第131話 儀式のお知らせ

 ロザリーは食堂へ向かって歩いていた。

 ソーサリエ内の雰囲気は明るい。

 一、二年生にとっては剣技会を終えて冬休み直前だからで、三年生にとっては卒業試験の折り返しを過ぎ、あとは魔導実技試験と最終試練ベルムを残すのみとなったからだ。

 ロザリーが下級生たちの浮かれた声を聞きながら歩いていると。


「ロザリー……さんっ!」

「きゃっ!」


 振り返ると、ロロが顔をほころばせて立っていた。


「やりました! 初めて不意討ち成功しました!」

「ロロぉ。びっくりさせないでよ、もう」

「いつもは脅かす前に振り向くのに。ぼーっとしてましたね?」

「ちょっと考え事してて」

「さっきのウィリアス君の?」

「ん」


 二人は黙りこみ、しばらく無言で歩いた。

 中庭が見えてきた頃、ロロが再び口を開く。


「なぜなんです?」

「ん?」

「グレン君を本気で叩きのめしたこと」


 ロザリーはうんざりした顔で言った。


「ロロまで私を責めるの?」


 するとロロは、慌てた様子で胸の前で手のひらをぶんぶん振った。


「そんな、責めたりしませんよ! でも、何でかなって。私はすっごく強いロザリーさんを見たかったですけど、きっとロザリーさんは手加減するだろうと思ってました。今までずっと、そうしてきたんですから」

「んー、そうだね」

「そうでしょう?」


 ロザリーはしばらく逡巡して、それから話し出した。


「……前から決めてたの」

「何をです?」

「次にグレンと戦うときは手加減しないって」

「あー、そうなんですね」

「前に手加減してたことであいつを傷つけちゃったから。本気で戦ってもある意味傷つけちゃうんだけど、それでもグレンにはそのほうがいい気がして……わかんないよね、こんなの」

「グレン君とこれからも親友でいるため?」

「そう! よくわかるね、ロロ。で、グレンにだけ本気でやるのもどうかと思って、なら他の対戦者にも完勝しなきゃって。結局、降参ばかりだったけど」


 ロロは長いため息をつき、ボソッと呟いた。


「はぁ。グレン君がうらやましい……」

「なに、ロロ?」

「いえ! 何でもないです!」

「そう? ならいいけど」


 中庭を超えて食堂と学生課がある棟が見えてきた。


「ん?」「おや?」


 棟の外側にある大型掲示板の前に人垣ができている。


「ロロ、今日何かあったっけ?」

「心当たりはありませんが……あっ、成績が出てる! そっか、剣技会は採点とかいらないから、すぐ結果が出るんですね」

「なるほど。……見てく? 結果はわかってるけどさ」

「ええ! ロザリーさんの名前が一番上にあるのは何度見ても気分いいですから!」

「喜んでくれるのは嬉しいけど。今回、ロロの名前は――」

「ええ、ええ。一番下です。わかってますとも」


 人垣のすぐ後ろまで来ると、何人かが振り向いた。

 彼らはロザリーから距離を取り、それを感じて振り向いた何人かがまた距離を取る。

 そのうちにロザリーの前の人垣が割れ、道ができていた。

 ロザリーとロロは顔を見合わせ、俯き加減にその道を行く。


(なんなの、これ)

(剣技会で無双した影響ですね。みんなビビってます♪)

(嬉しそうに。……私、気分悪い)

(楽ちんでいいじゃないですか。私たちはルーク君みたいに人混みを瞬間移動できませんし)

(それはそうだけどさ)


 二人はあっけなく成績の貼られた掲示板の前に辿り着いた。


 戦闘実技結果

一位 1000点 ロザリー=スノウオウル

二位 750点 グレン=タイニィウィング

三位 600点 ラナ=アローズ

四位 550点 ウィニィ=ユーネリオン

四位 550点 ジュノー=ドーフィナ

六位 500点 テレサ=エリソン

六位 500点 アイシャ=リンクス

六位 500点 オズモンド=ミュジーニャ


「むふー!」


 鼻息荒く、勝ち誇った笑みを浮かべるロロ。


「そんなに嬉しい?」

「もちろんですとも!」


 ロロは大きく頷き、上位成績者の点数を指し示した。


「思っていた通り、点差が大きい! ロザリーさんが総合一位を取るのはもはや確定的です! 歴代最高点の更新も見えてきました! そうなればロザリーさんの名は永久に刻まれることになるでしょう! 銅像が立つかもしれませんよ!」

「また大袈裟な……」

「そ・れ・に! 上位成績者の半分がうちの派閥というのも素晴らしい! 剣技会はロザリー派の完全勝利だと言えます!」


 と、そのとき。

 人垣をかき分けて、小柄な少女が近づいてきた。


「あの! ロザリー先輩っ!」


 同級生ではないが見覚えのある顔に、ロザリーがハッと気づく。


「あなたは、たしか土下座の……」


(どなたです?)


 ロロに小声で聞かれ、ロザリーも小声で返す。


(ほら、剣技会の一回戦で当たった一年生)

(ああ、ボコって土下座させて、その後の降参ラッシュの原因になった?)

(別にボコってなんか!)


「私、私……っ」


 見ると、小柄な一年生は直立したままブルブルと震え出した。

 その様子に周囲がざわつく。


(かわいそうに、あんなに震えて)

(何をしたんだロザリーは)

(今からするんだろ)

(止めろよお前)

(無理だよ、お前がやれよ)


 ロザリーは慌てて一年生に謝った。


「えと、ごめんね? 一年生にはもっと優しくすべきだったかも! なのに土下座とかさせちゃって……ほんとにごめん!」


 すると一年生は勢いよく首を横に振り、ロザリーを見上げた。

 唇が震え、頬が紅潮している。


「ルヴィって言います! 私、先輩に負けたあとすっごく落ち込んで……入学してから私なりに頑張ってきたのに、全然敵わなくて。でも、決勝トーナメントでロザリー先輩の勇姿を見て、すごいなあって!」

「あ、うん」

「観戦に来てた弟も、姉ちゃんあの人と戦ったんだね、すごいねって! 私、すごく誇らしくて!」

「そうなの?」

「私っ! 今日からロザリー先輩の信者になるとここに宣言しますっ!」

「……しんじゃ?」


 呆気にとられるロザリー。

 そこに横からロロが割って入り、ルヴィの手を取り、ぎゅっと握った。


「同士よ!」

「はあ!? ちょっと、ロロ!」


 眉を寄せるロザリーをよそに、信者二人が会話する。


「えと、あなたは……?」

「信者歴三年目に突入した、三年生のロロです!」

「おぉ! 先輩!」

「ちなみにロザリーさんのルームメイトです!」

「なんと! それはうらやましい……」

「大丈夫! 同士のあなたには、ロザリーさんの私生活の秘密を余すことなく教えて差し上げましょう!」

「ほんとですか!」

「二人でロザリー教を盛り立てていきましょう!」

「はい! ロロ先輩!」


 ロロとルヴィの醸し出す異様な雰囲気に、さらに注目が集まる。


「言いたいことが山ほどあるけど……とりあえず、早く行こう?」


 ロザリーが切り出すと、やっと二人の会話が途切れた。


「もう帰るんですか?」


 ロロに聞かれ、ロザリーが背後を指差す。


「視線が気になって」


 ロロがチラッとだけ振り返り、頷く。


「……みんな見てますね。帰りましょうか」

「あ、ロロの順位も見とく?」

「結構です。後で一人で確認します」


 ロロはきっぱりと断った。


「じゃ、ルヴィ。またね」


 ロザリーが去ろうとすると、ルヴィが服のすそを引っ張って止めた。

 ロロが眉をひそめる。


「ルヴィさん、名残惜しいのはわかりますが、信者としてその行動は――」

「――そうじゃないんです、ロロ先輩。三年生はアレ・・も見ておくべきだと思いまして」

「「アレ?」」

「ほら、重要連絡のところにある、黒い紙です。あれ、三年生に向けてですよ」


 言われてそちらを見ると、たしかに一枚だけ黒い紙が貼られてあるようだ。

 その前にも小さな人垣ができている。

 ロザリーたちは成績発表の前から離れ、その小さな人垣の後ろまで移動した。


「ロザリーさん、見えます?」


 背伸びするロロが聞く。


「んーと、緊急連絡。今夜〝しじまの森〟にて行う儀式について……?」




★キャラ紹介を更新しました(10/26)

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