第108話 ウィリアス勧誘

 ――ウィリアス=ララヴール。

 ロザリーと同じ赤のクラスで、クラスきっての高位貴族。

 優秀な成績と魔女らしからぬ誠実な人格で、クラスの中でも一目置かれる人物。


 ロザリーたち四人は作戦本部を出て、校内を移動していた。

 ロロが、先頭を行くオズに問う。


「ウィリアス君は赤のクラスの団長に推されるだろう、ってオズ君言ってませんでしたっけ?」


 オズが軽く振り返って答える。


「ウィリアスは受けない。狙う気もまとめる気もないらしい」

「へえ……そうなんですね」

「ウィリアスの本心はわからない。でもきっと、誰に付くか決めかねてんだ。で、同じように決めかねてる赤のクラス生は結構いるはずだ」


 ロザリーがパチンと指を鳴らした。


「そっか! まずウィリアスを仲間にして、他の決めかねてる人をウィリアスに引き入れてもらおうって計画ね?」


 オズはニッと笑い、ロザリーを指差した。


「正解!」


 オズは前に向き直り、歩きながら続ける


「今朝の集会に赤のクラス生もたくさん参加してた。だが俺の調べた感じ、まだまだ決めかねてる状態だ。引き込む余地は十分にある」

「なるほど。ここ数日の調べ物とは、クラスメイトの動向調査だったんですね」


 ロロがそう言うと、オズは「褒めて、褒めて」と仕草で催促した。

 ロロが首を横に振る。


「いいえ、まだオズ君の調査結果が正しいかわかりません。間違ってたら私たち動き損ですから。ウィリアス君だって、実はもうジュノー派かもしれませんよ?」


 すると、今度はオズが首を横に振った。


「それはない。ウィリアスはジュノーに誘われて、もう断ってる」


 ロロが目を丸くした。


「……オズ君。そんな情報、どこから」

「情報源は――ひ・み・つ♡」


 ロロはよほどイラッとしたのか、床をドンッ! と踏みしめた。

 そして長く息を吐いてから、ロザリーに話を振った。


「朝の集会には青のクラス生もいました。ということは、青のクラスでも赤と同様の事態が起きているのではないでしょうか?」


 ロザリーが頷く。


「だね。まあ、グレンのことだから予想できた事態ではあるけど」

「そうなんですか?」

「グレンは一人になりたがるっていうか、人を遠ざける性格なんだよね」

「ああ……。なんというか、これぞ刻印騎士ルーンナイト! って感じの性格ですもんねえ」

「個人主義で人を頼らないから」

「であれば、なおのこと。グレン君には悪いですが、ここは心を鬼にして青のクラス生も引き入れては?」


 するとロザリーが答えるより先に、オズが口を挟んだ。


「欲張っちゃいけない。なんせうちの団長は――」

「はいはい。人望ないですよー」


 ロザリーが慣れた調子でそう言うと、オズは満足げに笑った。

 最後尾を歩いていたラナが、ロザリーの肩を叩いた。


「ねね、ロブロイは?」

「ロブロイ? 奴らがどうした?」

「人を増やすんでしょ?」

「ああ、最終試練ベルムに? う~ん、どうなんだろう」


 オズがロロに問う。


「ロブロイって?」

「おそらく、双子のデリンジャー兄弟のことかと。ほら、魔導性判定でソーサリエを辞めた――」

「――ああ! ロブとロイか! なっつかしい名前だな!」

「でも。なぜ今、辞めたデリンジャー兄弟の名前が?」


 ロロに問われ、ロザリーが答える。


「辞めてないの、あいつら」

「えっ。そうなんですか?」

「学食と魔導書図書館グリモワール狙いでね。あいつら、王都住みだから。でも……卒業試験は受けられないんじゃないかな」


 ラナが首を傾げる。


「なんで?」

「ほら、あいつら実習を終えてないでしょ?」

「なに言ってんの? 私たち一緒に行ったじゃん」

「行ったけどさ。ロブロイはほんとに行っただけ・・。ラナみたいに指導騎士の署名とかもらってない」

「あ~……そっか。ついでにアデルとアルマにサインもらっとけばよかったのに」

「今更だよ。あいつら自身が別に欲しがってなかったし」

「仕方ないか。……で、さ。これ、どこに向かってるの?」


 問われたロザリーはロロと顔を見合わせ、それから先頭のオズに聞く。


「この方向――赤クラスの自習室?」


 オズが頷く。


「ウィリアスは最近、授業以外は自習室にこもってる。筆記テストの勉強に余念がないようだな」

「それも調査結果ですか」


 と、ロロが言い、


「まあな」


 と、オズが得意がる。

 ラナが不満げに言った。


「自習室ってクラス生専用でしょ? 私、入れないじゃん!」


 するとオズが、とぼけた様子で言った。


「そうなんだよ。ラナは入れない。なのにいつまでついて来んだろう? って不思議に思ってたんだ」

「オズ、酷い! 先に言ってよ!」

「悪い悪い、言い忘れてたんだ。……なあ、ラナ?」

「……なによ」

「無駄足ご苦労! さよーならー!」

「~っ! ムカつく! オズのバカ! バーカバーカ!!」


 ラナは「終わったらすぐに報告しなさいよ!」とロザリーに命令し、ぷりぷりと作戦本部へ引き返していった。




 数分後。

 三人は赤クラスの自習室――ではなく男子寮にいた。

 不思議に思ったロロが、オズに尋ねる。


「オズ君。何か忘れ物ですか?」

「いいや。ウィリアスがこもってるのは、ほんとは寮の自室なんだ」

「えっ。なぜさっきは嘘をついたんです?」

「ラナを連れてきたくなかったから」


 それを聞いて、ロザリーとロロは顔見合わせた。


「もしかして……ラナって男子寮でも話題になってる?」


 ロザリーに問われ、オズは振り返りもせずに答えた。


「当然だ。無色で実習クリアしたんだからな。今は人の多いところに出入りしないほうがいい、それがあいつのためだ」

「ふぅん。……オズって案外、優しいところあるんだね」


 ロザリーに褒められてもオズは振り返らなかったが、耳がみるみる赤く染まった。


「……それだけじゃない。ウィリアスを口説くなら、赤クラスメンバーだけのほうがいいってのもある」

「うんうん、そうだよね」

「ほんとだぞ、ロザリー!」

「わかってるってば」


 ウィリアスの部屋の前。

 ここまで先頭を譲らなかったオズが、急にロザリーの背中に回り、彼女を前に押した。

 眉を寄せるロザリーに、ノックするよう仕草で指示する。

 ロザリーが小声で文句を言った。


(なんでここまで来て! オズがやってよ!)

(お前の騎士団チームだろ! お前が誘え!)


 思わぬ正論に、ロザリーはうっ、と言葉に詰まった。

 見れば、ロロもしきりに頷いている。

 ロザリーは腹をくくり、扉をノックした。


「ウィリアス、いる?」


 部屋の中から返事があった。


「……ロザリーか?」

「オズとロロもいる」


 一瞬の間があってから、「入ってくれ」とウィリアスは答えた。

 扉を開けて、三人が中へ入る。

 部屋はウィリアス一人だけだった。


「椅子は二つしかない。あとの一人は適当に座ってくれ」


 オズがさっそく椅子に座り、手招きしてもう一脚にロザリーを呼ぶ。

 ロロは二段ベッドの下に腰かけた。

 ロザリーが部屋を見回して、言う。


「ルームメイトは……ルークだったっけ?」

「ああ。用もなく外を歩き回っては、噂話を俺に教えてくれるんだ」

「噂話――例えば、ジュノー派の動きとか?」

「……ま、そんなところだ」


 ウィリアスは壁に背をもたれ、立ったまま腕を組んだ。

 ロザリーが尋ねる。


「ウィリアスは狙わないの?」


 ウィリアスは短く答えた。


「狙わない」

「でも、うちのクラスでウィリアスを立てるって噂話を聞いたんだけど」


 ロザリーの隣で、噂の元凶のオズがうんうんと頷く。


「そういう話はあった。実習から戻ってすぐの頃だ。何人かが、俺に立つよう説得してきた」

「でも断った?」

「ああ。あいつらもすぐに諦めたよ。俺がまったく興味を示さなかったからな。……ルークだけは、まだ諦めてないようだが」

「そう」


 隣に座るオズが、肘でロザリーを突っついた。


(早く本題を切り出せ!)

(わーかってるっ!)


 ロザリーはコホンと咳払いし、ウィリアスに話を切り出した。


「あー、ウィリアス。あのね、察しはついてるかもしれないけど――私に付かない?」


 ウィリアスの返答は、実にあっさりしたものだった。


「付かない」

「あ、そっ……か」


 ロザリーの目が泳ぐ。

 断られる覚悟はあったが、ここまでにべもないとは予想外だった。

 室内が重い空気に包まれかけたとき、ふとロロが疑問を呈した。


「なぜ、狙わないんです?」


 ウィリアスがフッと笑う。


「ロザリーに付かない理由じゃなくて、俺が狙わない理由を知りたいのか?」

「ロザリーさんに付かない理由はいろいろと察しがつきますから。でも、ウィリアス君が狙わない理由がわからない」

「変か? 狙わない生徒が大多数だと思うが」

「私の知るウィリアス君は、非常に真面目でわきまえた人物です。無闇に出しゃばらず、しかし求められれば応じる。狙ってほしいと頼まれたのに、なぜ断ったんです?」

「わきまえた、か……」


 ウィリアスは窓の外に視線を移した。


「……子供の頃、お爺様に口酸っぱく言われたよ。『わきまえよ』『思慮分別の人たれ』ってな」

「お爺様、立派な方なんですね」

「そういうわけではないさ。うちは高位貴族だが、最上位の家格とは開きがある。今の地位で驕り高ぶっていれば、すぐに足元をすくわれる。高位にあっても簡単に転げ落ちるぞ、って教えなのさ」

「なるほど……」


 ウィリアスは、ロザリーを正面から見つめた。


「俺が狙わないのは、わきまえ・・・・あきらめ・・・・を取り違えたからさ」


 ウィリアスの意図がわからず、ロザリーが眉を寄せる。


「……どういう意味?」

「アトルシャン事件。俺は目の前で見た。見せつけられた。世の中にはこれほどの騎士がいるのかと衝撃を受けた。しかもそいつは俺の同級生だった。――お前だよ、ロザリー」

「……うん」

「あの瞬間、悟ったよ。ああ、俺はこの域には一生到達できない。こいつに勝つことはできないって」

「私に勝てないことが、狙わない理由なの?」


 ウィリアスは自嘲じみた笑みを浮かべ、首を横に振った。


「でも、グレンとジュノーは違った。二人はロザリーにだって勝てると信じ、勝つ方法を模索し始めた」


 ウィリアスの目が、また窓の外を向く。


「馬鹿な奴らだと思ったよ。あれほどの強さを目の当たりにして、まだ身の程をわきまえないのかと。揃って実習先に黒獅子騎士団を希望したと聞いて、一人で大笑いしたのを覚えてる。せっかく学年でもトップクラスの位置にいるのに、わざわざ潰されに行くなんて。ロザリーに勝てなくてもいいじゃないか、トップクラスなのは変わらないんだから。本当に馬鹿な奴らだって、な」


 レオニードの門での生活を思い出したのであろう、オズが遠い目で言う。


「でも、帰ってきた」


 ウィリアスが頷く。


「それも恐ろしく強くなってな。実習の前なら、俺とそこまで変わらなかった。今じゃ逆立ちしたって奴らに勝てない。オズにだって無理だ。そのとき、やっと理解したんだ。俺は身の程をわきまえていたんじゃない。俺はあのとき――あきらめたんだ」


 ウィリアスがこぶしを握る。


「あきらめて努力を怠った俺が団長になる? 人を率いてリル=リディルを狙う? そんなのごめんだ、そこまで図々しくはない」


 ウィリアスはそう、吐き捨てるように言った。

 ロロが俯き加減に呟く。


「やはりわきまえていますよ、ウィリアス君は」


 黙って聞いていたオズが、口を開いた。


「なら、ロザリーに付けばいいじゃないか」

「……なに?」

「ロザリーへの勝ち負けばかり意識するから、そんなことで悩むんだろう? ロザリーに付けばいい、そうすりゃロザリーに勝つことも負けることもなくなる」

「勝てないなら尻尾を振れって言うのか」

「じゃあ、最終試練ベルムどうするつもりなんだよ」

「さあな。一人きりで臨んで、速攻で負けてもいいさ」


 オズが鼻で笑う。


「それ、またあきらめてるだけじゃねーか」


 ウィリアスの鼻筋に皺が寄った。


「オズ。お前みたく節操なくはなれないんだよ」


 ムッとしたオズが立ち上がる。


「ウィリアス! お前、あれだな! 結構めんどくせー奴だな!」


 ロロが慌てて窘める。


「まあまあ、オズ君。ウィリアス君にも意地というものがありますから」

「でもよ!」

「はいはい、どうどう」

「俺は馬じゃねえ!」

「――ロザリーさん。もうお暇したほうがいいかもしれないです」


 ロロに言われ、ロザリーが俯く。

 しばし何かを考えていて、それから顔を上げた。


「ウィリアス。私はやっぱり、あなたに一緒に来てほしい」

「……ロザリー。すまないが――」

「――待った! 最後まで話を聞いて!」


 ロザリーはふうう、と息を吐いて、話し出した。


「どうやら、私って人望がないらしいの」

「……は?」


 ウィリアスがぽかんと口を開ける。

 ロザリーが話を続けようとすると、ロロとオズが口々にツッコミを入れてきた。


「いや、らしい・・・じゃなくてない・・んですよ、ロザリーさん」

「いいかげん、認めろよ」

「往生際が悪いです」

「早く言い直せ」


 ロザリーは「うるさいな!」と怒鳴り、ウィリアスはその様子に思わず噴き出した。


「フフッ。それで? 人望のないロザリーさんが俺に何を言いたい?」


 ロザリーはウィリアスに向き直り、まっすぐに見つめて言った。


「あなたに私の欠点を補ってほしい」

「俺には人望があると?」

「あなたになければ誰にもないと思う。あるから団長になるよう求められたし、私たちも今ここにいる」

「……なるほど。ロザリーの下について人を集めろ、と」

「下とか上とかじゃない。力を借りたい」


 ウィリアスは黙り込んだ。

 そこにウィリアスの心の揺れ動きを見たロザリーは、たたみかけるように話し出した。


「ウィリアスは知ってるかもしれないけど、最終試練ベルムは騎士団ごっこ形式らしいの。今の私の味方はオズとロロと――知ってるかな、無色のラナ=アローズ。たった四人なんだ。対するジュノー派は二百人近く。たぶん今後はもっと増える。騎士団ごっこなら、攻め手と守り手がいるでしょ? でも私が攻め手に回っても、三人ぽっちじゃ守りきれない。逆に私が守っても攻めきれない。つまり、私個人は負けなくても、チームは負けることがある。戦力的にも、ジュノー派をこれ以上増やさないためにも、もっと仲間を増やしたいの」


 ウィリアスはまだ黙っている。

 ロザリーは意を決し、とどめの一言を放った。


「ウィリアス。私にはあなたが必要なの」


 瞬間、ウィリアスの身体がブルッと震えた。

 ゆっくりと口を開く。


「……我関せずと決め込んだはいいが、蚊帳の外もつまらなくてな。暇すぎて勉強にも身が入らない。この退屈をどうしたものかと思っていた」

「ウィリアス、それって……」


 ウィリアスは不敵な笑みを浮かべた。


「いいだろう。お前の欠点、俺が補ってやる」

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