第6話 説得

「ハハハ・・・。シュン、お前、冗談だよな?」


 リクが冷めた目で俺を見てくる。本気だと思っていないようだ。


「いや、冗談なんかじゃない。本気だ。俺は『勇者』になる。」


 俺は自分の気持ちが本気だとわかってもらうために、再び強く宣言する。それを聞いたリクは、「はぁ?バッカじゃねぇの?お前が、『勇者』になる?」と、馬鹿にするような口調で話し出した。


 リクの話は止まらなかった。


「相手はあの『北の悪魔』だぞ?奴らは1匹だけで狩人が何人束になっても手に負えない存在なんだぞ?そんな奴らをお前が?普段から真っ当な仕事のでき-てないお前が相手にすんのか?『勇者』目指す前に自立しろよ。」


 捲し立てるように話すリクの勢いに圧倒されそうになったが、俺は負けじと言い返す。


「確かに俺は狩人みたいに狩りの経験が特別あるわけでもないし、腕っ節も強くはない!だけど、ここで、このチャンスを逃してしまったら・・・。」



 頭の中で、悲鳴が響く。



「ここで今までみたいに何もしなかったら、俺は一生後悔することになる!」


 それでもリクは、納得をしていないようだ。


「シュン、もしかして1年前の『災害』のことを言ってるのか?言っただろ?あれは『北の悪魔』なんかじゃねぇ。お前の頭の中の妄想だ。」


「妄想なんかじゃない!!あれは本当にあったんだ!!」


「まだ寝言言ってんのか?じゃあ聞くぞ?お前がその日見た『北の悪魔』は、どんな奴らだった?行ってみろよ。」


 リクは相変わらず呆れたように、俺に聞いてくる。だがその質問は、俺にとってあまり聴かれたくないものだった。


「それはーー。」


「それは?」


「・・・紫色の光を纏った、2足歩行の奴らだった・・・。」


「ほらみろ。違うじゃないか。『守護者』達から報告されている『北の悪魔』ってのは、全身が紫色の体毛で包まれたでっかいネズミのような奴らだ。光なんか纏ってないし、ましてや2足歩行でもない。」


「ぐっ・・・!」


「お前が見たっていうそいつらは、お前の心が見せた幻影なんだよ。『北の悪魔』をもっと禍々しくしたそいつらに、自分の怒りをぶつけてるだけだろ・・・?」


 そうだ。俺が見た『北の悪魔』たちは、一般的に言われている特徴とは若干異なっている。一般的には先ほどリクが言ったように、4足歩行のでっかい紫色のネズミのような見た目が『北の悪魔』として呼ばれている。しかし、俺が1年前に見た奴らは、禍々しい紫色の光を纏った2足歩行の生き物であった。だが、奴らは北の方から攻めてきたし、紫色であるという特徴は一致している。何より、あの圧倒的は恐ろしさと、生物としては考えられないほどの威圧感はこの世のものとは思えなかった。


『北の悪魔』の特徴としてもう一つ言われているのが、生物とは異なった行動原理を持っている、ということだ。南の大陸で危険視されているモンスターも暴れる理由は、食料である人間の捕食や繁殖期で子供を守ろうとする防衛本能だったりと様々だ。しかし、『北の悪魔』は異なる。奴らは目的もなく目についたものをひたすら破壊していく。そして奴らは自分の身を守ろうとすることを考えてはいない。ただ奴等が動けなくなるまでひたすら物を壊し続けるその様から、恐ろしさを込めて『悪魔』と呼ばれている。


 俺は1年前の奴らから、その雰囲気を感じ取った。だから、俺は奴らを『北の悪魔』と信じて疑わない。


 だが、それはあくまで俺が感じ取った感覚的な部分だ。それを人に説明して、奴らが『北の悪魔』であるという理由にはならない。だから。


「・・・・・・。」


 俺は何も言い返せなくなってしまった。そんな俺をリクはじっと見つめてくる。


 しばらくその状態が続いたが、観念したようにリクは、「・・・はぁ〜〜〜。」と口を開いた。


「悪かったよ、シュン。俺も言いすぎた。お前に言いたいことはまだ沢山あるが、タダ飯ぐらいのお前がようやく仕事をしようってんなら、止めすぎるのもよくねえか。」


そう言ってリクは俺から離れ、近くにあった棚をゴソゴソと漁り始めた。


「お前が『勇者』に選ばれるとはこれっぽっちも思ってねえが、どうしても試験を受けにいくってんなら、これをやるよ。」


棚から目的のものを見つけ出した様子のリクは、それを持ちながら再び俺の近くへと近づいてきた。そして、俺の腕を強引に動かして何かを俺の掌に置いた。


それは小さくて透明な球体だった。それが3つ乗せられていた。


「・・・これは?」


俺はそれが何かわからなかったので、リクに聞く。


掌の上で3つの球体が転がり、互いにぶつかり擦れ合いながら、キュッキュと音を立てる。あまり気持ちのいい音ではない。


「それは魔道具だ。魔力を込めると勢いよく飛ばすことができる。もしも試験中にモンスターとかと戦う時があったら、牽制には使えるだろ。」


そう言うと、リクは話は以上だ、と言わんばかりに後ろを向いて、奥の孤児達が寝ている部屋に歩き始めた。

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