第6話 振れる刃
この日、アルナルド王国では収穫祭を迎えていた。前日から賑わっていた街も、客に町中の人々が加わり更なる活気をに満ちている。そんな中、エボは王城に呼び出され、応接間に通されていた。エボは跪き、首を垂れて王族が来るのを待つ。
突然の謹慎中の呼び出し、上官のブルバンの姿もない。平静を装うもエボの内心は穏やかなものではなかった。足音が聞こえる度に心臓の鼓動が高鳴っている。
「エボ・グリムハートよ。面を上げよ」
「は! 国王陛下。このめでたき日にお目にかかれること、大変光栄に思います」
顔を上げると豪華な面子だった。国王ダルアム・アルナルドだけでなく、第一王子フェルディナンドと第二王子シャルルもいる。護衛の兵士の剣をちらりと見る。まさか処刑されるのかと頭に過るが、それにしては兵が少ない。
「貴殿の働き、聞き及んでおる。蛮行もな」
「は! 浅はかな行いでした。加えて先日は謹慎の身にも関わらず、街へと出てしまい返す言葉もありません。いかなる処罰も受ける覚悟であります」
「ヴァーリより捕り物で協力を要請したと聞いておる。処罰はない」
「ははぁ!」
大きく返事を返しつつ、エボは目を細める。どうやらヴァーリ大隊長が手を回してくれていたらしい。貸しができてしまったが、助かったのも事実。下手に口を開くと口裏がズレてしまうと悟り、エボは口を閉じる。
「エボ・グリムハートよ。収穫祭が終わるまで第二王子の護衛に任命する」
「は! この命に代えましてもご子息をお守り致します」
首を垂れながら、エボは眉をひそめる。なぜエボの蛮行を知りながら護衛に任命するのか、その意図がわからない。顔を下げる直前、陛下の後ろで第二王子は苦い顔をしたような気がした。
* * * * * *
「はぁ……くそ! やられた。すまないが付き合ってもらうぞエボ」
「ええ。ですが事情を伺ってもいいでしょうかシャルル殿下」
自室へと戻ったシャルルはソファに深く腰かけ、ぐしゃぐしゃと頭をかく。ワインを持っていた侍従がエプロンから櫛を取り出し、その髪を整えていた。向かいに立つエボはシャルルの荒れ様にこれがかなりの厄ネタであると理解する。
エボとシャルルは交流があった。仮にも貴族の端くれであるエボはパーティにも出席したことが何度かある。その際に知り合いとなり、ときに個人的な仕事を請け負うこともあった。
「例のカルテル潰しで俺が王位に一歩近づいたのは知ってるな? 悪党どもが空いた市場を狙って活発化している。そこで護衛を増やすとは聞いてたが、それがお前だった。このタイミング……フェルディナンドはカルテル残党と手を組んでいるに違いない」
「なるほど。ボスの仇の俺を標的にして、シャルル殿下の命も同時に狙う算段ですか」
「だろうな……ご丁寧に収穫祭当日でねじ込んできやがった。スケジュールは変えられない。襲撃に備える余裕はないぞ。だがこれはフェルディナンドの派閥だけでできることじゃない。カルテルと癒着してた貴族がまだ潜んでやがる」
ドロドロの継承権争いに巻き込まれてしまったと、エボは引きつった笑いを浮かべる。ルーナのお忍びを警護するのとは訳が違う。しかも守るだけでなく、自分を狙ってくる輩まで相手にするのだ。
守り切れるだろうか。いや、守り切らなければならない。仮にエボが生き残ったとしてもシャルル王子が死ねば、アルベルトにとってエボは目の上のたんこぶだ。最悪、グリムハート家が解体される可能性だってある。
「唯一の救いはフェルディナンドがエボの実力を知らないことだな……今日は暗殺者日和だ。頼りにしてるぞ、猟犬」
「……お任せください。あと、よろしければ犬とは呼ばないでもらえると」
どこの誰が猟犬なんてあだ名をつけたんだとエボは舌打ちをしたくなる気持ちを抑える。シャルルには以前注意したはずなのだが、猟犬の呼び名は広まりすぎていた。
「すまんすまん」と軽く流す王子に、エボはふと気になっていたことを思い出す。
「ときにシャルル殿下。遺跡で何か発見したという話を知りませんか?」
「む? いや。そんな知らせは俺のところには来ていないが」
「そう、ですか。ありがとうございます」
おかしい。
遺跡で発見であれば王族の耳に入る。大抵は胡散臭いものだらけだ。過去にはドラゴンの鱗から作った鎧なんてものがあったが、ドラゴンなど絵物語の生物だ。ラッドマンが見つけたものがしょぼかったのだろうか。いや、それでは釈放されるはずがない。
「遺跡ということは復権ギルドだな。あれはフェルディナンドの管轄……報告せずに着服していているのかもな。今回の襲撃計画にも関連しているやもしれん。調べておこう」
「その際は私にも教えていただけますか?」
「情報提供者だ、いいだろう。そのためにも今日は働いてもらうぞ。まずは兵舎へ行く」
ワインを一息に飲み干し、シャルルは席を立つ。シャルルの親衛隊も四人付き従う。エボもその後に続いた。
第二王子のスケジュールは過密だった。兵士への激励から始まり、街の地主たちの祝宴に参加すると続いて街へ来た来訪者たちへの挨拶など休む暇がない。
「シャルル殿下はいつもこんなに忙しいのですか」
「当然だ。フェルディナンドはやらないだろうがな。金で何とかなることは金で解決する男だ。だが金で集めた人間は金が無くなれば離れていくものだ。資金が尽きたときが奴の最後だ。すでに天秤は俺に傾いている。暗殺を謀るのは自分が逆境だと認めている証拠。これを耐えれば王座はすぐそこだ」
シャルルという男の聡明さにエボは感嘆する。これが王の資質というものか、と。同時に今が瀬戸際であることを改めて理解した。
そして、後ろにいた者が懐に手を伸ばしたこともエボには分かっている。
エボは振り返りもせず、後方に思いっきり飛ぶ。逆手に抜かれた剣は後方へと突き出され、刺客のわき腹に深々と刺さる。剣を捻り上げると絶叫が響き渡った。エボは敢えて剣は引き抜かない。握っていた柄を離すと刺客は地面に転がった。あたりが騒然とする。相手の懐から銃を取り出し、掲げたことで周囲の人々はようやく事態を理解した。
血みどろのエボが近づくと、シャルルは一歩引き下がる。親衛隊たちも後退った。
「さ、流石だな。容赦がない」
「いえ、急所は外しておきました……失礼」
エボはシャルルの腕を引っ張る。人混みの中からシャルルのいた場所にナイフが突き出されていた。エボはその腕を掴み、尋常じゃない握力で握りつぶす。そのまま引きずり出され、声もなくのたうちまわったのは子どもだった。地面に転がったナイフには何かが塗りたくられている。
「銃で注意を引いて、その隙に本命が毒で確実に殺すといったところか……どうしますか? 口を割らせるのは一人でも十分ですが」
「ひぃっ!」
「殺すな。相手は子どもだぞ。しかし……私は貴殿が襲撃者でなくてよかったと心の底から思ったぞ」
「買い被り過ぎです……あとその子ども訓練された暗殺者です。不用意に近づかないでください」
近づこうとしたシャルルを押しのけ、うずくまった子どもの肩をエボが蹴り上げる。仰向けになった子どもの折られていない手には針が握られていた。舌打ちをするとエボの足にそれを突き立てようとするがエボの足の方が速い。顎を蹴り飛ばされた子どもは意識を失い、かくんと倒れた。
「筋金入りですね、コイツは。起きたら情報を渡さないために自害しますよ」
「……油断した。こんなんじゃ足元を救われる。ああ、クソ!」
「それと殿下。申し訳ないのですが、剣をお借りしても?」
「お前が持っている方が有益だ。オイ、渡してやれ」
シャルルの親衛隊から剣を預かる最中、エボは倒れ込んだ子どもをじっと観察する。綺麗なのはローブだけだった。下の服はボロボロで、ほつれた隙間から浮き上がったあばらがちらつく。頬のこけたその顔が、エボには自分と重なって見えた。
自分もこうなっていたかもしれない、そう思うとエボは胸がざわつく。
殺したくない。
エボは敵対者に対して初めてそう感じていた。
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