第9話生まれ変わるなら私以外……③
インターンを閉めて部屋に戻ると、ベッドの上にスマートフォンが投げ出されていた。働いているときは気づかなかったけど、一日中そこにあったみたいだ。手にとってホームボタンに触れると、画面が光った。そこには七海さんからの着信があったことを知らせるメッセージが浮かんでいた。
すでに夜の十一時を過ぎていたけど、電話があったのはちょうど一時間前。だから、まだ起きているだろうと思い、掛け直した。
つながると、意外にも元気そうな声が聞こえてきた。
「やっほー」
普段聞かないような、子供っぽいセリフ。家出をしている身分で呑気なものだ。
「電話もらってたみたいで」
「そうなの。いま、お仕事終わり?」
二、三あいさつみたいな会話のやりとりが続く。
「七海さん、どこにいるんですか?」
「京都」
京都!?
てっきり都内にあるといっていた実家か、友達の家にいると思っていた。
意外と遠くまで行ったんだ。
七海さんは、ずっと行きたかった京都の街を散歩しているという。初めての一人旅、という声は弾んでいた。
「いいですね、京都」
「でしょ?」
しばらくどこのお寺にいったという話が続いた。正直興味はなかったから、熱心に話を聞くふりをする。七海さんもそういうものに詳しいわけではないみたいで、金閣寺や清水寺、二条城といった、わたしで聞いたことのある場所に足を運んだみたいだった。その感想もおしゃれとか、かっこよかったといったありきたりな感じだった。
頻繁にあくびが出てくる。
それを悟られないようにするのに、必死だ。
「旦那さん、うちのお店にきましたよ」
話がひと段落したようだったので、わたしはそれを知らせた。
「うっそ。インターンに?」
「はい。七海さんがいなくなったその日の夜に。心当たりを片っぱしから探してるって、いってました」
「へえ〜」
その口調から、うきうきとした感じが伝わってくる。
「あの人、わたしの話にはいつも空返事しかしないのに。わたしがインターンに通ってることは知ってたんだ。意外と話聞いてるんだね」
「いい旦那さんじゃないですか」
「どうだろう。だったら、いまももっと連絡してきてもいいはずなんだけど」
七海さんの声のトーンが急に落ちる。
「連絡ないんですか?」
「家出たその日は、結構あったけど。それからはぱったり。今日なんて三回だけだよ」
三回。
確かに、少ない気もするけど、平日だし忙しかった可能性もある。
というか、どうでもいい。
会話することが、だんだん面倒になってきた。
それからも大輔さんに対する愚痴が続いた。部屋の外から聞こえてきた音で、太一がお風呂から上がったことがわかった。時計を見ると、日付がとうに切り替わっていた。
うんざり。
七海さんからの連絡はそれだけに収まらなかった。
さすがにインターンの営業中に電話がかかってくることはなかったけど、頻繁にメッセージが送られてきた。どこに行ったとか、なにがおいしかったとか、時間に関係なく画像とともに送られてくる。訊いてもいないのに、大輔さんから着信があると、それも報告してきた。
正直、ブロックしたかったけど、それはしなかった。でも、メッセージに既読をつけるタイミングは、徐々に遅くなっていった。
太一が七海さんを探すために、インターンを休みにしようといい出したのは、大輔さんがお店に顔を見せた三日後のことだった。
「七海さんを探せるのって、もうぼくと理子くらいしかいないと思うんだ」
「大輔さんが探し続けてるみたいだし。任せればいいじゃん」
「でも、手詰まりっていってたよ」
「そうだけど」
大輔さんは、知っている限りの七海さんの友達には、全て当たったといっていた。でも、誰もなにも知らないみたいだった。
七海さんは、ほんとうにわたしにしか、家出のことを話していなかったのだ。
「でも探すっていったって、どこに行ったのかもわからないし。電車とか新幹線に乗って、どっか遠くに行っちゃったかもしれないよ」
「そうだけど。でも、なにもしないよりはマシでしょ。意外とこの辺りにいるかもしれないし」
「人の家庭の問題に、わたしたちが首を突っ込む必要あるかな」
「ある」
迷うそぶりすらない、返答。
太一の中で、もう七海さんを探しに行くのは、決まっていることみたいだった。
「今日も予約はキャンセルするの? 日曜だから、びっしり入ってるけど」
「うん」
「お店の信用なくなっちゃうよ」
「どうせ、ぼくと一緒にこの世界からなくなる店だし。信用なんて、ちょっとくらいなくなったっていいでしょ」
はあ、またその設定。
都合のいいタイミングで、天界とか、わけのわからない設定を話に持ちら出されると、ちょっと腹立つ。
でも、居候というわたしの立場上、太一には逆らえない。だから、諦めて、七海さん探しに付き合うしかない。絶対に見つからないと知りながら。
「予約してたお客さん、楽しみしてただろうな。かわいそう」
「あ」
わたしの言葉を受けてか、なにかひらめいたみたいに、太一は声をあげた。
「なに?」
「じゃあ、秋人に任せよう」
「お店の運営を?」
太一はなぜかうれしそうに頷いた。
あの無愛想な秋人が接客。
想像すると少し面白かったけど、無理だろうと思った。彼はお金を稼いでいるとはいえ中学生なわけだし。それに、いつも自分の仕事をしているから、そんな暇はなさそうだ。そもそも、レジの操作とか、ドリンクの準備とか、接客する上で必要なことを教えていない。どれも難しいことじゃないけど、アルバイトもしたことがない彼にはできないだろう。
「無理でしょ」
「頼むだけ、頼んでみようよ」
「それで断られたら、七海さんのことはひとまず忘れてくれる?」
「いいよ」
え。いいの?
どうせ、秋人には断られるけど。
わたしは、七海さん探しの話は、これで片付いたと思った。
でも、お店にきた秋人に太一が店番を頼むと、意外にも二つ返事が返ってきた。
「え、いいの?」
わたしが訊くと、秋人はむっとした表情をした。
「頼んできたの、そっちだろ」
「秋人にも自分の仕事があるんじゃないのかなと思って」
「予約の客を通して飲み物出すだけでしょ? だったら仕事と並行してできるし」
「でも、いろいろやりかたとかあるんだよ」
「予約システムつくったの俺だから、その辺は問題なし。その他も、いつも太一さんと理子さんの仕事見てるから、だいたいわかるよ」
あいかわらずぶすっとしているので、乗り気、って様子ではないけど、お店を任されることに対しては前向きみたいだった。面倒とか、忙しいとかいわれると思い込んでいたから、彼がなにを考えているのかわからなくて、ちょっと気持ち悪い。
「ほんと助かるよ!」
太一が秋人の両手を握って、ぶんぶん振った。そのときの秋人がちょっとだけ照れたような表情をしたから、わたしはそれ以上口を挟むことができなかった。
「なにかあったら、すぐわたしたちに電話するんだよ」
「了解」
そうして、秋人にお店を任せて、太一とわたしは七海さんを探しに外に出ることになった。
「やっぱりわたしだけで探しに行くよ」
出がけにそういって、太一を店に残そうとしたけど、悪あがきに終わった。太一はふたりで探しに行くことを譲らなかった。
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