第4話 焼きそば大戦争

「ところでお前ら何で喧嘩してんだ?」


 まったく空気の読めない、突拍子もないことを言い出したのはケンだった。

 3人は呆気に取られる。

 ケンは、銃に変形していない右手で頬を掻く。

「オレが酔っ払って寝ている間になんかあったのか?」

(モードが切り替わッてなイ⁉︎)

 戦闘モードになっている間は地球人としての記憶はないはずだ。

 あくまでキラを守護するサイボーグ、そのはずなのに・・・。

 キラの動揺ぶりからシンとトモの2人もこれが演技なのではないことが分かる。

「よく分かんねえけど喧嘩なんてやめとけよ。特にトモ。そんなオモチャまで出して・・・あっ分かった!お前の好物の小籠包をキラが食べたんだな⁉︎そんで2人が喧嘩してるのをシンが止めてる。そんなどこだろ?」

 オレの推理合ってだろうと言わんばかりにキラは銀色の目をシンに向ける。

 シンは、自分でも驚くほどの狼狽しており、思わず声を詰まらせる。

 しかし、ケンはそれを肯定と取り、「やっぱりなああ」と勝ち誇ったように腕を組む。

「おい、どう言うことだ?」

 シンは、小声でキラに問い掛ける。

「故障か?」

 トモも小声で言う。

「故障ナンてあり得ナい。つい先日もメンテナンスをシタばカリだ」

 キラは、首を横に振る。

「コレは恐ラくケンの意志ダ。オレたちニ争っテ欲しクなイと言うケンの意志ガ強ク出たノダ。無意識に」

 3人は、ケンを見た。

 そうだ。ケンはいつだってオレたちの和をまとめてくれていた。

 くだらないことでオレたちが争っているといつも間に入って治めてくれたのだ。


 ケンは、いつだってオレたちの友達だったのだ。


「おいおい随分散らかしたな」

 ケンは、椅子に座るとテーブルに重ねられた小皿を4つ取り、中央に位置する真っ赤な焼きそばを移し、それぞれの前に置いた。

「喧嘩なんてやめて仲良く食べようぜ。腹が膨れりゃ戦争だって治まっちまうよ。なっ!」

 そう言って笑うケンの顔は、高校の時からまったく変わっていなかった。

 3人の目から自然と涙が伝って流れ落ちた。

 シンのスマホが鳴る。

 シンは、キラとケンから目を逸らさずにスマホに出る。

「シンです」

 シンが応対するとスマホの主は淡々と用件だけを伝える。

 シンプルに、どんなに頭と心が騒ついている状態でも分かりやすく。

 シンの顔が突然熱いシャワーが飛び出してきたかのように驚愕に歪む。

 その表情の変化にキラとトモもすぐに気付く。

「何があった?」

 銃の構えたままキラ達から目を逸らさずにトモが訊く。

 恐らく新たな指令があったのだ。

 今すぐに2人を射殺しろ、と言うような・・・。

 しかし、シンの口から出たのはあまりに予想外のことだった。

「戦争が終わった」

 キラもトモも、恐らく言葉に出したシンすらも意味を理解できずにいた。

「2つの星の政府が和解案を出し合い、それぞれが応じた。難民達も随時各々の星に戻れるよう調整し、その間の受け入れを地球にも要請してきた。今いる違法難民たちも正式な手続きの下に受け入れることが決まった・・・」

 シンから発せられる言葉は魔術の呪文スペルのようで聞き取る事は出来ても意味を理解することが出来なかった。

 それでも数秒が経ち、脳に言葉が浸透してくると、足が震えてきて、キラは、その場に崩れ落ちた。

 嗚咽と涙が溢れ出る。

 この場で起きていることが何一つ信じられなかった。

 トモは、ようやく銃を下ろした。

 左腕にようやく痛みがやってくる。

 しかし、顔を顰める事はない。

 むしろ今起きている現実に心が熱くなるのを感じていた。

「我々の任務は終了した。もうキラを取られる必要はない。キラは・・・犯罪者ではなくなった」

 シンの目から涙が絶え間なく溢れる。

 捜査官になってから感情など捨て去ったはずだった。

 自分の全てをこの星に捧げたはずだった。

 それなのにシンは今この時の喜びに震えていた。

「なんか良く分かんねえけどとりあえず喧嘩の原因はなくなったみたいだな」

 ケンは、にこやかに言う。

 そして3人に席に座るよう声を掛ける。

 3人は言われるがままにそれぞれの椅子に座った。

「まったく戦争だなんて物騒な表現しやがって。ようはただの仲違いだろう?美味いもん食えば直ぐに元気になるよ」

 ケンは、3人の前に小分けにした真っ赤な焼きそばを置く。

「さあ、食おうぜ」

 そういうと4人は何も言わずに焼きそばを口に入れ、同時に吐き出した。

「かっら!」

「辛スぎル!」

「痛え!」

 シン、トモ、キラはあまりの辛さに悶え苦しむ。

 ケンも喉を押さえて咽せこむ。

「おいこれ唐辛子効きすぎだろう!」

 トモが怒鳴る。

「いや、焼きそばを赤くするには唐辛子しか思いつかなくて」

 料理の指示を出したシンが珍しく言い訳する。

 実際に口にすることになるなんて考えもしてなかった。

「トマトソースとかアったロう」

 キラが赤い涙を流しながら言う。

 ケンは、温くなった水をがぶ飲みするも辛さはさらに増していく。

「やばい!口の中が戦争だ!焼きそば大戦争だ!」


 焼きそば大戦争・・・。


 ケンの発した言葉が3人の耳に入り込み、身体に染み渡っていく。

 戦争というこの世で最も忌むべき言葉がコミカルに変化していく。

 ただの笑い言葉になっていく。

 3人は笑った。

 涙を流しながら笑った。

 可笑しくて笑った。

 嬉しくて笑った。

 もう何も歪み合うこともない。

 悲しむこともない。

 全てが終わったのだ。

 3人に釣られてケンも笑う。


 ここに焼きそば大戦争の終結が告げられたのだ。


 そして現在・・・。

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