第129話 剣技会―決勝
観客席はざわざわとした喧騒に包まれていた。
剣技会が一種の祭りであるとするならば、決勝戦はそのフィナーレを飾る花火のようなものだ。
観客の誰もが、終幕の一戦を前に心躍らせていた。
「結局、このカードになったねー」
ルークはそう言って、出店で買ったポップコーンを口に放り込んだ。
「去年と同じ。ま、順当だな」
ウィリアスは頷き、ルークのポップコーンのカップに手を伸ばす。
「グレンとロザリーは特別、かー」
「何だ急に」
「去年の決勝の前、みんなそう言ってたでしょー?」
「ああ……たしかにな」
「俺もそうだと思ってた。で、やっぱりそうだった」
「いえ、そうじゃありません」
きっぱり否定したのはロロだった。
「本当に特別なのは、ロザリーさんだけです!」
ロロは鼻息荒くそう言い、同じく出店で買ったティーラテをストローでずびっ! と吸い込んだ。
ウィリアスは頷いて同意を示すが、ルークは違った。
「そうかなー? 案外
ロロは眼鏡の下の眼を大きく見開いて、「裏切者!」とルークを罵った。
「う、裏切者!? いやいや、応援してるのはもちろんロザリーだよー?」
「じゃあなんでそんなことを言うんです! ええい、その口を縫い付けてやります!」
「待って待って、ポップコーンこぼれるからー!」
「落ち着け、ロロ。ルーク、なぜそう見る?」
「なぜって――」
ルークはロロの手から逃れ、それから続けた。
「――うちで一番はロザリーだよ。で、二番手がオズ、ラナ、アイシャの誰か、だよね?」
「だな。オズはグレン相手に善戦してたが」
「そう見えたねー。で、じゃあアイシャに勝ったラナならどうかなと思ったら」
「完封されたな」
「そう。俺らってロザリーを評価する半面、グレンを過小評価してる気がするんだよ」
「ふむ」
「グレンなら、もしかしたら。そう思わせる力を彼は持ってるんじゃないかなー」
「なるほど、な」
「でも、本命がロザリーなのは変わりないから。だからそんな怒んないでよ、ロロー」
ロロはむくれ顔で言った。
「勝つのはロザリーさんです。それも圧倒的に!」
「わかった、わかった」
と、そのとき。
『ショォォ……ウ、ダウンッ!!』
「へ?」「んっ?」「なに?」
闘技場中央に
ラメ入りの背広に蝶ネクタイ、長い髪は天に向かって屹立するようにセットされている。
『ついに来たぜ、この時が! 待ってたよな、お前ら!』
観客席がざわつく。
先ほどまでの期待感からくるものとは違い、戸惑いによるものだ。
ロロとウィリアスが囁き合う。
「誰です、あれ?」
「さあ……」
「あそこにいるってことは、きっとソーサリエ職員ですよね?」
「いや、見たことないぞ?」
訝しむ二人に、情報通のルークがさらっと教える。
「ヘラルドさんだよ、用務員の」
「誰ですっけ、それ……」
「用務員……あれか! ソーサリエの外れにある、〝しじまの森〟の管理者の! いつもは髪を下ろしてて、顔が見えない男!」
「ああ! 前に、森に幽霊がいるって騒ぎになった?」
「そうそれだ! ……あんな顔してたのか」
「もっと根暗と言うか、物静かな方だとばかり」
ルークはポップコーン最後の一個を頭上に放り投げ、大きく開いた口で受け止めた。
「むぐ、何でも、すごい決闘マニアなんだって。ミストラル周辺で行われる決闘の場には必ずいるらしいよ? それが知られて決勝戦の審判兼前説に大抜擢されたみたい」
「へえ」「人は見かけによりませんねえ」
「今年の
「……
初めこそ戸惑っていた観客たちだったが、ヘラルドに煽られて次第に熱を帯びてきた。
『全校生徒1200名が参加した剣技会もあと一戦だ! 残ったのはたった二人!』
『知ってるか? この二人は去年の決勝で戦った二人でもある!』
『奇しくも去年と同一カード? 違う、違う! 偶然なんかじゃない!』
『二年連続なのは、この二人が飛び抜けて強いからだ!』
『そうさ、この二人が決勝で戦うことは、初めから運命づけられていたのさ!』
『そして……その二人の戦いがこれから始まる。今、もう、すぐだ!』
『声を枯らす準備はできたか? よそ見は厳禁! 瞬きだってダメだ!』
『さあ、その絶対的強者である二人を紹介しよう! まずは東!』
観客の注目が東門へ集まる。
『グレェェン……タイニィウィング!!』
わっ! と客席が沸き、グレンが入場してきた。
緊張や気負いは見えず、薄く笑っているようにも見える。
『お次は西! ロザリィィィ……スノウオゥゥル!!』
ロザリーのほうは、少し緊張しているように見えた。
真顔で、視線を伏せて入場してきた。
開始位置について、やっと視線を上げる。
「グレン」
うるさいほどの声援の中でも、ロザリーの声はグレンの耳によく聞こえた。
「何だ、ロザリー」
「手加減なし、だよね?」
「当然だ。そんな事したらぶっ殺す」
ロザリーはフッと笑い、また視線を伏せた。
審判のヘラルドはまだ
その間、グレンは自分を見つめ直していた。
(実戦は貴重だ。訓練では学べないことに気づかされる)
(俺はオズとの戦いで何かを掴んだ)
(間合い、機先……言葉にするとそんなとこか?)
(今まではそんなもの気にもせず、ただ突っこんでた。負けるよなあ、そりゃ)
(直前にラナと戦えたのもよかった)
(あいつの剣はどことなくロザリーに似ている。きっと、一緒に訓練しているんだろう)
(おかげで良いリハーサルになった。予行練習もできて、準備は万端)
(まずは間合いだ。迂闊には入らないぞ、ロザリー)
(間合いを外し、機を制する。そうすれば――)
ヘラルドの煽りに乗せられ、観客席の期待と緊張はピークに達した。
歓声と足鳴りで闘技場が揺れる。
『いくぞ! 決! 勝! 戦!』
(――俺はロザリーに勝てる!)
グレンは不敵な笑みをもって、剣の柄を握り締めた。
『抜剣!! 始めぇッ!!』
開始の合図と同時に剣を抜いた、その瞬間。
グレンは戦慄した。
(間合いの中にいる!?)
それは、反射では躱せぬ一撃だった。
間合いを外そうと決めて、重心を後ろにしていたことが功を奏した。
直前まで抱いていた自信、勝ちへの目算。
それらすべてをかなぐり捨てて、腰を抜かしたように無様に後ろへ倒れ込む。
それで、紙一重だった。
命を刈り取るような一閃が、ほんの先ほどまで顔があった場所を通り過ぎていった。
直後、空気を鳴らして風が吹き抜ける。
観客は息を呑み、それから驚愕の呻きを上げた。
ロザリーは剣を振り終えたままの姿勢で、冷たく言った。
「よく避けたね。……まだ手加減してるのかも」
ロザリーが剣を戻し直立すると、下から風が吹いたかのように彼女の髪が波打った。
それは強大な魔導がロザリーの中に渦巻いているからで、魔導の窓たる彼女の瞳は、紫色に強く発光している。
(
テレサ戦のときよりも。
校舎裏で戦ったときよりも。
目の前で黒犬を殺したときよりも。
グレンが見た中で一番強いロザリーがそこにいた。
グレンの生存本能が戦うことを断固拒絶する。
彼は地面に尻をついたまま、ずりずりと後退していった。
「怖い? 降参していいんだよ?」
ロザリーの言葉に、グレンの後退が止まる。
だらしなく口を開けたまま、かろうじて手にしている剣を見つめた。
それから剣を杖にして、よろよろと立ち上がる。
ぶつぶつと独り言のように呟きながら。
「何が勝てるだ、ふざけやがって。指の先も届きやしねえ……」
「こんなに違うか……」
「初めてロザリーを怖いと思った」
「ああ、強いさ。強すぎる。俺じゃ、勝てない」
「だからどうした? 勝てないから逃げるのか?」
「勝てなくても。それでも」
「俺は……っ」
グレンはあごを引いてロザリーを見据えた。
内臓から上がってくる酷い味の液体をゴクリと飲み込み、震える剣先を目の前の絶対的強者へ向けた。
「俺は退かんぞ、ロザリー!」
ロザリーは驚いて目を見開き、それから顔をクシャッと歪ませて笑った。
そして紫眸を挑発的に煌めかせる。
「来い! グレンッ!」
「ウ……ウオオオォォ!!」
グレンの怒号が闘技場にこだまする。
それは相手を怯ませるためのものではなく、縮こまった自分自身を奮い立たせるための絶叫だった。
グレンは剣を構え、間合いも何もなくただ突貫した。
ロザリーは身動きひとつせず待ち構えていて、彼女の長い髪に触れられるほど肉薄したとき、グレンの意識はブツリと途切れた。
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