第3話 サイボーグ ケン

トモの左腕から赤い血が滴り落ちる。

 地面に突っ伏していたキラは、ゆっくりと立ち上がり裂けるような笑みを浮かべる。

「助かっタ。ありガとウ」

 隣に立つ男の肩を叩く。

「ケン」

「なんて事ねえよ。キラ」

 ケンは、照れ臭そうに笑う。

 その目は、銀色に鈍く光り、左腕はさけるチーズのように捲れ上がり、本来は骨のある部分から見えているのは目と同じく鈍い銀色の銃口だった。

 トモは、シンの隣にまで下がり、右手に握った銃を2人に向ける。

「大丈夫か?トモ」

「問題ない」

 トモは、表情一つ変える事なく言う。

「それよりもこれはどう言う事だ?」

 トモは、変わり果ててしまった友人を睨む。

「ケンが宇宙人なんて言う情報は聞いてないぞ」

「オレもだ」

 高校の生徒たちの情報は入学する前に全員把握している。

 ケンの情報も然りだ、

 焼き鳥居酒屋の長男坊。

 頭はあまり良くないが性格は大らかでクラスでも人気者。高校時代にマドンナ的存在の萌ちゃんとも付き合いだし、結婚秒読み間近。

 生育歴をどんなに辿っても怪しいところなんて一つもなかった。

 だからこそ今日の今日まで友達でいられたのだ。

 その疑問に答えたのはキラだった。

「ケンは、宇宙人なんかジャないヨ」

 そう言って唇の端を吊り上げた笑う。

「高校3年生ノ時の事故を覚エテいるカ?」

 事故?

 シンは、頭脳を回転させ、時系列に並べられた情報から2年前、事故の項目を検索する。

(あった)

 2年前の高校の夏休み、萌ちゃんと付き合いだしたばかりのケンは彼女と一緒に海に出かける途中、酔っ払い運転をしていたトラックに撥ねられた、とある。

 その時、ちょうどシンとトモは別件の任務がらあり偵察班にキラを監視させて日本を離れていたため、その話しを聞いたのは夏休みが明けてから本人に聞いたのだ。

 奇跡的に擦り傷ですんだのだ、と。

「本当ハ、あの時ケンの即死シテもおかしクない状態ダッタのさ。萌ちゃンから連絡を受ケたオレは病院に駆けつケテ絶句した。初めで出来た地球人の親友の変わリ果てた姿ニ。即死することモ出来ずに苦しんでイル彼の姿ニ。

 オレは直グ様決断し,彼を救う方法ヲ取った。萌ちゃんを含ム病院にいル人間全ての記憶を消シ、彼を救うためにサイボーグへと改造シタのさ」

 そう言ってケンの胸を叩く。

 ケンの胸からは人間からは決してすることのない金属音がした。

「ソレ以来、ケンはオレのボディガードになッてる訳サ」

 シンは、歯噛みする。

「貴様、親友を!」

「勘違イするナ。普段のケンは、コノ事は知らナイ。普通ノ地球人トして暮らシていル。オレがピンチの時ニだけ変身スルのさ」

「そうさ!親友を守るのは当然だからな」

 ケンは、人間の頃と変わらない人好きする笑みを浮かべて銃へと姿を変えた左腕を2人には向ける。

 この笑顔に萌ちゃんは惹かれたのだろうな、そんなことを考えながらもシンは次の作戦を頭の中で練っていた。

(ケンの能力は未知数だ。しかしキラを討つだけならトモなら容易に出来るはず)

 トモもそんなシンの思考を察しているのか、血を流し続ける左腕を意にも返さずに銃口をキラに向けたままだ。

(キラの心臓を撃って行動を止める。奴らは心臓を2個持っているから1個失っても死ぬ事はない。ケンが反撃に移るだろうが、関節駆動部を破壊すれば動きを封じる事が出来るはず。

 オレならそれが出来る)

 トモは、一瞬のうちに2人を制圧する計画プランを練り上げる。

 その計画プランは、以心伝心するかのようにシンが考えていたものと一致する。

(キラの2つある心臓の内の1つを撃って動きを止める。反撃してくるであろうケンは関節駆動部を破壊して動きを封じる。トモなら出来る。そして同じくことを考えている。オレは何とかトモがそれを出来る隙を作れば良い)

 2人の考えは見えない絆の中で一つとなる。

 しかし、その思考はもう1人の親友にも読み込まれていた。

(・・・ナンてことを2人ハ考えテいるハズだ。何とカオレを殺さナイ方法を)

 キラは、分かっていた。

 2人が自分を殺す気がないことを。

 だからこそ直ぐに殺せる環境にいながら手を出さなかったことを。

 そしてそれはキラも同じだった。

(ケンに内蔵シテある筋弛緩ガスをばら撒イテ無力化スる。恐らク周りニモ保安局の人間ガイルはずだかラそいツらも無力化すル)

 3人の思考は、お互いを殺さない方法でまとまった。

 自分達の持つ能力を最大限に活かしこの場を支配する。

 

 そう思っているのに3人は動けなかった。

 

 3人の脳裏に浮かんだもの。

 それは高校時代から今までの思い出だった。

 一緒にテスト前に勉強したこと(主にケンの為に)

 バンド活動したこと。

 同級生たちと夏休みに海に行き、ナンパしたこと。

 卒業式に4人で思わず泣いてしまったこと。

 

 恐らく純粋な感情で感じたのはケンだけ。

 

 シンとトモは任務の為。

 

 キラは、正体を隠すため。


 お互い利害だけの関係だった。


 そのはずなのに・・・。


 3人は動けなかった。


 動いてしまったら感情が溢れてしまいそうだった。


 溢れてしまったらもう任務も目的も達成することが出来なくなる。


 自分の芯にあるものが揺らいでしまう。


 3人は動くことが出来なかった。

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