後編

通夜の会場に行くと、冬服の学生達でごった返していた。

麻美とは別の学校だったので、見知った顔は一人も居ない。

制服が違う生徒も数人いて、これは麻美が去年通っていた高校の友達だ。

麻美は俺と同じ高1だけど1つ年上だった。

最初に入った高校になじめず、今の高校を再受験したのだ。

しかしせっかく入り直した学校も、休みがちでほとんど行っていなかった。

なので同級生達は麻美のことをよく知らないはずだが、周囲の女子の1/3ぐらいは寄り添い合って泣いていた。


俺は制服を着ていかなかった。1人だけ違う制服だと目立つからだ。

それでも2回ほど彼女の学校に行ったことがあり、俺の顔を覚えているのかこちらをチラチラ見られることがあった。

麻美がなんで死んだか、みんな知っているんだろうか。

俺は麻美の両親や親族と顔を合わせるのが気まずくなり、会場の外の植え込みに座って俯いていた。



「ロキくん」

突然声をかけられて顔を上げると、足元に黒いワンピース姿の小柄な女性がしゃがんでいた。

パンプさんの彼女のミニムさんだ。

ミニムさんは身長は小さいけど性格はとても男前で、自らITガテン系を名乗るほどPCにも強い。

麻美もミニムさんを実の姉の様に慕っていた。

「ミニムさん……すみません更沙が」

「ロキくんのせいじゃないから」

ミニムさんの冷たい手が俺の手を掴んだ。

気が付くと周りに遊戯王TCGの関係者が集まっていた。

みんないつも見せるアホ面じゃなく、一番嫌いな食べ物を無理矢理口にねじ込まれたみたいな顔をしている。

「中に入ろう?」

ミニムさんは俺の背中をゆっくりと押して促してくれた。



麻美の遺影については、今でも一言物申したいと思っている。

他にもっといい写真なかったんか?、と。

微妙ぉ〜な赤いチェックのネルシャツを着て、歯をむき出しに寄り目で笑っている中学一年生のときの写真だった。

麻美がこれを見たら発狂するんじゃないだろうか……。


俺はご両親と目を合わせる勇気がなく、終始下を向いたまま焼香を済ませそそくさと外に出た。

学生達が帰宅したため、先程よりかなり人が少なくなっている。

パンプさんが皆に飯でも食いにいかないかと声をかけ、近くのファミレスに行くことになった。


注文が終わっても誰もしゃべらない。

いつもは店からクレームが来そうなぐらいうるさいのに。

その沈黙を破ったのは、ロリアニメ好きのごまるさんだった。

「あの写真……」

皆一斉に笑いをかみ殺した顔になる。

きっと俺に配慮して必死に笑いを堪えているのだ。

絶対に笑ってはいけないと思えば思うほど、写真の術中にハマるのに。

「やめてあげてくださいw」

笑い上戸の俺は、速攻根を上げて吹いてしまった。


みんな終始俺にやさしかった。

更沙の話題はほとんど出なく、キャバクラ王の流星さんがネトゲでネカマに恋した話で盛り上がったりした。

別れ際にパンプさんが「何かあってもなくても、いつでも連絡して」と言い、ミニムさんは涙目で俺の頭を(爪先立ちで背伸びしながら)なでてくれた。



翌日の告別式も滞りなく、淡々と終わっていった。

棺を霊柩車に乗せるとき、葬儀屋の人が「それではご学友の皆さん」と言い、麻美のクラスメイトの男子達が棺を取り囲んだ。

棺とは言え、他の男が麻美を持ち上げるのは嫌だなと思った。

棺の小窓が閉まり、生身の麻美の顔を見たのはそれが最後になった。

家族と親族だけが葬儀屋の車に乗って火葬場へ向かう。

その他大勢の部外者と俺の立場は同じだということを、嫌でも思い知った。


告別式が終わっても、まだ俺に麻美を失った実感はなかった。

Skypeの!更沙の名前が、今にでもオンラインになりそうな気がする。

警察から電話があったあの日から、親の計らいで学校はずっと休んでいたけれど、明日から登校することになっていた。

麻美はPCの電源コードで首を吊って死んだ。

刑事さんは「ほとんど苦しまなかったでしょう」と言っていた。

そんな簡単にあっさりと、昨日まで生きていた人間が死んでしまうのか。

死んだらどうなるんだろう。

麻美はもしかしたら今も俺の隣にいるんじゃないだろうか。


それからおもむろに立ち上がってPCの電源を落とし、コードを抜いてドアノブと結んで反対側に回すと、輪っかを作って首を入れた。

台にしていた丸椅子が、カタンと倒れる音がした。






気が付いたとき、目に入った天井が真っ白でとても眩しく

「やべー失敗した」と思った。

それと同時に、胸の上に1tぐらいの岩の塊が置かれた感覚を覚える。

苦しくて息ができない。痛い。

病室には妹がいて、俺の目が覚めたのを知るともの凄い速さでナースコールを押した。


体には大した影響がなかったようで、2日ほど検査をした後に家へ帰された。

何もやることがなかったし、何もできなかった。

俺を助けてくれたのは、椅子が倒れる音で異変を感じた妹だった。

妹は何も言わなかった。

あんなに泣き虫だったのに、一度も泣くこともなかった。


胸の岩は時間が経つにつれ、少しずつ軽くなっていった。

2ケ月ほど経った8月の朝、なんとなくコンビニに行きたくなり、親に声をかけてから出掛けた。

徒歩20秒ぐらいのところにファミマがあるけど、少し歩きたくて遠くのAMPMまで行くことにした。

家を出て右手に新宿御苑を見ながら歩いていると、空き地になっている一角に何か白いものが見えた。

近づいてよく見てみると、ヤギだった。白いヤギが一心不乱に草を食べている。

なんでこんなところにヤギが……。


コンビニで今週のサンデーと午後の紅茶を買い、帰り道にまたヤギを見てから家に帰った。

母親に「明治通り沿いの空き地にヤギがいるんだけど」と話したら

「町内会の佐田さんが、レンタルヤギとかいうのを放してるらしいのよ」と教えてくれた。

薬剤を使わず環境にやさしい除草が売りの商売らしい。

面白いことを考える人がいるものだ。



夏休みが終わって登校を再開すると、胸の岩はほとんど気にならなくなった。

飯も何とか食える。

笑い上戸の俺がほとんど笑わないことについては、周囲の人達はそっとしておいてくれた。

登下校時にヤギを見るのが日課になっていたが、空き地の雑草は一向に減る気配がなかった。


目を閉じるといつも、麻美の最後の日記が浮かぶ。

 どうして迎えにきてくれないの

 きっともうわたしに会いたくないんだね


メールが来ればすぐに迎えに行くつもりだった。

二度と会えなくなるとは、思いもしなかった。

俺の耳が悪いことを知っているのにいつも小さな声で話すから、彼女の口に耳をつけて話を聞かないといけなかった。

部屋の壁にもたれて何時間もくっついて話をした。


生まれて初めて入ったお化け屋敷が怖すぎて兄の手を掴んだら、お化けの人形の手だった話。

小学校の同級生と交換日記をしたら、他の子より上手い絵を描いてハブられた話。

あばあちゃんが作った鰺の南蛮漬けが吐くほど苦手だったのに、おばあちゃんが死ぬまで言い出せなかった話。

初恋の男の子に「靴下のセンスがダサい」と言われて一瞬で冷めた話。

まだ聞いてない話もたくさんあるはずだ。

2月に麻美の誕生日をお祝いしたとき、俺の誕生日は盛大にお返ししてくれるって言ったじゃないか。

死ぬときに一瞬でも、残される俺のことを思い出してはくれなかったんだろうか。

一生悔やめばいいと思っていたんだろうか。

会って聞きたいことが山ほどある。

麻美に会いたい。






秋になっても思うように除草が進まない空き地に、二匹目のヤギが投入された。

元から居る赤い首輪のヤギが女の子で、新入りの緑の首輪のヤギは男の子らしい。

ヤギですらツガイなのに、俺は一人ぼっち。

しかし麻美がいなくても生きていける。それが当たり前のことだった。

霊感がからっきしな自分は、もし幽霊の麻美が側にいても全くわからない。

一生わからないまま、他の女性を好きになって恋愛をして結婚して幸せに暮らしたら、麻美は何を思うんだろう。

何を思っても、もうどうしてあげることも出来ないんだけれど。

そうして俺は、二匹のヤギが交互に目を細めながら草を頬張るのを、いつまでもいつまでも眺めていた。


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2匹のヤギの話 @mariette1211

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