団長。希望が見えてきたってもんさ」
「そうね、そうなのかも」
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