第2話

 音楽室の戸を開けて中に入る。

 また黒板に何か書いてある。


 音楽室は那奈が挑戦する番だ。


『壁に出てくる♪をタッチしよう。

 タッチできない♪が3個以内ならクリア。

 チャンスは3回、1回クリアできればOK。』


 横の壁に光が当たっている、プロジェクションマッピングゲームみたいだ。

『よーい、スタート』

 という合図で音楽も流れる。


 壁はそんなに広くないけど、角から角に移動してタッチしなきゃいけないときは、うっかり見落としそうになる。でも、歌が童謡でそんなに早くないので、割と楽にクリアできた。

 3回のチャンスで3回ともクリアした。


 すると教卓の上に煙が出て、ガチャが出現する。

 コインは3枚置いてある。


 那奈は3回ガチャをして全部のカプセルを開ける。

 『街ブラでスカウトされる、プラス100ポイント』

 『親を説得する、プラス100ポイント』

 『レッスンを受ける、プラス100ポイント』

の3つだ。


 パッと場面が変わり、那奈は地元の近くで1番大きいショッピングモールで、千由莉とブラブラしている。


 那奈は秋幸が言った通り、別の世界に移動してきたようだと理解する。


 ちゆり「ごめん、ちょっとトイレ。」


 そう言って千由莉がトイレに向かい、那奈が1人ベンチで戻るのを待っていると、


「すみません、芸能界とか興味ありませんか?」

 と男の人に声を掛けられる。


 那奈は「あります!すごくあります!」と即答する。

 「良かった。私はこの事務所の者です。」と芸能事務所のパンフレットを渡してくる。

 那奈が「スカウトの人ですか?アイドルですか?待ってました!」と言うと、男性は那奈の圧に押されてちょっと引いたが、簡単に事務所の活動について説明をし、「じゃあ、ご両親もオッケーなら面接しますので、事務所にご連絡ください。」と言い名刺を渡して去っていった。


 パッと場面が変わり、那奈の自宅になった。手には今渡されたパンフレットと名刺を持っている。


 お父さんとお母さんはリビングでくつろいでいた。

 次はガチャ2個目の『親の説得』だと思った那奈は、すぐに2人に話する。

 

 「お父さん、お母さん、私芸能事務所にスカウトされたの。私、アイドルになりたい!」


 「はあ?那奈、何言ってるんだ?こんな田舎にスカウトマンなんているはずないだろ?騙されてるんだよ。絶対ダメ!」

 「そうよ、那奈がアイドルになりたいって言ってるのはお母さん知ってるけど、そんなスカウトだなんて…絶対反対!

 お金取られるか、変な仕事させられるか、こんな幼い小学生の田舎者になんて、騙す以外のことで声かけてこないわよ!」


 えー…『説得』って、本気の説得しなきゃいけないのぉ⁉︎


 2人の大反対に那奈はびっくりする。本のガチャのことなので、てっきり簡単にオッケーしてもらえると思っていたのだ。

 

 「私、アイドルになりたいの!田舎だからこそ、こんなチャンス2度とない!

 事務所の面接受けなきゃいけないって言われたから、合格したわけじゃないみたいだけど、チャレンジしてみたいの!お願いします!」


 「ダメだ!もし受かったら、東京に住むってことだろ?まだ小学生だぞ?中学生になったところで那奈は女の子だし、離れて暮らすなんて絶対ダメだ。」


 「レッスンは地元でも受けられるし、仕事の時だけ上京するって言ってた。離れて暮らすんじゃないんだって。」


 「それにしたって芸能界なんて、失敗したら終わりだぞ?

 売れないまんま気持ち切り替えて普通に進学する道を選び直せるならまだいいけど、ちょっと売れていい気分になって、すぐ売れなくなったら最悪だ。

 戻るに戻れず、進むに進めず、気持ちはドン底みたいなことになって、立ち直る頃には青春時代も過ぎ去った…って、すごく悲しいぞ。後悔しても後には戻れないぞ。」


 「でも、やってみたい!やらない方が、ずっと気持ちがアイドルに向いて、勉強なんてする気しないよ。」


 かなりの押し問答が続いて、

「面接だけなら受けていいよ。」

と言わせることに成功した。


 またパッと場面が変わり、ダンスレッスンの場所にいる。

 女の子ばかり8人と、先生がいて那奈もいる。


 3つ目のガチャのだ。


 レッスンを受けるということは、面接は合格で、親も許可してくれたのだろう。


 せっかくなので真剣にダンスを体験する。簡単なステップだけど、ほとんどやったことがないので、ついていくのがやっとだ。

 それでも、すごく楽しい。


 ダンスのレッスンを10分ほどしたところで、他の3人がいる音楽室へ戻る。


 那奈が戻ると他の3人はハッとした顔をする。

 ナナ「面白〜い!もう帰ってきちゃった。もっと体験したかったー!」


 秋幸はウンウンと頷くけど、ゲンキとちゆりはよく分からないといった様子だ。


 次は調理室へ行く。


 ちゆり「じゃあ今度は私の番。何のゲームかな?」

 ちゆりは調理室に入って黒板を見る。


『おにぎりをコロコロ転がして、お弁当箱に入れよう。

 チャンスは5回。3回入ればクリア。』


 調理台2台の上に繋がる、長い板があり、傾斜が付いている。上の方にはおにぎりの模型が5個、下の方にはお弁当箱がある。

 真っ直ぐ転がれば簡単に入りそうだけど、おにぎりの形は丸、三角、四角、俵、クマの顔と、全部形が違う。


 ちゆり「丸と俵は多分大丈夫だけど、他のは自信無いなぁ。」


 ナナ「ただのゲームだし、気楽にやってごらんよ。」


 ちゆり「そうなんだけど…私も面白い体験したいもん。」


 秋幸「どれから先にやるか、は大事だよな。どんな風に転がるか分からないのに、1番入りやすそうな“丸”からやって外したら、後がかなりプレッシャーだよな。」


 ゲンキ「じゃあ三角から試す?」


 秋幸「それがいいと思う。四角も真っ直ぐ転がるだろうから、どの程度の強さでスタートするか分かれば入る可能性が高くなる。

 まずは成功しなさそうな三角かクマでやってみたらいいかもな。」


 ナナ「すごい、私だったら何も考えないで手に取ったものからやっちゃいそう。」


 ちゆり「じゃあ三角からやってみる。」


 そう言って千由莉は三角の角を真上にして三角が見えるように立ててスタンバイする。


 秋幸「それだと真っ直ぐ転がらないと思う。横に向けて側面を転がす方が真っ直ぐ転がる確率が高いと思う。」


 ちゆり「なるほど、そうかも!」

 ちゆりはおにぎりの向きを変えて、細い面が転がるように結構強く転がした。


 ちゆり「よし!真っ直ぐだ!」

 おにぎりは真っ直ぐ弁当箱に向かって転がり、入るかと思われたけど、一回入って向こう側に飛び出してしまった。


 ちゆり「あ!あー…。」

 ゲンキ「惜しい!あとちょっとだったのに…。」

 ナナ「次はきっと大丈夫!」

 ちゆり「うん、頑張る!」


 次は丸のおにぎりを転がす。勢いは付けずにそっと手を離す。

 おにぎりは真っ直ぐ転がって、スコンとお弁当箱に入って収まる。

 ちゆり「やった!入った!」


 次に転がした俵形も成功し、4つ目は四角だ。


 秋幸「強かったら飛び出るし、弱いと回らないから難しいね。」


 ちゆり「うん、難しいけど、やってみる。」


 三角の時より少し弱く転がすと、途中で止まってしまった。


 ちゆり「えー、ダメかぁ…。」

 ダメ元でと、止まったのを転がそうと近寄ったら、四角おにぎりは消えてしまった。


 ちゆり「ちぇー。やっぱりインチキはダメね。」


 最後はクマだ。クマは転がすとミミが当たって方向が変わる。それでもやるしかないと、板の1番角から転がす。

 やっぱり円を描くような感じで転がるが、丁度お弁当箱の方へ向かって行ってくれてる。

 いける!

 と思ったら、あと少しというところで軌道が逸れて下に落ちてしまった。


 ちゆりが「あー!落ちた!」

 と言った瞬間におにぎりコロコロセットがボンと消えて、一枚の紙に変わる。


 『残念でした。クリアならず。

 明日以降また挑戦してね。』


 ちゆり「あーあ、私リタイアだって…。」


 ナナ「明日になればできるみたいだから、またやってみようよ。」

 秋幸「そうだよ。次のゲンキのが終わったら俺、一旦ストップするよ。で、続きはまた明日にする。」

 他の2人も秋幸の意見と同じだ。

 ちゆり「ありがとう。」


 次は体育館へ向かう。

 調理室から廊下に出たところで廊下の向こうに人がいるのを見つける。


 よく見ると、胸に大きく『先生』とゼッケンが貼ってあり、豆撒きに使うようなオニのお面を被っている。

 そのオニ先生が片手を上げて「コラー」と言いながらこっちに向かって走ってくる。


 ゲンキ「逃げろ!捕まったらダメなやつ!」

 4人は体育館の方向へ走って逃げる。


 急いで逃げたけど、ナナが転んで先生に捕まってしまった。


 ナナは、何をされるか分からず、恐怖で顔を腕で覆う。


 オニ先生は、ナナの腕に

『叱ったよ。

 -100ポイント』

と書いてあるステッカーを貼ると、後ろを向いて去って行った。


 ナナ「こ、怖かったー。」


 ちゆり「大丈夫?転んで怪我無い?」


 ナナ「大丈夫。でも捕まっちやった。」


 ゲンキ「オレ、めっちゃ怒られるのかと思ったけど、このシール貼ってくだけなんだな。」


 秋幸「それにしても、めっちゃ怖いな。」


 また体育館に向かって歩き、到着すると、ゲンキが課題をする。

 ゲンキはクリアしてサッカーに関する別世界へ行ってまた戻る。

 ゲンキも戻った時は楽しそうで、いい経験をしたようだ。


 4人は図書室へ戻り、今日はもう止めるので、本からカードを抜く。


 図書室がふわっと光に包まれ、また消える。


 秋幸「なんか、この光が元の世界に戻る合図かな?」


 ゲンキ「さっき行った教室、見てみようぜ。」


 4人はさっき行った通りに辿り、教室を覗いてみる。

 全くいつも通りの、何も無い教室だ。


 廊下を歩くとおばあちゃん2人が前から歩いてくる。4人はオニ先生かと思ってドキッとしたけど、おばあちゃんはワイワイとお喋りしながら楽しそうだ。

 「こんにちはー」と挨拶を交わし、何事もなく通り過ぎる。


 ちゆり「やっぱり、さっきと違って普通だね。」

 ナナ「そうだね、アレは本当に本の世界なのかも。」


 一瞬ゾクッとしたけど、次の日もまた集まって続きを楽しむ。


 4人は元巣形小学校の他の子にも声をかけて、元巣形の6年生のクラスメイト皆で、本の世界を体験する。


 同じ職業名を書いても、ゴールに辿り着く人や挫折する人、違う仕事になる人、それぞれだ。

 スポーツ選手で怪我する体験しても、戻ってきたら体もちゃんと元通り。


 せっかくポイントを貯めても、オニ先生に捕まってしまう人も結構いる。


 夏休みの間中、毎日すごく盛り上がった。




 でも、夏休みがもう終わる頃、本を開いてもあのガチャの映像が出なくなった。


 本には説明も書いてあったはずなのに、何も書いてない。中は真っ白だ。

 ただ、最後のページには、


 『ありがとう。子供たちの笑い声が大好きでした。

 新しい学校でも、笑って過ごせますように。

 少し早いけど、卒業おめでとう!


              巣形小学校』


 と書いてある。


 秋幸「タイムリミットがあったのか…?この夏休みだけの、特別だったのかな?」


 ちゆり「もっとやりたかったなー。」


 ナナ「私ね、体験してみて、アイドルはもういいやって思った。ダンスレッスンは楽しかったけどね。

 でも違うのでもっと“コレがいい”って思うのあったよ。」


 ゲンキ「オレもさ、ちょっと勉強しなきゃって思った。秋幸の言う通り。

 スポーツも、勉強も、これからはどっちも頑張るよ。」


 秋幸「俺たちの方こそ、この本とこの学校にありがとう、だな。」


 ありがとう!


 図書室にいた全員が、校舎に向かって大きな声で叫んだ。




 しばらくして、巣形小学校の校舎の取壊しが決まった。

 築70年超えの校舎は、老朽化していたんだろう、夏休み前に地震があり、その後に大雨が降ったことで、壁に亀裂が入ってたみたいだ。


 人目に付きにくい場所の亀裂だったので分からなかったけど、校舎の活用を検討する人が見学に来て見つけたのだ。


 元巣形小学校の6年生たちで、きっとあの校舎は、自分がもう取壊しになることを予感してたんだろうと話した。


 あの夏休みの体験はきっと、巣形小学校の校舎で卒業を迎えられなかった自分たちへ、校舎からの卒業プレゼントだったのかもしれない。

 きっと、輝かしい未来に向かって巣立つ、子ども達へのエールだったんだろうなーー。


**おわり**

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ガチャで未来を創り出せ! ニ光 美徳 @minori_tmaf

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