第7話生まれ変わるなら私以外……①

 インターンのWEBサイトをつくってくれた人は、近所に住んでいた。わたしがクラウドソーシングのサイトでマッチングしたのだ。

 最初はわたしの力でサイトをつくろうとした。でも、すぐに挫折した。レンタルサーバとか、メールサーバとか、ドメイン管理とか、セキュリティとか。前の仕事で少し聞いたことがある言葉もあったけど、やることが多すぎてよくわからなくなった。太一に相談をすると、お金の心配はしなくていいといってもらえて、外注することにした。WEBサイト制作に特化した会社もたくさんあるようだったけど、クラウドソーシングが格安で、わたしはそこに頼むことにした。

 それで、インターンにやってきたのが秋人だった。

 でも。

「子供?」

 彼の姿を見るなり、わたしは思わずそう言葉を漏らしてしまった。

「あなたが、加藤秋人……さん?」

 彼はこくりと頷く。

「太一、どうしよう。子供だった」

「なにか問題なの?」

「いやあ」

 詳しく話を聞くと、彼は十四歳で、まだ中学二年生みたいだった。クラウドソーシングのサイトに年齢は表示されない。でも、エンジニアってくらいだから、わたしはなんとなく、おじさんがやってくる気がしていた。

 ノートパソコンを一台リュックに詰めてやってきた彼は、小柄で声変わりもおぼつかない。ぶすっとしていて愛想はなかったけど、コンピューターの話をするときは年相応に目を輝かせる可愛らしい少年だった。

 きっと、いたずらでサイトに登録したんだろうな。

 わたしは子供に仕事は頼めないと、依頼したWEBサイトづくりを断ろうとした。でも、それを太一が制した。

 理子がわざわざ呼んだのだから、ちゃんともてなさないと。

 そういわれると、従うほかない。

「で、サーバーはこの店にあるの?」

 第一声から、秋人はタメ口。ちょっと気になるけど、子供だし、まあいいかと思う。

「……ないです」

「じゃ、クラウドで開発するから、それで試算を出すよ。あとサービスは、一応、AWSとアジュール、GCPから選んでもらいたいけどどれがいい?」

 訊いたことない言葉たち……。

「どんな違いがあるんですか?」

「サービスを出してる会社がAmazonか、Microsoftか、Googleか。あとは細かい違いが山ほどあるけど、お姉さんじゃわからないでしょ?」

 じゃあ、どれがいいかなんて聞くなよ。

 わたしはイメージに近い既存のサイトを見せて、こんな感じがいい、と話す。すると、了解、と一言返ってきた。

 それからたった数日で、わたしのイメージ通り、いやそれ以上のお店のサイトが本当に完成した。

 異様な仕事の速さ。それに予約システムだけじゃなく、口コミや、お店で揃えているボードゲーム一覧と、そのそれぞれに評価やレビューができるシステムもある。

「ほんとに、あなたがつくったの?」

「……はい」

 怪訝そうな目を向けられる。相手が子供だったから油断したけど、だいぶ失礼なことを口にしていた。反省して、謝る。

 秋人は学校に通っていないという。不登校というやつだ。そこはかつてのわたしと同じだけど、彼は仕事をしてお金を稼いでいる。



 エンジニアって言葉は、わたしとは無縁のところに存在していた。

 なんか作業着を着た男の人が、無機質な工場みたいな場所で小難しいことをしているイメージ。

 全然、おしゃれじゃない。キラキラもしていない。

 でも、秋人の登場でそのイメージがひっくり返った。

 エンジニアは、魅力的なお仕事みたいだった。

 秋人はエンジニアでも、WEBサイトをつくる、WEBエンジニアと呼ばれるものらしい。プログラミングをして、パソコンひとつで、おしゃれで可愛いサイトが出来上がる。しかも、難しくない。昔は大変だったらしいけど、いまはフレームワークと呼ばれるプログラムの雛形みたいなものがあるおかげで、そこそこ簡単。……らしい。

 でも、わたしが魅力に感じたのは、それだけではなかった。

 WEBエンジニアについてネットで調べると、そこは夢に見たキラキラした世界が広がっていた。

 都心にある、おしゃれなオフィス。

 そこで、おしゃれな服を着て、パソコンをする社員さん。綺麗な女の人もいる。てか、結構多いみたい。

 社内カフェ。なにそれ!

 フレックス出勤。

 スキルアップで、収入アップ。

 フリーランス。副業。会社に縛られない働き方。

 人生にサプライズを!

 前の仕事も、WEB系に属するもので、WEBエンジニアと呼ばれる人たちは身近にいたはずだった。なのに、エンジニアの仕事がこんなに魅力的だとは知らなかった。それくらい目の前の仕事に必死で、まわりが見えなくなっていたのだ。

 勉強は嫌いじゃない。それに、WEBエンジニアは超難しいというわけではないと、ネットに書いてある。

 わたしが目指すべきは、これかもしれない。

「わたしプログラミングを勉強しようと思うんだけど、教えてくれない?」

 わたしは秋人に、プログラミングの指導をお願いしてみた。サイトをつくってもらって以降、太一が許可したから、彼はよく仕事場としてインターンのカウンタースペースをつかっていた。

「なんのためにそんな勉強?」

「転職活動中だから。手に職をつけたら、また就職できるかなと思って」

「スクールとか行けばいいのに」

「それだとお金かかるし、いっぱいあってよくわからないから。だから、人助けだと思って。お願い!」

「理子さんに教えることなんてない」

 ぴしゃりとした口調だった。

「ひどい」

「本当のことだもん」

「わたしだって頑張ろうと思ってるのに」

「そういう人は、すでになにかしら勉強を始めてるから」

 そういわれると、返す言葉がなかった。確かに、わたしはなんの行動もしていない。

「だよね」

「プログラミングなんかしなくても。理子さんは頑張ってると思うけど」

 沈んだわたしにそれだけいって、秋人は帰っていった。




 インターンの閉店は夜の十時だった。それから閉店作業が始まる。テーブルを拭き、床に掃除機をかけて、ゴミをまとめる。ふつうのお店はここでお金の管理をしっかりするだろうけど、太一は天界に帰ればなくなってしまうお金だから、とその管理を怠っていた。

 清掃を一通り終えると、明日の予約を確認してパソコンの電源を落とす。そして最後にお店の電気を消して、太一とふたりでとなりの部屋に帰った。閉店作業とはいっても、全部で一時間もかからない。

 しかし、その日は状況が普段と違った。十時半過ぎくらいにインターンにやってきた男性がいたのだ。

 ボードゲームのコマがひとつ床に落ちているのに気づいてそれを拾おうとしたときに、ドアの鈴が鳴った。はじめは太一だろうと思ったけど、顔を上げると見知らぬ男の人が立っていた。

「すみません。お店はもう閉めていて」

 わたしが説明すると、男の人は首をふった。血の気が引いたようなひどく白い顔をしていた。

「客じゃありません。瀬川七海の夫です」

 七海さんの旦那さん。改めて男の人の顔を見て納得した。旦那さんについての話は、七海さんからちょっとだけ聞いていた。名前は大輔さん。背が高くて、彫りの深い顔をしている。その通りだった。

「どうされたんですか?」

「七海がよくここにきていることは、あいつから聞いていたんですが。いまはきてませんか?」

「いえ」

 奥でボードゲームの整理をしていた太一も、なにごとかと入り口の方までやってきた。だれ、と耳打ちしてくる太一に、七海さんの旦那さん、と返す。

「今日はきませんでした?」

「最後にこられたのは、確か先々週です」

「そうですか」

 大輔さんの表情に狼狽がみえた。そんな彼を前に、わたしと太一は黙って立っていた。なにかあったのだろう。わたしは彼がその事情を話してくれるのを待った。でも彼は肩をがっくりと落として、失礼します、と口にした。

 ロボットのような動作で後ろを向く大輔さんに、あの、と声をかける。

「なにかあったんですか?」

 大輔さんは背中を見せたまま、立ち止まった。

 わずかに悩んだような時間が過ぎたあと、彼はまたこちらに振り向いた。

 大輔さんは頭の後ろをかきながら、恥ずかしい限りなんだけど、と前置きして事情を話してくれた。

「七海、家を出ていったみたいで。探してるんです」


 七海さんは家出をしたみたいだった。しばらく帰らないとだけ書いた置き手紙と、冷蔵庫に何日か分の料理を残したきり、夜になっても家に帰ってこないらしい。大輔さんは七海さんの携帯に何度も電話をかけていたけど繋がることはなく、送ったメッセージは確認している形跡すらないといっていた。

 大輔さんは会社から帰ってきてから、ずっと心当たりをあたっていた。

けど、成果はなし。

「そろそろ七海さんの実家にも電話をしてみるか」

そういって、ため息をつきながら、大輔さんはインターンを後にした。七海がお店にきたらここに連絡してほしいと、最後に大輔さんの連絡先だけ渡された。

「七海さん、どこいったんだろう」

 再び二人になったインターンで、太一がいう。

「さあね」

「興味ないの?」

「そんなことないよ」

「七海さんが家出っておかしい」

「どうして?」

「幸せそうだったし、旦那さんの自慢もしてた。生活に不満がなければ、家出なんてしないでしょ」

「確かにね」

「なにか事件に巻き込まれてるのかも」

 太一は、焦ったようにそんなことをいい始める。

 まったく、大げさ。

「七海さんのことだし、気まぐれでしょ。どうせ友達の家にでも遊びに行ってて、しばらくしたら帰ってくるよ」

「理子、七海さんの居場所に心当たりがあるの?」

「いや、ないけど。どうして?」

「なんか、七海さんのこと知ってそうないい方だったから」

「なにも知らないよ」

「だよね」

「うん」

 嘘。

 なんかボロが出そうだったから、太一から離れる。

 わたしは七海さんがいつか家を出て行くかもしれないことを、少し前から知っていた。

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