第105話 符丁
最初の作戦会議を終えた四人――ロザリー、ロロ、オズ、ラナが備品倉庫から出てきた。
「俺、ずっとこの部屋に住みてえ」
「みんなそうですよ、オズ君」
「ねね、ロザリー。別に用がなくても、ここ来ていい?」
「いいけど。……あー、でも、出入りが多くなると、人目が気になるかも」
「いたずらが怖いですねぇ。鎧の後ろに隠したとはいえ、探せばすぐ見つかりますし」
「ロザリーが倉庫に【鍵掛け】すればよくね?」
「それじゃロザリーさん以外、入れませんよ」
「ああ、そっか」
するとラナが、ポンと手を打った。
「ロザリー、あれは? 幽霊船の船長室とか、蝶の遺跡にあった合言葉のやつ。あれなら合言葉を言えれば開くんでしょ?」
「【符丁】のまじないね。でもあれ、
と、そのとき。
ロザリーの心の内から声がした。
『使えるヨ』
ロザリーが心の中で声の主に語りかける。
『ヒューゴ、ずいぶん久しぶりね。実習から帰った日以来じゃない?』
『キミと話すのは、ネ。ときどき外出はしているし』
『えっ。……また寝てるときにこっそり抜け出してるのね』
『こっそりってこともないネ。ミストラルに帰ってから夜の散歩は日課だし』
『日課って、毎晩ほっつき歩いてるの!?』
『小言の多い女は嫌われるヨ?』
『はぁ……。もういいよ。今は【符丁】のこと』
『だネ』
『【葬魔灯】の中で、イゴールが言ってた。「自在に
『うン』
『私はノアさんのように
『ボクが教えた
『今のって……特に
『ノアの【葬魔灯】を見たじゃないか』
『……! 言語能力も受け継ぐの?』
『モチロンだとも。ノアから能力を受け継いだ自覚はない?』
『……魔導は、少し増えた気がする』
『魔導量に関しては、彼は平均的な魔導騎士だったからネ』
『でもそれ以外は全然……だから気のせいだって』
『先に言っておくケド、【葬魔灯】は何でも受け継ぐわけじゃナイ。術について言えば、
『魔導性が違うから、受け継いだところで使えないものね』
『そういうコト。裏を返せば、
『う~ん』
『ま、キミはすでに多くの
『でもさ、【符丁】のまじないには
『逆だヨ。【符丁】を受け継いだのだから、それに紐づく
『嘘でしょ!? それこそ自覚ないんだけど!』
『馴染んでないからサ。受け継いだ能力も、使って初めて実になるものだヨ』
『そう、なのかな』
『とにかく試してみるとイイ。きっとうまくいくから』
『わかった』
『【葬魔灯】で受け継ぐのは、魔導と
『うん。……ちなみに、術に関係ない技能は受け継がないの?』
『ものによる』
『曖昧ね……』
『ああ、それと別件ダケド』
『なに?』
『ボクと黒犬は卒業試験には手を出さないから。あてにしないでネ?』
『別にあてになんてしてないけど。……でも、なんで?』
『保護者付きで試験に臨むなんて、感心しないからサ。筆記試験の最中に、今やってるみたいにボクに相談したりしたら試験の意味がない』
『保護者って……あなたの力を借りなくても、卒業くらいできるよ』
『それは結構。草葉の陰から応援してるヨ』
そう言い残し、ヒューゴの気配が消えた。
「……ロザリー?」
気づくと、ラナが心配そうにロザリーの顔を覗きこんでいた。
ロロとオズも、怪訝そうにロザリーを見つめている。
「ごめん、【符丁】を使えるか考えてた」
「ふ~ん。考えた結果、どうなの?」
「わかんない。だから試してみる」
ロザリーは備品倉庫に向き直り、扉をしっかりと閉めた。
そして【葬魔灯】で体験した、ノアが【符丁】のまじないをかけた瞬間を思い出す。
(ああ、やっぱり【葬魔灯】ってすごい……)
(まるで自分で使ったことがあるみたいに身体が覚えてる……)
(術は成る……)
(あとは合言葉の設定だけど……)
ロザリーの身体から魔導が抜け、術が完成した。
「……できた。と、思う」
「本当か?」
オズが扉の前へ進み、ドアノブを握った。
ガチャガチャと回しても扉は開かず、オズは壁に足裏をかけて引っ張ったりしてみるが、扉はビクともしない。
「すげえ! 全然開かねえ!」
「じゃあ、次は開け方ね」
オズと入れ代わり、ロザリーがドアノブを握った。
そして、設定した合言葉を歌うように唱える。
「ルナルナルナール♪」
次にロザリーがドアノブを回すと、あっけなく扉は開いた。
「合言葉は、『ルナルナルナール』よ。唱えれば開く。閉めればまた開かなくなる。それだけ。
「なるほど……」
今度はロロが歩み出て、扉を閉めた。
「……ルナルナルナール♪」
ロロがドアノブを回すと、扉が開く。
確かめたロロは、ロザリーを見て頷いた。
ラナが不満げに言う。
「なんか、合言葉にルナールって入ってるのがやだなあ。意地悪教官の顔を思い出すもん」
「入ってるっていうか、ルナールの名前を入れたんだけど」
「え~っ! なんでよ?」
「覚えやすい文章になるから。名前だけでもいいんだけど、それだと適当に合言葉を試して開くこともあるし」
ロロがまた頷く。
「たしかに。我々の名前では、すぐバレるでしょうしね」
「できれば文章にしたい。でも覚えにくいと困る。って考えてたらルナールの名前がぴったりはまったの」
ラナはまだ気に入らないようで、口を尖らせながらロザリーに聞いた。
「ふぅん……で、なんて意味なの?」
「別に大した意味はないけど。直訳すると『ルナールは馬の糞』って意味ね」
ラナはカッと目を見開き、それから腹を抱えて笑い出した。
「あはははっ! 部屋に入るたびにアイツを罵倒する必要があるってわけね! 気に入った! この合言葉、気に入ったよロザリー!」
「そう? じゃあ、作戦本部はこれでいいね」
ロロとオズはニヤつきながら、ラナはまだ腹を抱えながら頷いた。
ロロが廊下の窓から、日の高さを覗き見た。
「これからどうします? 夕食には早いようですが……」
ようやく笑いが収まったラナが問う。
「あんたら、授業は?」
「休みです」
「そうなんだ。
「忙しかったですよ? でももう、最後まで終わった授業も多くなってきて、全休の日も出てきました」
「そっか。今日も休みだから作戦本部探しにあてたのね」
「そういうことです。他に予定もなかったので――」
「――予定!?」
突然、オズがそう叫んだ。
驚き顔でロザリーたち三人の顔を、順に見回す。
最後にロロの顔を見て、彼に尋ねる。
「……もう、四限目の時間、過ぎた?」
「どうでしょう、時計ないですし」
と、そのとき。
リロン、カロンと時刻を知らせる鐘が鳴った。
「あ、これです。四限目の始まり」
「ヤバい! 遅刻だ!」
オズは焦りも隠さず、その場から駆け出した。
廊下をしばらく行ってから振り向き、
「悪い! ダチと約束あるから!」
そう叫び、旧校舎から走り去っていった。
ロロが言う。
「オズ君と友だちになるなんて、奇特な人もいるもんですねえ」
ロザリーが苦笑する。
「ロロって、オズにだけ厳しいよね」
「そうですかね?」
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