第134話 秘密の儀式―2

「ようこそ、秘密の儀式へ」


 ヴィルマがほのかに笑った。


秘密・・というのは表現ではない。それが儀式の名であり、まさしく儀式そのものでもある。では、何が秘密なのか?」


 ヴィルマは女子生徒たちの顔をついっと見回し、また妖しく微笑む。


「すべてよ。説明しましょう」


 ヴィルマが手招きすると、どこからかフクロウが飛んできて、彼女の肩に止まった。

 それは大半の生徒は知らないが、赤クラスの生徒にはおなじみの光景だった。

 このフクロウの能力は一つだけ。

 あらかじめ教えておいた名を、ランダムに鳴くことだ。

 生徒がやりたがらない係や雑用をさせるときに、ヴィルマは決まってこの〝フクロウの報せ〟を用いるのだった。


「儀式は、無作為に選んだ女子生徒一人と男子生徒一人がペアになって行う」


 続いてヴィルマは水面を指差した。


「泉の中央に小島がある。見えるかしら?」


 女子生徒たちが腰を曲げて覗きこんだり、顔を前に出したりして、目を凝らす。

 ラナが目を細めて言った。


「ええ? 見える、ロロ?」

「私は目が悪いので見えません! それより聞きました? ヴィルマ教官、って!」

「まだそれ言ってんの? あっ、ロザリーは暗くても見えるんだよね」

「暗いのはそうだけど、もや・・がかってて……島は見える。そこに……石造りの壊れた何か……祠かな?」


 ヴィルマはロザリーの言葉が聞こえていたかのように、説明を引き継いだ。


「あれは神殿。この儀式のために、始祖レオニードの時代に建てられたものよ。選ばれた男女はそれぞれあの島に向かい、二人きりで儀式を行う。儀式を終えて戻ってきたら、次のペアが島へ向かうといった具合ね」

「あの、ヴィルマ教官」


 アイシャが手を上げた。


「そのボートで島まで行くんですか? 私、船を漕いだ経験なくて」

「心配いらないわ。ボートは私だけ。あなたたちは使わない」

「……もしかして、泳いで?」

「ええ。アイシャ泳げなかった?」

「泳げますけど、でも――」


 アイシャは自分の着る白いぶかぶかのローブを見て、それから言った。


「――これ、濡れたら透けませんか?」


 瞬間、女子生徒たちにざわめきが広がった。

 ローブは薄手で、下に何も着ていない。

 アイシャの心配は当然のことだった。


「透けるし、身体にぴたりと張りつくわね」


 ヴィルマの答えに悲鳴が上がる。

 と、同時に、対岸から男子生徒の色めき立つ声が響いてきた。


「あら。ちょうどあちらでも同じ説明をしたみたいね」


 ヴィルマはおかしそうに笑う。

 女子生徒たちが口々に不満を漏らし始めた。

 怒りを滲ませる者までいる。


「心配しないで。丸見え・・・なのは男子も一緒だから」


 ヴィルマの言葉に、また違う悲鳴が上がる。


「嫌よ!!」


 一人の女子生徒が大声を上げて立ち上がった。

 家格ではジュノーと並ぶ大貴族の娘、青のクラスのジーナである。


「こんな儀式、何の意味があるの!? 付き合ってられない!」


 ヴィルマはわざとらしく首を傾げた。


「意味? そうねぇ、意味なんてないのかも。ウフフ……」

「ふざけないで! 帰らせてもらうわ!」


 ジーナは言うが早いか、ヴィルマに背中を向けて歩き出した。

 その途中で立ち止まり、女子生徒たちを見回す。


「みんなもこんな儀式、受けることないから!」


 生徒たちは、どうしたものかと顔を見合わせている。

 そこにヴィルマが言い放った。


「ええ、お帰りなさい。その時点で卒業できなくなるけれど」


 ジーナの足が止まる。

 振り返った彼女の顔は怒りに満ちていた。


「……ヴィルマ教官。あなた、私が誰だか知らないの?」

「もちろん知っているわ」

「あなたごときが、この私を卒業させないなんてできると思う?」

「そうねぇ。あなたのご実家は大貴族だから、いろいろ融通が利くわよね。実習であなたを叱責した指導騎士は今も行方不明のままだというし……」


 女子生徒の間でざわめきが起こる。

 当のジーナはフンと鼻を鳴らし、ヴィルマを見下すように顎を上げた。

 しかし。


「でも、うん。できると思うわ」


 ジーナはその場でカクンとバランスを崩した。


「っ、あなた、私がお父様に伝えたらどうなるかわからないの?」

「手に取るようにわかる。お父上はあなたを叱り、ソーサリエを訪れて頭を下げるでしょう」

「なっ……なんでよっ!」

「聞いてなかったのかしら? この儀式は始祖レオニードの時代から連綿と続いているの。当然、あなたのご両親も、ご先祖様もこの儀式を受けている」

「!!」


 ヴィルマはジーナから視線を外し、女子生徒たちを見回した。


「みんなもそう。ここにいる多くの生徒のご両親もソーサリエ出身でしょう。であれば、この儀式を受けているということ。つまり、この儀式は騎士となるための通過儀礼というわけ。儀式を終えねば騎士になれない。高位貴族だろうが王族だろうが例外はない。……わかるわね、ジーナ?」


 ジーナは口をへの字に曲げ、わざと大きな足音を鳴らして歩き、元の位置に戻った。


「それと、ジーナ。教官を見下すような態度を許すのは今回だけ。二度目はない。いいわね?」


 ジーナは不満そうにヴィルマを見上げ、それから無言で頷いた。

 ヴィルマはカンテラを片手に生徒たちの中を歩きだした。

 歩きながら、一人一人に語りかける。


「恥じらうことは好ましいことよ」

「あなたたちのような可憐な乙女が、獣みたいな男どもに裸を見せたくなんてないものね」

「でもね、これはしゅの構成要素なの」

「この儀式は昔、一糸まとわぬ姿で行われていた」

「裸は真実を表す」

「ありのままの姿でいることが、嘘を言わせぬ呪いとなる」


 生徒たちが囁く。


(なんのこと?)

(さあ?)


 ヴィルマが続ける。


「それでは儀式のやり方を教える」

「ペアになった男女は泉を泳いで渡り、神殿の中で対面する」

「対面した瞬間、儀式が始まる。儀式を終えるまでは神殿から出られない」

「まず、どちらか片方が質問する。『お前のひた隠す秘密は何か?』と」

「質問された方は正直に答えることになる。嘘はつけない。神殿はそういう領域になっているから」

「答えたなら、攻守交替。秘密を告白したほうが質問する。『お前のひた隠す秘密は何か?』と」

「つまり、秘密の交換ね」

「具体的に聞きたいことがあるなら、質問を変えてもいいわ。でも、当たり障りのないことを聞いてもダメよ? それでは儀式が終わらない」

「語るべきは秘め事。もちろん自分の秘密よ、他人の秘密ではダメ。誰にも知られたくない心情。心の奥底にしまっておいた事実。それを明かしてやっと儀式は終わる」

「あの、ヴィルマ教官」


 ロザリーが手を挙げた。


「なあに、ロザリー? 困るわ、あなたも帰りたくなったの?」

「いえ、やります。やりますけど」


 ロザリーは一瞬口ごもって、それから続けた。


「でも、この儀式をやる意味が本当にないのなら……私は嫌です、すごく嫌。だって、知られたくない秘密、ありますから」


 ヴィルマは目を伏せて、数度、頷いた。


「そうね、誰にだってあるし……あなたの秘密は特に深刻なものなのかも」


 ヴィルマは視線を上げ、ロザリーを見つめた。


「でも、心配しないで。その秘密が学内に広まったりすることはないから」

「……そう、なんですか?」

「儀式で知り得た秘密は明かすことができない。神殿内で嘘をつけないことと、外で儀式に関わる秘密を明かせないこと。これらは互いに呪いとなって補強し合う関係なの。だから秘密を知るのはペアの相手だけだし、その相手から秘密が漏れることもない」


 ロザリーは視線を泳がせながらも、何度か頷いた。


「それと、儀式をやる意味ね。さっきはああ言ったけれど、私は意味はあると思うの」


 ヴィルマは「私の解釈になるけれど」と前置きして、生徒たちに儀式の意義について語り始めた。


「秘密は毒だという。あるいは秘密こそが愛を育むという」

「真実はどちら?」

「きっと両方なのだ」

「人生において秘密とは、それほど曖昧で重要なもの」

「一方で、魔術には秘密を暴く術が存在する」

「卓越した騎士は、その手管をいくつも知っている」

「しかし、そんな騎士でも暴けないものがある」

「それは、自分の心」

「いくら人の心を読むのに長けていても、我が心は見えてこない。この森のように、もやがかって、朧げなまま」

「どんなに鏡を磨こうと、自分の心の奥底までは見通せやしない」

「この儀式の意味とは、ここにあるのではないかしら?」

「自分では覗けない自分自身の深層を、相手の質問を借りて強制的に言葉にする」

「この儀式で真に知るべき秘密は、自分が語る秘密」

「魔導の真髄は心の深淵にある。この儀式は、己を解する一助となろう」

「こんな儀式、なんの意味もないという人がいる。一方でこの儀式こそが必要だという人がいる」

「私は後者よ。確信している」

「この儀式の前と後で、あなたたちは変わる」

「さあ、始めましょう。騎士となるための儀式を」


 そのとき、ヴィルマの肩にいたフクロウが、けたたましい声で鳴いた。


「ろざりー! ろざりーすのうおうるっ!」


 ヴィルマがロザリーを見て、小首を傾げて笑う。


「嫌がる人ほど、真っ先に選ばれるものね?」

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