第14話私たち②
秋人は学校でうまくいっていない。
それは、前から思っていたことだった。
秋人には、同級生の友達の影がまったくといっていいほどなかった。彼はインターンに顔を見せるようになってから、毎日のようにお店にやってきた。開店と同時に現れて、それからずっとパソコンにかじりつき、二十時を超えたころに帰っていく。会社員かよ、ってくらいきっちりとしたタイムスケジュール。
「学校は?」
秋人がインターンに入り浸るようになってまもなく、わたしはそう訊いたことがあった。
「いってない」
「いつもパソコンでなにしてるの?」
「仕事」
「どんな?」
「この店のサイトつくったみたいに、WEBサイトの開発とか、あとはメンテナンスとか。理子さんがしてきたみたいな、店のサイトをつくる依頼が結構あるから」
「お給料は悪くないの?」
ずっと気になっていたお金のことを、思い切って訊いてみる。インターンのWEBサイトのためには、数万ってお金を払っていた。だから、中学生のお小遣いくらい、ってレベルではないと思っていた。
でも、その予想すら完全に上回った。
「月、百万は超える月もある」
ひ、ひゃくまん?
耳を疑う数字に、はじめは中学生の可愛い冗談かと思った。だけど、銀行口座のアプリの預金残高を見せられて目が飛び出た。さすがに百万を超えるのは珍しいみたいだったけど、毎月数十万って額のお金がそこに振り込まれていた。
エンジニアって、レベルが高いスキルがあれば、こんなにもらえるのか……。
でも。
「学校で友達としゃべったりとかしなくていいの?」
「学校なんて行く必要ある? 俺には仕事があるし、あんなところで時間つかってる暇ないんだよね」
確かに、もうお金を稼げている秋人に、学校に通う必要はないと思う。
彼には、わたしにはないひとりで生きていく力が、すでに備わっている。
秋人は若くして、もう何者かになったのだ。
でも、学校で学ぶことがないと判断したとはいえ、一度も学校にいかないのは不自然だとも思った。放課後の時間に友達と遊んでいる様子もない。学校はともかく、友達と会うのは楽しいはず。その機会も拒んでいるのであれば、学校にいかない理由は、たぶん人間関係だろう。
そんな考えが、クロフィンのお店で会った女の子への秋人の態度を見て、確信に変わった。
あ、こいつ友達付き合いに失敗してるな。
あの女の子は同級生で間違いない。そんな子にあんなひどい態度をとったのだから、秋人が学校でうまくいっていないのは、明らかだった。学校で、なにかトラブルでもあったのかもしれない。例えば、いじめられていたとか。人との接し方に不器用なところのある彼のことだから、その可能性は十分あると思う。
去年のバレンタインでたくさんのお菓子をもらったといっていたけど、学校での立ち位置なんて面白いほどあっという間に変わる。
わたしはそれをよく知っている。
でも、いくら学校の人に外で会っちゃって嫌な思いをしたからって、そのいらいらをどこにでもぶつけていいわけじゃない。
クロフィンのお店からふたりでインターンに帰ってきた直後のこと。秋人の不機嫌の矛先が、わたしに向けられた。
インターンに戻ると、そこには茜の姿があった。
「あ、茜さん。この前、太一さんとここでキスしてたんでしょ」
秋人はなんのためらいもなく、それを口にした。
え、うそでしょ……。
茜はストローで吸い上げたばかりのジンジャエールを、吹き出しそうになっていた。
「理子さんが見たんだって。太一さんと茜さんが、キスしてるの」
わたしは完全にとばっちりを食らっていると思った。秋人は明らかに悪意をもって、わたしに向けて嫌がらせをしている。確かに秋人を外に連れ出したのはわたしだけど、だからといって秋人の同級生に会ったのがわたしのせいっていうのは違うと思う。
唐突に本人の前でプライベートなことが暴露され、まわりの空気は修羅場みたいになった。
「それで、理子さん、気にしてたよ。茜さんと太一さんは付き合ってるのかって。いますぐ知りたいみたいだから、正直に話してあげな」
秋人はまくしたてるようにいうと、それからパソコンをリュックに詰めて、黙ってインターンを出て行ってしまった。
残されたわたしと茜は、一度目を合わせたけど、すぐにそらした。
太一はお客さんとゲームをしていた。
……気まずっ。
わたしは逃げるように、外に出た。すると、だんだんむかついてきた。秋人のやつめ。
わたしはそのまま秋人を追いかけた。一度、秋人の帰りが遅くなって、家まで送り届けたことがある。そのときの道をたどると、すぐに彼の背中が見えた。
「ちょっと!」
秋人は、わたしは彼の肩をつかむまで、足を止めなかった。
「なに」
「いまのは、ないんじゃないの」
わたしは息を整えながら、いう。
「いまの、って?」
「とぼけないでよ。わかってるでしょ」
「さあ」
「茜に訊いたことだよ。太一との、その……キスのこと」
「ああ。だって、理子さんが訊けっていったんじゃん」
「そうだけど。タイミングってものがあるでしょ」
「なんだよ、それ」
「わたしの前で訊くのは、おかしいじゃん」
「どこが」
「あれじゃ、わたしが直接茜に訊くのと変わらないでしょ」
「意味わかんねえ」
不貞腐れたような態度。
腹が立つ。それで、わたしも冷静じゃなくなっていた。
「意味わからないくない。秋人、あなたがそんなだから、学校の友達とうまくいかないんじゃないの!」
そういった後、秋人の震える唇を見て、あ、と思った。
いってしまった。
秋人の前で、彼の学校の話は禁句のはずだった。それも、うまくいってないって、決めつけるようなこといってしまった。わたしも感情的になり過ぎた。
反省するわたしの前で、秋人は投げやりな笑みを見せた。
「俺、もうインターンいかないから」
「ごめん、いまのはわたしも悪い」
「別に」
とぼとぼとした足取りで去っていく秋人のことを、わたしは追いかけることができなかった。
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