第18話私たち⑥
冬が終わりを迎えようとした三月の後半。わたしは二十四歳になった。そして、それは家族以外の人にケーキを用意してもらって祝われた、初めての誕生日だった。
その日、インターンは通常より二時間はやい午後八時に閉店した。それから『田ノ浦理子・24歳の誕生日パーティ』と銘打たれた会がはじまった。
通常よりはやく閉店するのに加えて、わたしの誕生日パーティまでお客さんに向けて告知されていた。パーティーには常連さんも参加することができた。
わたしの誕生日を祝うために集まってくれた人たちで、インターンのテーブルが全部埋まった。その中には、七海さんと、仕事をはやく切り上げたという大輔さんの姿もあった。
午後八時過ぎ、突然お店の電気が消えた。
非常口の標識と装飾のネオンの光だけが、参加してくれた人の顔をぼんやりと照らす。
「え、なになに?」
パーティがあることを知っていたのにもかかわらず、思わず舞い上がって、柄にもない甲高い声を上げてしまった。誕生会をしてくれること以外の具体的なことは、なにも聞かされていなかった。
セレモニーで流れるみたいな、オーケストラの音楽が店内にかかる。すると、結婚式で用意されるような大きいケーキが登場した。太一がそれを荷台にのせて、ガラガラと運んできたのだ。
「うっそ!」
大きなケーキを前にして口元に手を当てるわたしに、カメラのシャッター音が響いた。驚きで声が出ないわたしを、温かい表情をした常連のお客さんが囲んでいた。
はっぴばーすでーとぅーゆー、とみんなが歌ってくれる。
わたしはその間どうしていいのかわからずに、とりあえず歌に合わせて手をたたいた。
「誕生日おめでとう!」
歌が終わり、何重にもなったその声を受けて、わたしは二十四本のロウソクの火を吹き消した。さすがにすべて消えるころには、息が切れていた。
太一が大きいナイフをもってくると、みんなに行き渡るようにケーキを切り分けた。男性のお客さんもそれを手伝ってくれていた。たくさん人がきてくれたから、大きいケーキにしてよかったと、太一は満足そうな顔をしていた。
「理子ちゃんって意外に歳上だったんですねー」
ケーキの皿を片手に呆然と突っ立っているわたしに声がかかる。見ると、よくお店にきてくれる大学生の女の子の姿があった。
「そうだよ。いくつに見えてたの?」
なんだか店員とお客さんという関係が曖昧になって、つい語調がくだけた。
「高校生くらい」
「うっ、ほんとに?」
「さすがに冗談だけど、でも、同じ歳か少し下かなって」
「理子ちゃん、若く見えるから」
隣の子がいう。若いっていうか、幼く見えてるんだろう。嬉しくはない。
「ろうそく消してるときの理子さん、可愛かったですよ!」
「いい写真とれたんで、後で送りますね」
ケーキを食べている間、いろんな人から声をかけてもらった。
みんながわたしの写真を撮ってくれたようで、それを共有するためにSNSアプリのアカウントを交換し合った。友達リストがみるみるうちに充実する。後でそのリストを見返すと、アカウントの写真を自分の顔写真にしている人が多かった。みんなどこか旅行かなにかに出かけたときに撮ったものみたいだ。
わたしのアカウント写真は、道端に寝転ぶ猫の写真。
色気も味気もない。ちょっと反省。でも、顔がわかるものは嫌じゃない?
夜の九時を過ぎたころには、塾帰りだという楓ちゃんと里穂ちゃんも顔を見せてくれた。ふたりは最近になって、そろって受験に向け、大通り沿いにある学習塾に通いはじめたみたいだ。
せっかくきてもらったけど夜も遅かったから、急いでケーキだけ食べてもらった。帰りがけ、誕生日プレゼントといって、ふたりは花柄のスマホケースをくれた。それをもらった後で、わたしはふたりを交互に抱きしめた。普段そんなことしないけど、このときはやっぱり舞い上がっていた。
参加してくれたお客さんも、みんなプレゼントを用意してくれていた。それらをひとつのところにまとめると、大きな山になった。
映画で見る、アメリカの誕生日パーティみたいじゃん。
そんな光景が目の前にある。
わたしが主役の誕生日パーティ。
嘘みたいな体験だった。嬉しいを通り越して、なんだかずっとふわふわした心地。楽しかったけど、後にも先にもこんなことはないだろうということを、パーティの間中ずっと噛み締めていた。
参加してくれたみんなが後片付けまでやってくれた。パーティが終わり、みんなが帰った頃には、店内はもと通りになっていた。部屋を照らすいつもの照明がやけにまぶしくて、お祭りの後みたいな寂しさがあった。
インターンには、わたしと太一。
そして。
茜が残されていた。
わたしが彼女を、このパーティに誘ったのだ。
こんなのつくったんだけど、と太一から一枚の紙を手渡された。それは、わたしの誕生日パーティの案内が書かれたチラシだった。
「え」
「もちろん、参加してね」
「わたしの誕生日、なんで知ってるの?」
「理子が自分でいってたじゃん」
「いや、いってない」
「いってたよ」
「間違いないから。わたしは自分の誕生日を人に教えないの」
「あれ、じゃあ、なんで知ってるんだろう?」
太一はとぼけたような顔をしているけど、ほんとうに教えていない。うっかり漏らしたのを忘れている、とかそんなことは絶対にない。
わたしには、誕生日を祝われるという習慣が昔からなかった。だから、その日に特別な思い入れもなく、むしろなにもないことに苦痛すら感じる日だった。だから、わたしは、自分の誕生日を絶対に人には教えない。誕生日なんて、存在しないものだと思って生きてきた。
「もしかして、超能力?」
「なにそれ」
「太一には、なんでも見透かされてるような気がするから」
「そんなことないよ。ぼくはニンゲンじゃないけど、そんなかっこいい能力なんてない」
「じゃあ、不気味。なんで、知ってるんだろう」
「あ。もしかしたら、茜から聞いたのかも」
「ああ」
それなら、納得。小さいときに付き合いのあった茜なら、知っているということもあるだろう。
というか、あの人。わたしの誕生日なんて、憶えてたんだ。
「とにかく、やめてよ。自分の誕生日パーティなんて、恥ずかしいだけだし」
わたしはそういって、チラシを突き返した。
「だめだよ」
「嬉しくないから」
「別に、理子を喜ばせるためにやるんじゃないもん」
「じゃあ、どうしてそんなこと」
「教えない」
「いいたくないなら、いいけど。わたしは参加しないから」
「嫌なの?」
「うん」
「嫌なら、なおさら参加してもらわないと」
「性格悪っ」
「だって、理子には不幸でいてもらわないといけないし。そのために、ぼくのそばにいるんだから」
「う……」
わたしはうめき声みたいなものを上げながら、しぶしぶチラシを受け取ることにした。
わたしは、太一の作り出した物語の中を生きているのだ。わたしは彼の物語の役者のひとり。だから、そこで生きている限り、その役を全うしないといけない。
「理子に任せたい仕事があるんだけど」
インターンの閉店後。太一がボードゲームの整理をそっちのけにして、黒ひげ危機一発をテーブルに広げていたときのことだ。
太一はこのときも、不幸な役であるわたしに、ある仕事を要求してきた。
「なにか、お買い物?」
「いや。そういう仕事じゃないんだけど」
太一は慎重に樽を眺めては、剣を刺していた。
わたしも彼の向かいに座って、黒ひげに参加する。
「なんでもどうぞ」
「誕生パーティ、茜も誘っておいて」
わたしは樽から目を離し、太一のほうを見た。ちょうど剣を刺すところで、黒ひげが宙に飛び、わっ、といって彼はちょっとだけのけぞった。
「それって仕事なの?」
「業務命令」
「パーティやるのはしょうがないとして、茜がいるのは嫌だけど」
「ぼくは呼びたい」
「じゃあ、百歩譲って、太一が誘えばいいじゃん」
「いや、理子が誘ってよ」
太一が刺した剣で、また黒ひげが、ぽーんと飛ぶ。彼は、あ、と短く声を上げて、それを取りに席を立った。
「わたしの嫌がること、わざとするんだ」
「それがぼくの目的だから」
「ひどい。パワハラ」
「上司のいうこときかないのは、ワガママっていうんじゃないの?」
「もう!」
ああいえば、こういわれるので、わたしは大きい声を出すしかなかった。
「任せたよ。はい、これ茜の分のチラシだから」
差し出された勢いで、それを受け取ってしまう。
チラシといっても、手書きでパーティの題名と、日時と、場所が書かれているくらいの簡単なものだった。見た目をよくする気なんて一切ないような、雑なもの。
もしかして。
わたしはその味気ない紙切れを見て、思った。
このパーティはわたしのためじゃない。茜のためにするのだ。彼女は金髪を初めて見せて以来、インターンに顔を見せていなかった。だから、わたしの誕生日パーティというのはただの建前で、本当は茜にまたお店にきてもらう意図がある。
チラシを持つ手に力が入る。くしゃっとそれにしわが入ったけど、別に直そうとは思わなかった。
どうして、太一も茜を心配するんだ。どうせ、嫌になったって理由で簡単に仕事をやめて、毎日へらへら遊んでいるだけなのに。
むかつく。
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