第132話 オズの密談

 ソーサリエには、校舎が建ち並ぶエリアから少し離れたところに広い庭園がある。

 里山を思わせる自然風の庭づくりで、草木が茂り、小川まで流れている。

 主に精霊騎士エレメンタリアの生徒によって使われる場所で、今も樹木に話しかける生徒や、木陰で瞑想する生徒の姿がある。


 その庭園に珍しく、魔女騎士ウィッチの生徒の姿があった。

 彼は自然にはまったく興味を示さず、早足で通り抜けていく。

 茂みの中の小路を行き、小川にかかる橋を渡ると、蔦の這った東屋あずまやが見えた。


 東屋の中には四つの人影があり、それを見た途端、オズの顔が曇る。

 彼が東屋に近づいていくと、見張りをするように立っていた一人――ジュノーの側近、ザスパールがそれに気づいた。


「遅いぞ、オズ」

「急に呼び出すからだ」


 オズは憮然とした表情でそう答えると、他の三人を睨むように見回す。

 一人は赤クラスながらジュノーに付いたベル。

 もう一人はずんぐりとした体型の土の精霊騎士エレメンタリア、ポポー。

 そして派閥の長、ジュノーといった顔ぶれである。


「俺と会うときは、ザスパールと三人だけって約束だったはず。そうだな、ジュノー」


 ジュノーは、悪びれる様子もなくこう言った。


「あなたが私に付いたことは、いつかは明かさなければならないわ」

最終試練ベルム直前か、本番でな。それも前に決めたはずだ」

「その他大勢はそれでもいいけれど。幹部には前もって話しておかないと統制が取れない」

「ロザリーに勘づかれたら台無しなんだよ」

「もちろん配慮してるわ」

「配慮だって? ハッ!」


 オズは嘲るような笑みを浮かべ、天を仰いだ。


「急に呼び出したこともそうだ。予定では会うのは今夜だったはずだろう? 思いつきで動けば気取られる。そんなこともわからくて何が配慮だ?」


 するとベルが口を挟んだ。


「仕方ないでしょう? 急に今夜の予定ができたんだから」

「予定? なんだ、ベル。逢引きか?」

「あいび……バッカじゃないの!」


 ベルは頬を赤く染めてそっぽを向き、それから吐き捨てるように言った。


「やっぱりコイツは信用できない!」


 その言葉を聞いて、オズが数回、頷く。


「なるほど、そういうことか」


 ポポーが申し訳なさそうに口を開いた。


「私とベルさんが、ジュノーさんに頼んだんです。オズ君は本当に味方なのか、直接会って聞きたいなー、って」

「なるほどな。話はわかった」


 ベルが腕組みして、ちらりとオズに目をやる。


「で。どうなの? 本気でロザリーを裏切ってこっちに付く気なの?」

「そう聞いたんだろ?」

「信じられない」

「信じるも信じないもあなた次第、なんてな」

「ふざけないで」

「つーかベル、ジュノー派の幹部なんだな。赤クラスの半分をまとめて差し出して、めでたく自分だけ重要ポストに収まった。すげーよお前、大物になるよ」


 ベルがオズを睨む。


「……今そんなこと関係ないでしょう」

「大アリだね。そんなお前を俺は信用していない。お互い様だな」

「答えになってないっ!」


 詰め寄ろうとするベルを、ポポーが慌てて止める。


「待って。落ち着いてください、ベルさん!」

「だってコイツ!」

「はいー、どうー、どうー」

「私は馬じゃない!」

「……どっかで見たな、このやり取り」


 オズが首を捻る中、ベルがポポーを両手で力いっぱい押す。が、怪力ポポーはビクともしない。

 ベルは大きく息を吐き、「わかったわよ」と言って数歩、後ろに下がった。


「オズ君」


 ポポーが振り返り、オズを見上げる。


「私も信じられないんです。オズ君らしくないなーって、思うんです」


 オズがヘラッと笑って首を傾げる。


「らしくない、って。そんなにお前と絡みあったっけ?」

「ないです。でもオズ君って目立つじゃないですかー、主に悪い意味で」

「……意外とはっきり言うのな、お前」

「きっとオズ君って、みんなが向いてるほうを向かない人なんです。だから人と違うことして、悪目立ちしちゃうのだと私は思うんですよね」


 オズがポリポリと鼻を掻く。


「いや、まあ、うん。否定はできないが」

「大勢が私たちの派閥に流れる中でロザリーさんに付いたのは、とってもオズ君らしい行動です。……でも、ロザリーさんを裏切って多数派に付くのは、オズ君の性質に合ってない。らしくないと感じがするんです」

「……そうか」


 オズはどう答えるべきか悩んだ。


(本当のところ、疑ってるのはジュノーだ)

(二人の口を借りて俺を問い詰めてる)


 オズはジュノーに目をやらないが、彼女の視線を強く感じていた。


「証拠はないさ」


 オズは、そう切り出した。


「お前たちを納得させてやれる証拠なんて、ない。そんなものあったら、先にロザリーが気づくだろう。だが、これだけは言える」


 クッと顎を引き、オズが四人を見渡す。


「俺はロザリーに勝ちたい」


 それを聞いて、四人の顔色が変わった。


「ジュノー、お前やグレンと同じだ。アトルシャンの一件で俺は変わった。変わらざるをえなかった」


 ジュノーはフッと笑い、庭園のほうに視線を外した。


「……あなたの何が変わったというの?」

「俺の中の、芯の部分だ。変わらないと自分を保てなかった」

「よくもまあそんな、らしくない大袈裟なことを……」

「だから実習は黒獅子を選んだ」


 ジュノーがハッとオズを見る。


「あなた、自ら希望したの? てっきり運悪く選ばれたものだとばかり」

「ロザリーを立てたのも俺だ。あいつ初めは立つ気がなかったからな、必死だったよ」

「土壇場で裏切るために?」

「俺はお前やグレンと違って、正面から挑んで勝てるとは思ってない」

「……あなたの方法なら、ロザリーに勝てると?」


 オズが宙を見上げる。


「……全部思い通りに運んで、やっと半々ってとこかな?」


 見張りを続けていたザスパールが吹き出した。


「半々? だったらお前の策には乗らないほうがいいな。ジュノー派は青クラスの大半も吸収して、今や三年生の八割近くまで膨らんでる。まず勝てるだろうよ」


 これにはポポーもベルも納得する様子だったが、ジュノーだけは違った。

 顔色を変えてオズの両肩を掴んだ。


「オズ、それは確かなの!?」

「全部うまくいったら、だぞ? できればもう少し勝率を積み上げたいとこだな」

「そうね。他に打てる手は……」


 ジュノーは珍しく興奮を隠せない様子で、忙しなく歩き回っている。


「ザスパール、何かない?」


 主に問われ、ザスパールは慌てて考えを巡らす。


「勝率を上げる方法か? そうだな……そうだ、〝海ひとひら〟は? 前に話したときはフェアじゃないってジュノーが却下したが。オズの話じゃ、ベルムは持ち込み可なんだろ?」

「そうね。……決めた、使うわ。剣技会であんなの見せられて、フェアも何もあるものですか。……そうだわ、オズ!」

「なんだ?」

「アイシャをどうにかできない?」

「どうにかってなんだ。ちゃんと話せよ」


 ジュノーは興奮している自分に気づき、長く息を吐いて気分を落ち着かせた。


「……剣技会で派閥内に動揺が広がっているの。ロザリーだけだと思っていたら、ロザリー派から他に三人も決勝に残ったから」

「だろうな。俺は本当はこっち側だが、まだそれは明かせない。となるとアイシャとラナが邪魔だな」

「そういうこと。どうにかできないかしら?」

「どうにかって例えば?」


 ジュノーが言い淀む様子を見せると、ザスパールが口を挟む。


「死なない程度に毒を盛るとか――」


 ベルも呼応する。


「――最終試練ベルム直前に大怪我するとかね」


 するとポポーが目を見開いて怒鳴った。


「そんなのダメですよっ!!」


 あまりの大声にザスパールは仰け反り、ベルが耳を塞ぐ。

 ジュノーが落ち着いた声で言った。


「そうね。そこまでする必要はない。ただ、何とかこっちに引き込んでくれると嬉しい」

「引き込むと言ってもなあ」


 オズが後頭部を掻く。


「当日でもいいの。あなたの策なら可能なはず」

「やってはみるが……展開次第だ、あまり期待はしないでくれ」

「ええ、もちろん。最優先事項ではないから」

「ラナはいいのか?」

「彼女はあて・・があるから」

「……そうか」

「じゃ、お願いね」


 次にジュノーはベルのほうを向き、弾むような声で尋ねた。


「さて、ベル。どうかしら、納得した?」

「納得とまではいってないけど」


 ベルはそこまで言って、ジュノーとオズを交互に眺めた。


「私はオズを信じるジュノーを信じるわ」


 その言葉にジュノーは微笑みで返した。


「ポポーはどう?」

「私は、う~ん……」


 ポポーは判断しかねる様子で唸っていたが、しばらくして頷いた。


「うん。さっきのオズ君の決意は伝わりましたから、私も信じることにしますー」


 ジュノーが軽く拍手しながら、オズに歩み寄った。


「よかった。オズ、あらためてよろしくね?」


 そう言って握手を求めてきたのだが、オズは後ずさりしてそれを拒否した。


「握手なんて、誰かに見られたら言い訳できないだろ」

「あなたって案外慎重よね」

「話はこれで終わりか? なら帰るぞ」

「いいえ。もう一つ、大事な話があるわ。……ベル、お願い」


 呼ばれたベルは、不服そうにオズの前に立った。


「今夜の儀式のことよ」

「儀式? なんだそりゃ?」

「やっぱり掲示板見てないのね。さっき、今夜の予定ができたって言ったでしょう?」

「あー、言ってたな。逢引きじゃなかったんだ?」

「っ! もう、ほんとふざけるのやめてくれる?」

「わりぃ、わりぃ。で、儀式ってなんなんだ?」

「毎年恒例の儀式で、三年生全員強制参加なの。この儀式は五つ目の卒業試験だって話もあるから、参加しなければ卒業資格を失うかも」


 オズが目を見開く。


「そりゃまた……わざと直前まで伏せられてるのかね」

「たぶん。毎年恒例なのに期日も内容も一切知らされないしね。でも……私は知ってる」

「あん? なんでだ?」

「おばあ様が昔、こっそり教えてくれたの。おばあ様が学生の時代からあって、とても重要な儀式なんだって」

「ふうん。で、どんな儀式なんだ? 悪魔でも召喚するのか?」


 冗談めかしてオズがそう言うと、ベルが真剣な表情で言った。


「儀式の名は〝秘密の儀式〟。オズの目論見、今夜の儀式で全部ダメになっちゃうかも」

「……なんだって?」

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