第11話生まれ変わるなら私以外……⑤

 太一がいなくなったら、なんてちっとも考えていなかった。

 いや、考えていなかったわけではない。逆に常に頭の片隅に入れていたともいえる。

 天界からやってきたとかいってるし。いついなくなってもおかしくないのは、わかっている。

 というか、よくそんな男とふたりで生活なんかしてるよな、わたし。

 ありえないと思うけど、生活が成り立っているから不思議。

 でも、本当に太一がいなくなったら、いまのわたしはどうなっちゃうんだろう。

 現実に放り出されたわたしは、どうやって生きていくんだ?

 怖っ!

 まあ、具体的なことは追い追い考えよう。

 バッティングセンターを出て、茜と別れてからも、決して見つからない七海さん探しを続けていた。

 カフェというカフェを、巡る、巡る。

「今日って日曜日だから、会社や学校がお休みの人が多いんだよね」

「うん」

「でも、休みなのに、勉強してる人もたくさんいる」

「確かに、そうだね」

 太一がいったように、それまで巡ったどこのカフェにも、ひとりパソコンでなにか作業をしている人や、本やノートを広げている人の姿があちこちに見えた。

「みんな生きていくのに必死なんだよ。休みでも、休んじゃいけない人がたくさんいるってこと」

「ニンゲンって大変」

「ほんとに。できることなら、わたしもニンゲン以外の生き物になりたい」

「そうだ、そうだ」

「そうしたら、就職なんてしないで済むし、何者になんかならなくていい。ああ、もう就活も勉強もやめちゃおうかな。全部お休みしたい」

「それはだめ」

「どうしてよ」

「理子の苦しんでるところが見れなくなるから」

「もう」

 ふてくされたような声を出すわたしの隣で、太一はおかしそうに笑った。でも、わたしは笑えない。なにもかもやめたいなんて冗談っぽくいったけど、正直、全部本音だった。もう全てを投げ出して、悩みのない世界に身を投じたい。

 就活も、勉強も大変。プログラミングについては、自分の知識が進歩しているという実感はある。でも、それを仕事にする気は、実は、もうなかった。

 お金を稼ごうとするには、プログラミングは難し過ぎるのだ。わたしにできるのは、教則本のいう通りに『hello world』を画面に表示させたり、簡単なif文やfor文を理解するくらい。それ以上理解を進めようとすると、これのなにが楽しいの? と思えてくる。

 どうやらプログラミングを仕事にするには、それが好きじゃないといけないらしい。

 恐るべき、技術職。

 安易な気持ちで、エンジニアになろうとして、ごめん。

 でも、秋人はそんなわたしにも、根気よく指導をしてくれている。

 わたしの勉強は、もう惰性以外のなんでもない。なにかしていないと、いまの自分が情けなさ過ぎて自己嫌悪になってしまう。だから、やっているだけ。無駄。そんなモチベーションのわたしのために時間を使ってくれている秋人には申し訳ない。

「でもさ。勉強も就活も、続けてればいつかは理子のいう何者かになれると思うけどな」

「それ、いったいいつになるんだろ」

「いつでもいいじゃん」

「いつでもじゃ、だめなの」

「どうして?」

「若いうちに何者かになっとかないと」

「ニンゲンの寿命は長いのに」

「世間がこの人はいらない人間だ、って判断するのは早いから。そう思われてからじゃ、もう遅いの」

 わたしには時間がない。もたもたしていると、若者って枠から外されてしまう。その前に、何者かになっておかないと。

「いまの理子は、未来、なにになるんだろう」

「わたしも、なにかになれるのかな」

「なれるよ」

「やけにはっきりいうじゃん」

「ぼくは理子のことならなんでもわかるから」

「また、適当なこといって。じゃあ、わたしが何者にもなれなかったら責任とってくれるの?」

「それは無理だよ。ぼく、その前に天界に帰っちゃうから」

「まったく」

 だんだんと日が陰ってきた。

 駅周辺のカフェは見尽くして、わたしたちは、そこから少し外れたところにいた。人気の少ない住宅地。カフェもなかなか見つからない。

「そろそろ諦めない? 秋人のことも心配だし」

「うん」

「七海さん、気が済んだら帰ってくるよ」

 わたしのその言葉に、太一の反応はなかった。

 しばらく無言で歩き続ける。

 やがて太一が口を開いた。

「理子、七海さんの居場所、本当は知ってるんでしょ?」

 今度はわたしが、彼の言葉に反応できなかった。

 隣に目をやる。

 太一の顔は夕焼けに照らされていて、赤みがかっていた。

「知らないよ」

「いってみただけ」

 それからはふたりとも黙って歩いていた。

 隣を歩く太一の足音を聞きながら、もしかしたら、本当に、彼にはわたしのことがなんでもわかるのかもしれないと思った。

 太一は、わたしの全てを知っている。

 そういう超能力みたいなものが、太一にはある気がした。

「理子は、理子にしかできないことをやればいいと思うけど」

「わたしにしかできないことなんてないよ」

「何者かになんてならなくても、理子なら七海さんを助けられる」

 わたしは気をぬくと、立ち止まってしまいそうになった。

太一の影が後ろに伸びている。その影がわたしの右肩に触れていた。

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