第15話私たち③


 秋人は、本当にインターンにこなくなってしまった。彼の携帯に電話をしても繋がらない。

 秋人がこないと、彼がいつも座っていたカウンターの席ががらんとして、なんだか店内全体が寂しくなったような気がした。お客さんも、いつもの子は? と気にしていた。でも、わたしはうまく説明できなかった。

「ねえ、太一」

「ん?」

「今日お店休みだし、秋人の家にいってみない?」

「気になるの?」

「まあ、ね」

 わたしはクロフィンのお店でのことを、太一に話していた。でも、ふーん、と、そのときの彼は興味があるのかないのか、よくわからない感じだった。

「ひとりで行けば?」

「わたしじゃ、ダメな気がするの」

「ダメって?」

「わたし、秋人にひどいこといったから」

 あのときのわたしのセリフを太一にいった。すると彼は、なるほどね、とうなずいた。

 秋人にひどい態度をとられたとはいえ、わたしが悪い。大人気ないし。

「わたし、あの子に謝らないと」

「それだけ?」

「え?」

「秋人に、普通に学校に通ってほしいんじゃないの?」

「……まあ、そんな気持ちもなくはない」

 また、わたしの内心を見破られた。

 わたしは秋人に、学校に通ってほしい。学校に行かないにしろ、彼には普通の中学生らしい人生の楽しみ方をしてほしい。

「でも、秋人が学校に行く意味なんてないわけだし。余計なお世話かな」

「秋人のためを思ってのことなら、そんなことないんじゃないの?」

 秋人には子供らしく友達と遊んで欲しい。そう思うようになったのには、きっかけがあった。

 それは、秋人にインターンの運営を任せた、あの日のこと。太一に付き合って、七海さんを探しにいったときのことだ。

 太一とふたりでインターンに戻ると、秋人はなんとお客さんに混じってボードゲームをしていた。後から聞いた話だと、お客さんのほうから誘われたそうだ。大学生の男の人たちとボードゲームを囲っている彼は、わたしたちには普段見せないような楽しそうな顔をしていた。わたしたちの帰宅に気づいた秋人は、おかえり、とだけいうと、すぐにゲームに戻ってサイコロを振っていた。それはもう普通の中学生の姿だった。一応、他のお客さんに迷惑はかかってないみたいだったけど、お店の運営なんてそっちのけって感じだった。

 そのときふと、閉じられた状態で寂しそうに投げ出されていたノートパソコンが目に入った。秋人の仕事道具だ。それを見て、わたしはなんだか嬉しくなってしまった。なんだ、大金を稼いでいるとはいっても、秋人も普通の子供じゃん。

 秋人には、いつも難しい顔をしてパソコンと向かい合うんじゃなくて、お客さんと遊んでいたときみたいに、楽しそうに毎日を過ごしてほしい。その日以来、そう思うようになった。

「じゃあ、一回、理子ひとりで頑張ってみなよ」

 てっきり太一は喜んで協力してくれると思っていた。けど、そうでない返事が返ってきた。

「あの子、もうわたしには会ってくれないよ」

「そうやって、すぐ諦める」

 太一に協力してくれる気はないようだ。なぜだか、わからないけど。

インターンがお休みの日。わたしは七海さんを探しに行くときに太一にされたように、引っ張るようにして彼を連れ出し、秋人の自宅に向かった。やっぱり、わたしひとりではなにも解決しない気がした。

「秋人も悪いやつじゃないのに、可哀想だよね。学校って、ちょっと人付き合いが下手なだけで、とたんに通いづらい場所になっちゃうんだよ」

「うん」

 太一は気の無い返事を続けている。

「もしかして、秋人に興味ない」

「そんなことないけど」

「でも、わたしが強引に連れてこないと、ここにきてくれなかったし。ねえ、どうして秋人には冷たいの?」

「そんなつもりはないよ」

「七海さんのときはあんなに必死に探してたのに。もしかして、美人だから?」

「ほんとニンゲンは見た目を気にしすぎるよね」

「また、ニンゲンはー、とかいってごまかす」

 ため息が出る。

 思い切って、茜との関係を訊いたときもそうだった。

「男の姿をしているだけで、ぼくに性別なんてないから。ニンゲンインターンで恋愛は体験できないんだよね」

 とかいっていた。

 だから、あのキスの理由も、結局、わからず終いになっている。

「そんな設定。もうやめたら?」

「設定?」

「天界からやってきたとか、なんとか」

「信じてくれてないんだ」

「だって、普通じゃないし」

 そういうと、太一はふっと笑った。

「そうしたら理子がぼくといる理由もなくなっちゃうけど」

「んん……」

 そういわれると、悔しいけど、いい返すことができない。

 わたしと太一が一緒にいれているのは、ボードゲームカフェの店員と店主という関係だからではない。家主と居候でもない。わたしはニンゲンインターンをしている太一に、人間の不幸な姿を提供する立場にあるのだ。

 改めて考えると、なんだそれ、って思う。でも、彼のデタラメな設定を認めなかったら、わたしが太一と一緒にいる理由がなくなってしまう。太一との日常が当たり前になってきてうっかり忘れていたけど、わたしと太一は、彼のつくりだした物語の中で繋がっているのだ。

 人間を体験している天界の住人と、不幸な人間のわたし。

 そういえば、わたしは太一に、彼のお望み通り、不幸な姿を提供できているのか?

 うーん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る