第6話天界からのモラトリアム⑥

 わたしは面接のために出かけているけど、実際には面接をしていない。

 面接の会場に指定されたオフィスビルの前までは足を運んだ。でもそれから先の一歩がどうしても踏み出せず、約束の時間が過ぎると、わたしはビルに背中を向けてそのままインターンに帰ってきていた。

 わたしはいつもいつも面接を受けるのが怖くて、逃げ出していた。

 情けない。

 でも、どうしようもない。

 怖くて怖くて、仕方ないのだ。

 吉野さんが設定してくれた面談は、Googleのカレンダーに追加される。そこには面接会場の場所と、服装や持ち物などその他の連絡事項が記載されていた。それを確認したわたしは、指定の時間に余裕を持って到着できるよう、身なりを整えてインターンを出た。

 電車の中では、吉野さんと面接の練習したことを頭の中で反芻した。自分の履歴、前職での職務内容、退職理由、面接する企業を志望した動機、思い描くキャリアプラン。すべて一言一句、暗記していた。

 企業のオフィスが入ったビルの前には、指定された時間の二十分前には到着していた。道に迷うことも想定していたけど、いつもまっすぐたどり着いた。ビルのエントランスが広ければ、建物の中に入り、来客用に設置されたソファに座った。

 吉野さんからは、約束の時間の五分前に、受付や内線で面接にきた旨を伝えるのがいいと、教わっていた。

 先方にも準備があるから、早く到着し過ぎるのもよくない。わたしはビルの前やエントランスでも、面接のシミュレーションをした。会場に着いているから、遅刻の心配もない。あとはやるだけだ。

 でも、時間が近づいてくるにつれて、頭の中が真っ白になった。暗記していたはずのことがなかなか出てこなくなり、かわりに余計な考えに捕らわれた。

 この会社に採用されることになったとして、もし前みたいにひどい場所だったらどうしよう。ひとりでは抱えきれないほどの仕事を押しつけられて、ひとつひとつの仕事がわたしには難しくて、ミスしたら怒鳴られて。わたしはぼろぼろになって、また捨てられるかもしれない。

 でも逆に社員に優しい会社だったら、なんのスキルも経験もないわたしみたいな人間を採用してくれるだろうか。競争率も高いはずだから、会社としてはもっと前の職場で輝かしい成果をおさめた人と一緒に働きたいはずだ。吉野さんがうまくわたしを紹介してくれただけで、実際のわたしは期待されている人材ではない。いざ面接をしたら期待はずれで、あなたなんかいらない、といわれるかもしれない。

 そうこうしているうちに、せっかく余裕を持って会場に到着したのに、いつも約束の時間を過ぎてしまっていた。心配してか、わたしの携帯に電話をくれる会社もあったけど、それに出ることはできなかった。面接を予定していた会社がエージェントに問い合わせて、吉野さんからわたしに連絡がきても、わたしはすぐには取り合えなかった。

 その帰り道、わたしの瞳からは決まって涙が出てきた。そんな姿を太一に見せるわけにはいかない。できるだけ人の少ない駅のトイレで一通り泣ききってから、わたしはインターンに戻っていた。

 インターンにいる太一の顔を見ると、心が安らいだ。インターンのエプロンを身につけると、嫌なことすべてを忘れられた。



「理子の誇れること、このインターンでつくろうよ」

 インターンWEBサイトをつくることになったきっかけは、太一のこの一言だった。

「誇れることなんて、わたしにはないから」

「ないなら、つくればいいじゃん」

「どうやって?」

「例えば、インターンをよりよくするとか」

「よりよくする、か」

「そうしたら、理子のいいところが見つかるかもしれないよ」

「そううまくいくかな?」

「やってみるだけ、やってみようよ。ねえ、なにかインターンをよくするアイデアないの?」

「そうだなあ」

 考えるけど、なかなか出てこない。

「なにか思いついたら、教えてよ」

 その日から暇な時間のほとんどを、どうすればインターンをよりいいお店にできるだろうかと考えることに費やした。お客さんは増えていたし、みんな楽しそうにボードゲームをしていた。クレームが出たこともない。売り上げについてはよくわからないけど、そもそも太一はお金儲けには興味がないみたいだ。

 よりよくすることについてがんばって考えてみるけど、いつもインターンはすでいいお店なんじゃないかって結論に行き着く。それに、そもそもわたしなんかの考えで、お店がよりよくなるとも思えない。

 休日の昼過ぎ。満席になったテーブルのそれぞれで、みんな楽しそうにボードゲームを囲っている。誰もが目の前の人とのコミュニケーションに夢中だ。このときばかりは、日々の嫌なことなんかきっと忘れているんだと思う。

「すみません、ただいま満席で」

 そんな中、外の看板を見て扉を開いてくれるお客さんもいる。でも場所が足りないからと、お断りしていた。

「そうですか」

 といって帰っていくお客さんを見るのは、すでに三組目だ。

 入り口で突き返されて、残念そうに帰って行くお客さんの背中を見るのは、いつも嫌だった。

 あ。

 そんなとき、ふと、インターンをよりよくするアイデアを思いついた気がした。

「そういえば、この間のインターンをよりよくするって話なんだけど」

 お店を閉めて掃除をしているときに、太一に声をかけた。

「なにか案が見つかった?」

「お店の予約ができればいいなって思った。お客さんもだんだん増えてきて、満席で断っちゃうこともあるし。お客さんが、もっと安心してインターンにこれるようになればいいなって」

「いいじゃん、予約」

「そうかな」

「うん。ぼくは思いつかなかった」

 自分の考えを伝えるまで、どうせ大したアイデアじゃないと思っていた。どうせわたしの考えたことだし。予約なんかできなくても、いまのインターンは十分お客さんを喜ばせている。

 でも、太一はわたしの考えを受け入れてくれた。否定する様子なんて一切見せずに、わたしのアイデアを形にしようとしてくれている。

「じゃあ、せっかく予約できるなら、ネットからできたほうがいいかも。ここで遊んでる写真をインスタに上げてるお客さんもいるし、それと一緒にお店のURLも載せてもらえば、宣伝にもなる」

「そうしたら、売り上げもアップするね」

「太一、売り上げとかちゃんと考えてたんだ」

「え、考えてないよ。でも、売り上げアップっていうと、なんかテンション上がるじゃん。それに、お金を稼いだって経験は、理子の転職にもいいことだと思うし」

「そっか。ありがとう」

 わたしは慌てて感謝を伝える。つい本来の目的を忘れていたけど、インターンの改善はわたしの転職活動のためなのだ。

「SNSで広がれば、いろんな人にインターンのことを知ってもらえる。そうすれば、みんなにインターンのよさが伝えられる」

「ぼくのお店って、いいお店なのかな」

「それは、もちろん。お客さんみんな楽しそうだし。あ、そうしたらフリープランもつくらない?」

「フリープラン?」

「いまって三十分ごとにお金をもらってるけど。夕方からきたお客さんは、閉店まで遊び放題みたいな。休みの日は、三時間とかに時間制限したりして」

「うん、じゃあ、それもやってみようか」

 太一と話をすると、アイデアがどんどん出てきた。

 インターンのWEBサイトはこうして企画が生まれ、そして誕生した。

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