第4話天界からのモラトリアム④
モノポリーというボードゲームがある。インターンにも少しずつお客さんがくるようになったから、勉強のために太一とふたりで遊んだ。
それはすごろくの上を周回しながら、土地を買って、家やホテルを建てるゲームだった。自分の建物が増えるほど、他のプレイヤーからもらえるレンタル料も増える。そして、お金を稼いだだけ、土地も建物も増やすことができて、ゲームを有利に進めることができる。手元にできたお金が、またその何倍ものお金を生み出すのだ。
「モノポリーってどういう意味か知ってる?」
ゲームの最中、太一が訊いてくる。
「おしゃれな名前だなって思ってたけど、意味があるの?」
「うん。独占、って意味」
「独占」
「うん」
「急におしゃれじゃなくなったな」
「独占なんて、争いのもとだよね」
「ほんと。好きな言葉じゃない」
その後、ルールを教えるがてらに、インターンにきたお客さんとモノポリーをした。
キラキラした若いOL風の三人組。わたしより年上だろうけど、まだまだ若い。化粧が垢抜けていて、見た目から余裕のある社会人ライフがうかがえる。そんな派手な人たちが囲うテーブルに、わたしは混じった。
「かわいい!」
彼女らのひとりが、ゲームのコマとなる銀色の小さな置物を目の前に並べていた。
モノポリーのコマは、小さな銀色の置物だった。その形は、馬、猫、アヒル、ペンギン、恐竜といった動物だけでなく、車、船、あとなぜかシルクハットの形をしたコマまである。いかにもアメリカ出身のおもちゃってかんじのするそれらのコマは、確かに並べるとおしゃれだった。
「ほんとだ、かわいいー」
まだゲームをしないうちから盛り上がって、テーブルに並べたコマやボードを写真に収めていた。撮影ボタンを押した後もスマホの操作をやめないから、SNSを更新しているのかもしれない。
目的はゲームじゃなくて、栄えか、とため息が出る。
そうこうしながらも、やっとルールが伝わってゲームが始まる。でも、ルールを教えていたはずのわたしは、そのゲームであっさりと負けた。
「お姉さん、よわ〜い」
茶化すようにそういわれた。もちろん冗談でだけど。でもなぜか、わたしはプライドをちくりと刺激された。
わたしが負けたのは、単純に運が悪かったのだ。序盤にうまくお金を手元に集めることができず、手持ちのお金は取られるばかりで、やがて破産に追い込まれた。そうなると、もうゲームに参加できず、ただぼんやりと目の前で進むお金のやり取りを見ていることしかできない。
目の前できゃっきゃいいながら、三人の女の人がわたしのいなくなったモノポリーを楽しんでいる。いいなあと思う。彼女たちを羨むと、胸がズキズキと痛む。
同じ人間だけど、彼女たちはわたしとは違う。充実感のある仕事を終えた後も、こうしてアフターシックスを友達との遊びに費やしているし、身につけている服も、持っているバッグも、艶やかな髪の毛も、それなりにお金がかけられていそうなことはわかる。おそらくいい大学を出て、いい会社に勤めていて、プライベートはこうして友達や恋人と過ごしているのだ。裕福な家庭に生まれて、教育や娯楽にお金をかけられ、自己肯定感を育まれたはず。
「独占か」
つぶやいてみる。その声が隣に聞こえたようで、ん? と反応されてしまった。なんでもないですと手を振って、その場から去る。
世の中にあるキラキラした世界への入場チケットは、人生の最初から運のよかった人たちにしか行き渡らない。この世界は、そういう仕組みになっている。だから、わたしみたいな運の悪い人間がそれを求めても、すでに手遅れなのだ。
ドアについた鈴が鳴って、お客さんが入ってきた。その中に茜がいた。追い返したかったけど、テーブル席はひとつだけ空いていた。理子元気だった? と甲高い声を浴びせられる。押し付けがましいやたら高いテンションを振り払うように、わたしは一行をテーブルへ誘導した。
「悪く思わないでね」
中学で日常的に悪口や、暴力を受けるようになってから、一度茜にいわれたことがある。
「これは罰だから。わたしに逆らった罰」
運の悪い人間は、いつでも罰を受ける側。
インターンには、ちょっとずつお客さんが増えた。テーブルが満席になって、せっかくきてもらったお客さんを突き返してしまうこともあるくらいだ。
でも、なぜかリア充みたいなお客さんが多かった。クラスにいたら、休み時間に教室の後ろに集まってだるいとか疲れたとかいいながらも、流行りのファッションやスイーツについて話しているような。職場にいたら、男性の先輩社員にちやほやされて、ルックスとコミュ力で仕事をうまくこなすような。
そんな人を見ると、嫌になる。
ほんと、爆発してほしい。
どかん、とひと思いに、リア充よいなくなれ。
そうすれば、キラキラした世界の座席が空いて、わたしにもチャンスがやってくるかもしれない。
ま、本気でそんなことは思ってないけど。
もう、いろいろ諦めているから。
転職エージェントと呼ばれるものが、こんなに便利なものであるか、わたしはいままで知らなかった。テレビのコマーシャルや、ネット広告でよく宣伝していることは知っていたけど、なんとなくわたしとは関係のないもののような気がして、スルーしていた。
どうせ、キラキラした人がつかうサービスでしょ。
そんな具合に。
でも、それに興味を持ったのは、インターンにきたお客さんからの一言だった。
「悩んでるんだったら、エージェントに登録してみたら?」
「エージェント?」
「転職エージェント。テレビでもよくCMやってるじゃん」
こんなアドバイスをくれた人こそ、モノポリーを一緒にやった女性のひとり。七海さんだった。
この七海さんは、モノポリーをやってからも、何度かインターンに足を運んでくれる、いわば常連さんになっていた。ボードゲームにハマったみたいで、いろんな友達をとっかえひっかえしながら、遊びにきた。わたしと太一ともすぐに打ち解けてしまうような明るさで、何度か世間話をするうちに仲良くなった。
「七海さんも登録したことあるんですか?」
「わたしは、ないよ。転職したことないし」
「ですよね。寿退社ですもんね」
「うわ、なんか嫌味っぽい」
「そんなことないですよ」
「ほんとに〜?」
「ほんとですよ」
嘘だ。
嫉妬で、自然と嫌味が出てしまった。別に結婚願望なんてないけど、もうなんかいろいろずるい。
七海さんは新卒で入社した会社でいまの旦那さんと出会い、三年目のときに結婚、退社したらしい。それで、結婚してからちょうど一年が経つという。旦那さんは十つも歳上の男の人。ルックスがいいのに加えて、会社でも重要なポジションについており稼ぎもいいと、自慢げに話していた。
自分でいうな。
「友達がね、エージェントつかって転職してたの」
「友達って、どうせウェイ系ですよね」
「ウェイ系? なにそれ?」
「七海さんがいつも連れてくる人って、無駄に明るくて、ハキハキしてて、うぇーいってかんじ」
「えー、意味わかんなーい」
無自覚なのか、と思うけど、どこか納得もする。そもそも、明るい性格を生まれ持たなかったわたしみたいな人が、ひがんで勝手になんとか系とか呼んでいるだけだ。
「転職エージェントって、わたしみたいな暗い人って断られるんじゃないですか?」
「そんなことないよ! エージェントは誰でも使えるよ」
しれっとした返事。自分で自分のことを暗いっていったけど、そこも否定してくれよ。
「ねえ、なんの話?」
さきほどまで、他のお客さんとゲームをしていた太一が、こっちにくる。
わたしは話の経緯をかいつまんで話した。
「いい話じゃん。七海さん、理子、転職活動する気ないみたいだから、手伝ってあげてよ」
「おっけー。じゃあ、この場で登録しちゃおっか」
「え、でもお金かかるんじゃ」
「転職できるまで全部無料だから大丈夫。無料で、求人紹介も、面接練習も、先方の企業とのやりとりもやってくれる」
「え、嘘」
「ほんと、ほんと」
「エージェントって、ボランティアなんですか?」
「違う、違う。理子ちゃんが就職できたら、その就職した先の会社がエージェントにお金を払うの」
だから、お金のために求職者を無理やり変な会社に送り込もうとするエージェントもあるから気をつけたほうがいい、みたいな話も聞いたけど、そのあたりになるとわたしはよく理解できなかった。
七海さんを信じて、彼女のいわれたとおりに転職エージェントに登録してみる。すると、本当にすべてが無料みたいだった。必要事項を登録するだけで、すぐにスマホにメールが届き、わたしを担当してくれるキャリアアドバイザーが決まった。その段取りのよさにどきどきしたけど、クレジットカード番号を登録することもなく、後日お金を請求されることなんてなかった。
登録した転職サイトのマイページには、わたしへオススメされた求人が並んでいた。それらはすべてわたしの希望が反映されたものなので、どの企業もキラキラしたオフィスで、キラキラした先輩がいる。福利厚生と研修が充実していて、確かな安定とやりがいをもって働けるみたいだった。スマホの画面に映る求人を見ているだけで、胸がときめいた。このどこかで、わたしは働けるのだ。
いやいや、落ち着け、わたし。
転職については、何度か自分で調べたことがある。
ネットで『転職』と検索すると、無尽蔵とも思える求人が広がっていた。世間は思った以上に働き手を求めている、らしい。
わたしはより取り見取りの求人から、自分に合いそうなものを探した。
未経験歓迎。第二新卒歓迎。やる気のある方大歓迎。
わたしはそのすべてに当てはまる。ネットの向こう側では、わたしはたくさんのお仕事から求められている。
もう少し条件を絞ってみた。
完全週休二日制。充実の研修制度。女性大活躍中。
甘美な響き。
でも、騙されてはいけない。
新卒採用のときも、そうだったじゃないか。
いろんな企業がまるで誘惑でもするかのように、うちで働かないかと誘っている。わたしたち就活生は、パン屋でパンを選ぶみたいに、十分なほどの選択肢の中からどこにしようかなと選ぶ。
でも、いざ面接を受けると、自分がどこからも必要とされていないことに気づく。
戸惑い。
その後の、絶望。
「まずは、面談の登録ね」
そういって、七海さんに勝手にキャリアアドバイザーとの面談の予定を登録される。心の準備ができてない、とかぶつぶつ文句をいったけど、これくらい強引にやってもらったほうがいいのかもしれない。
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