第133話 秘密の儀式―1
ソーサリエの広大な敷地の中には、青白い森がある。
名を〝しじまの森〟という。
内に向かって閉ざされた森で、常に
ひとたび森の中に入れば、そこが王都であることを誰もが疑うような静けさだ。
静寂に満たされた空気には、年若い学生たちに〝死〟や〝霊魂〟を身近に感じさせる何かがある。
夜になると、その気配はいっそう強くなる。
「これじゃ、しじまの森じゃなくてまっくら森だね」
白いぶかぶかのローブを着たロザリーが言う。
しじまの森にはランタンがぽつり、ぽつりと吊るされていて、その照らし出すわずかな範囲の景色だけが闇の中で浮き上がって見える。
三年生たちはその灯りを頼りに、森の奥へと歩いている。
白いローブはロザリーだけでなく、みんなお揃い。
この儀式の装束であると説明され、配られたローブに着替えて、みな参加している。
「下に何も着てないからスースーする……」
近くを歩いていたアイシャが不満げにそう言うと、その隣のラナがローブの裾をバッサバッサとはためかせた。
アイシャが顔をしかめる。
「やめなさいよ、ラナ。はしたない」
「へっへー」
ラナは儀式に参加するのは初めてで浮かれているようだ。
慣れた者でも迷うこの森で、学生の集団を先導するのはヘラルド。
この森の管理者だ。
「こっちだ……」
耳を澄まさねば聞き取れない微かな声。
剣技会の決勝を裁いたときとまるで様子が違う。
隣を歩くロロが、ロザリーにそっと耳打ちする。
「ほんとに同一人物なんですかねえ?」
「たぶん、ね」
ヘラルドの長い髪はざんばらで、顔はほとんど見えない。
暗い服装に、身長より長い木の枝の杖をついている。
杖の枝分かれした部分にはランタンが吊るされていて、歩くたびに不気味に揺れる。
「……まるで冥府の河の渡し守みたい」
「あっ、ロザリーさんもそう思いました?」
「見たことはないけど、たぶんあんな感じよね」
「
「だって死んだことないもん」
やがて少しひらけた場所に着き、ヘラルドは足を止めた。
後続の三年生たちも続々と辿り着き、全員が揃う頃にはしじまの森で唯一の騒がしい場所となっていた。
三年生が全員いることを確認すると、ウルスが大きな声を響かせた。
「ここからは男女分かれて移動する! 男は俺について来い! 女子はこのままヘラルドさんについてい行け! よそ見をするなよ、迷うと夜明けまで出られんぞ! わかったな!」
言うが早いか、ウルスは森のさらに奥へ歩き出した。
男子生徒たちが慌ててそれについていく。
ヘラルドは相変わらずか細い声で「こっちだ……」と言って歩き出した。
そこからしばらく歩いていて、ある瞬間、ラナが叫んだ。
「あ! 見て、池!」
ラナが指差すのは左手側。
たしかに樹々の奥に水面が見える。
転落防止のためなのか、水際に沿ってランタンが設置されている。
「池っていうか、泉じゃないです?」
ロロがそう言うと、ラナが宙を見上げた。
「そうかも。……でも何が違うの、池と泉って」
「何でしたっけ。キレイっぽいのが泉?」
「えーっ。なんか曖昧じゃない?」
「いや、ちゃんと違いがあったはずなんですけど。……何でしたっけ、ロザリーさん?」
「存じ上げません」
「なんで急によそよそしくなるんです!?」
「だってー。もしかしたら湖かもしれないしさ」
「それはたしかに。池と泉と湖の違いって――」
「――もうやめようよ、ロロ」
「ロザリーにさんせーい」
「……むう」
そんな話をしているうちに、またひらけた場所に着いた。
そこは泉のほとりで、樹々の枝葉が遠のいているからか、先ほどより広く感じる。
青白い森にあって、水は濃紺一色だった。
底は見えず、深さはわからない。
湖と呼ぶには小さいが、泉にしては大きい。
ふと気づくと、対岸から男子生徒たちの声がする。
「男子は泉の逆側を歩いていたんですね」
ロロの言葉にロザリーも頷く。
「そうみたい」
先導を終えたヘラルドは、ちょこんとお辞儀して、来た道を一人で戻っていった。
「え。私たち、置いてかれた?」
怪訝そうな顔でそういうラナに、ロザリーは首を横に振った。
「道案内担当が帰って、儀式担当が来るだけよ」
「ん? なんでそんなことわかるの?」
「だってほら、もう見えてる」
そう言ってロザリーは、泉を指差した。
水面に、いつの間にかボートが浮かんでいた。
こちらへゆっくり、澪を引いて近づいてくる。
ボートの上にはフードを被った黒ローブの人物が直立している。
身体のラインから女性とわかる。
ボートは漕ぎ手もいないのに、なぜだか一直線に進み、ロザリーたちがいるほとりに接岸した。
女性がカンテラを片手に、ひらりと岸辺に降り立つ。
妖しくも美しい立ち姿。
カンテラの灯りが彼女の顔を下から照らし出し、それがヴィルマであるとようやく女子生徒たちが気づく。
「ようこそ、秘密の儀式へ」
ヴィルマがほのかに笑った。
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