第161話 天秤の旗、王冠の旗
実況席。実況のヘラルドが言う。
『さあ、最初の旗が立ちました。さらに間を置かず二つ。いよいよ戦も本番ですね、公!』
話を振られた首吊り公は首を傾げる。
『ん~。ちょっと早いね』
『早いとは?』
『仲間を集めて、十分な態勢で旗揚げするには時間がかかるってことさ』
『なるほど。では、この三つの旗は?』
『三つすべてが、とは言わないが、粗忽者が混じってるかもしれないね。派閥とかぜんぜん作ってなかったけど、なんか当日その気になって旗揚げしちゃいました、みたいな』
『それは……なかなかチャレンジャーですね』
『この手の粗忽者がたまに勝っちゃうのもベルムなんだけど……ああ、今回はダメみたいだね』
『む! 旗揚げ間もない三つの本拠地のうち、天秤の旗が掲げられた中央エリア〝エノーク野営陣〟が攻撃を受けているようです!』
『この本拠地は
『たしか――公が勝ち抜かれたときも〝エノーク野営陣〟を本拠地にされたと記憶しています』
『よく知ってるね! さすがはヘラルド君』
『恐縮です』
『少数の騎士団が本拠地にするにはもってこいの場所なんだがね。だがこれは無理だ。見たところ団員は四名ほどで強者はいないし、対する攻め手はあの子だろう?』
『全身鎧に兜姿で顔がわかりませんが、おそらくこれは――ロザリー=スノウオウル!』
――エノーク野営陣。
建物はなく、いくつもの馬防柵と土塁で構成された本拠地である。
その隙間を埋め尽くすように
兵士どもの目的はひとつ。
侵入者の排除だ。
件の悪魔鎧に身を包み、黒い骨馬に乗るロザリーに向かい、
「〝野郎共〟」
ロザリーが口を開いた瞬間、兵士どもの群れが爆発した。
彼らの足元から地獄の兵団――スケルトンの群れが襲来したのだ。
すぐに後続の
しばし馬上で推移を見守っていたロザリーだったが、次第に顔が曇る。
「……土人形が減らない。どんどん生まれてきてるのね?」
からくりを察したロザリーは、中空に向かって剣を指し示した。
「橋になれ、〝野郎共〟!」
命令は毛ほどの間も置かず、地獄の軍団に伝わった。
スケルトンたちは互いに絡み合い、もつれ合いながら、上へ上と積み上がっていく。
そしてある瞬間、骨の塔はぐらりと倒れ始めた。
倒れた方向は青地に天秤の旗が揺れている場所で、おそらくは野営陣の中枢部と思われる場所。
「フッ!」
黒い骨馬――グリムが骨のアーチを渡る。
遥か下に
女子が一人、他は男子。全員が青のクラス生。
女子生徒はロザリーでも知る大貴族の令嬢、ジーナだった。
「騎士団長は――そうか、ジーナの家って裁判官の家系だったっけ」
ジーナが男子をけしかけるが、みんなジーナより後ろに下がって向かって来ようとしない。
そうしているうちに、ついにロザリーが中枢部に降り立った。
ジーナと男子三人は、顔を青くして鎧姿のロザリーを見るしかなかった。
グリムは青白く燃える前脚を掻き、いつでも突貫できると主人にアピールしている。
ロザリーは愛馬の求めに応じず、ゆっくりと進ませた。
骨馬に乗る悪魔鎧の騎士。
ぬらりと抜いた剣が死神の鎌に見える。
尋常ではない気配で近づいてくるロザリーに、男子三人が目配せし合う。
「行くか?」「……しゃーねぇ」「やるか!」
息を合わせて三人が躍り出た。
三人それぞれの手の甲に【剣のルーン】が宿る。
最初の一人が左から、馬に跨るロザリーの太ももを狙う。
二人目はやや遅れて右から跳び上がり、ロザリーの首を払う。
最後の一人は正面下方の死角から、力を溜めて突きを放つべく屈みこむ。
「がっ! ぐはっ……」
最初の一人は太ももを斬りつける前に、易々とロザリーに両断された。
「取った!」
背を向けた格好のロザリーに勝利を確信した二人目だったが、グリムの首がぐるんとこちらを向き、剥き出しの歯が頭部をバクリと咥える。
一瞬の間の後、ザクロが弾けた。
「はぅあ……あわわ……」
三人目は攻撃する前に、屈みこんだ姿勢から腰を抜かして尻餅をついてしまった。
その頭上目がけ、グリムが高々と蹄を掲げる。
「ままま、待ってくれロザリィィ!」
馬上のロザリーが目を細める。
「やめようよ、命乞いなんて。これって
「そうじゃなくて! 俺、実はロザリーの隠れファンで!」
「……何それ? 意味わかんない」
グリムの蹄が三人目の腹に落ちた。
踏みつけたまま、ぐい、ぐいとグリムが地面に圧しつける。
「あぐあぇああ! ロザリーに踏みつけてほしかったのにぃぃ! でも馬越しの踏みつけも痛気持ちいいいぃぃ!!」
「……気持ち悪い」
「ダメ! ダメダメダメ死んじゃうからダメって終わっちゃうからぶべっっ」
三人目は大量の血液と内臓の臭いをまき散らして終わった。
一人になったジーナは、ガタガタと震えながら、へっぴり腰で剣を抜いた。
「……何よ、何なのよ……ざけんな。ふっざけんなっっ!!」
ジーナの傲慢なまでのプライドが彼女を奮い立たせた。
ギッ、と歯を食いしばり、ロザリーに叫ぶ。
「降りてきなさいよ、ロザリー! この私が勝負してやるわ!」
ロザリーは動かない。
馬上にあって、ただジーナを見下ろしている。
「~っ。見下しやがって。ふざけんな……っ!」
覚悟を決めたジーナが、ロザリーに斬りかかろうととした、そのとき。
ジーナの細い首に、後ろから、肉の無い骨剥き出しの指が巻かれた。
ハッと身体を硬直させたジーナが恐る恐る振り向くと、前髪が触れるほど近くにスケルトンの頭蓋骨があって、こちらを見ていた。
「寒ゥゴザイマスネェ……」
そう言ってスケルトンが不気味に笑う。
「ひっ……!」
「夜分ニスイマセン。オ聞キ死体ノdeathガ……」
「な、何よ」
「……心臓ヲヒトツ、頂ケマスカァァ!?」
「いっ! 嫌ああぁっ!」
身を翻して逃げ出そうとしたジーナの背を、スケルトンの持つ曲刀が貫く。
「あ、ひゅっ……ぐふっ」
「アァ……アタカイデスネェ……」
血に濡れて嗤うスケルトンに、ロザリーが眉を顰める。
「はしたないわ、四号。影に帰りなさい」
四号と呼ばれたスケルトンはその場に両膝をついてから、頭を下げつつゆっくりと暗がりに沈んでいった。
――一方、その頃。
ベルム北部、丘陵地帯。
天高くそびえる〝槍の塔エル・アルマ〟。
その天辺にはためくは、黄色地に王冠の旗。
ウィニィの本拠地だ。
本来ならば深夜である、旗はおろか塔の輪郭さえ、夜の闇に紛れて視認が難しいはず。
なのに塔は明々と暗い世界を照らし出していた。
塔の中頃にあるバルコニー。
騎士団長であるウィニィと、側近であるロイドが周囲を見晴らす。
ロイドは
「敵、来ないものですね」
後ろからロイドが言うと、柵に乗り出していたウィニィが振り返った。
「だろう? 言ったじゃないか」
「はい。一方、味方は順調に集まっています」
「でなきゃ困るよ。これだけ目立たせているんだから」
数名の仲間とここで旗揚げしたウィニィが最初に下した命令は、槍の塔を【
命令に疑問を持ったロイドは抗弁した。
「味方と共に敵も呼び寄せることになる」と。
しかしウィニィは命令を撤回しなかった。
結果は見ての通り。
刻一刻と増えていく味方によって槍の塔は眩いばかりのイルミネーションで飾り付けられ、対して敵といえる者は一人として近寄ってこない。
「みんな怖いのさ」
ウィニィがそう、ぽつりと言った。
「怖い……?」
「初めての戦場。一人ぼっち。僕だってロイドたちと合流するまで怖かった、心細かった」
「敵も同じ、だと」
「ああ。『光あれ』ひとつならわからない、むしろ襲ってくるかも。だがいくつも光があったら怖いじゃないか、そこに集団がいるということだから」
「味方は逆ですね。黄クラス生がたくさんいる、あそこに行けば安心できると思う」
「そういうこと。ま、ジュノー派の黄クラス生の仕業だと思われる可能性もなくはないけど……ジュノーはやらないよな、こんなこと」
「でしょうね。あくまで作戦の中心は緑クラス生であるはずですし……」
「なんかジュノー派に残った黄クラス生までつられてこっちに来ちゃってるけどね」
「嬉しい誤算です。彼らはウィニィ様に敵意があって残ったわけではありませんから」
「思わぬ戦力増強。僕って天才かも?」
「お見それしました。自分の先見の無さに恥じ入るばかりです」
するとウィニィは身体ごと振り返り、柵に後ろ向きに肘を乗せて寄りかかった。
「そんなこと言わず、これからも意見してくれよ。僕に意見できるのってロイドとパメラくらいだからさ」
「それもそうですね。ではこれからも噛みつかせていただきます」
「えーっ。ずいぶんあっさり……もしかして元から噛みつく気満々だった?」
「まさか。……しかしパメラは何をしているのでしょう。まだ姿が見えません」
「パメラのことだ、もう何人か仕留めているかも」
「
「フッ。そう、
「味方としては頼りになります」
「もちろんだ。……グレン派はどうだ?」
「近くに集まってきています。ウィニィ派の本拠地と悟り、近くが安全だと踏んだのでしょう」
「あんまり信用されても困るんだけどな……」
「討ちますか? 今なら楽勝です。グレンもいませんし」
「ん……いや。取り決め通りに。ロザリーを倒すには彼らが必要だ」
「了解です」
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