第5話 王国からの使者

 体を叩くように振るわせる低くて重い音で、俺はハッと我に帰った。


「うるさいなぁー。まったく、ガキたちが起きちまうだろぉー。」


 リクはそう言いながら、大通り沿い川にある部屋の窓を開けて外の様子を見る。

 このドラの音は、この孤児院から近くにある都市『サウスキャピタル』、そこに住む王族からの重要な伝令が伝えられるときの合図の音だ。

 リクが開けた窓から俺も外を覗き込むと、大通りの中央部にある立ち台に、豪華な甲冑に包まれた兵士らしき人が伝令書らしきものを持って立っているのが見えた。


「なんだよ、こんな朝早くからぁ。」


 先ほどの大きな音に対する不快感を露わにしながらも、リクは律儀に兵士の方に注意を向けていた。

 程なくして、兵士は村中に響きそうなほどの大きな声で話し始めた。


「諸君。我々は『勇者』を探している。」


 はぁ?『勇者』?なんだそれ?

 俺は率直にそう思った。どうやらリクや大通りにいる人たちも同様に思ったらしく、皆んな首を傾げている。

 また、よくわからない身分でも作って、自分たちの権力を主張しようとしているのか?馬鹿馬鹿しい。

 俺はそう思った。だが、次の兵士の言葉で、俺はそんな考えを捨てることになる。


「『北の悪魔』が近年増えてきている。その原因を調査したい。誰もが知っているように、『北の悪魔』とは文字通り北から来る悪魔のような存在の者たちのことである。」


 続けて兵士は、現状を正しく伝えるためか、丁寧に説明するように続ける。


「この世界では大きな2つの大陸によって成り立っている。北の大陸と南の大陸だ。そして今いるここは南の大陸である。南の大陸はその土地のほとんどが豊かな自然に囲まれている。南の大陸の中央付近には我らが大国『サウスキャピタル』があり、それをぐるっと囲むようにいくつかの国が存在している。国は多いが、我らが『サウスキャピタル』の尽力により、争いも少ない豊かで平和な時間が流れている。」


「おいおい、『サウスキャピタル』の尽力により豊かで平和って、嘘っぱちじゃねえか。」


 リクは自分の分のパンを齧りながら、吐き捨てるようにしゃべった。もちろん、こんなことを聞かれたら逮捕ものなので抑えた声量ではあったが。

 兵士は続ける。


「そんな平和な南の大陸であるが、最近は物騒な出来事が増えている。それが『北の悪魔』だ。北から海を渡ってやってくる奴らは、大陸間に広がる『霧』の影響で、毎年1・2体しか南の大陸に渡って来れない。だが、我々を守ってくれている『霧』が最近になって薄くなってきている。それが『北の悪魔』の増加の原因だと、王はお考えになられている。そして先日、王は、このままでは近いうちに『霧』が完全に無くなってしまうと予想をお立てになられた。」


『霧』がなくなる。


 その言葉に、聴衆たちは互いの顔を見合わせてザワザワとし始める。


「そう。『霧』がなくなるということは、『北の悪魔』共が我々南の大陸に対して、侵攻をし始めることにつながる!」


 兵士は強調するように力強く叫ぶ。

『霧』が消滅し、『北の悪魔』の進行に対する防御がなくなると、確かに奴らの脅威度合いは一気に増加する。


 しかし、防御がなくなったからといって、それが『北の悪魔』による南の大陸の侵略にそのまま繋がるだろうか?


 考えが安直すぎないだろうか?


 だが、俺はそうは思わない。


 どうやら聴衆たちも同じ意見のようだ。


「今でさえ『守護者』たちが手一杯だってのに、これ以上増えたらどうするんだよ!」


 聴衆の1人が叫ぶ。

 それに釣られて、周りの人たちも不安感をじわじわと露わにする。

 そう、これまでにも『北の悪魔』たちは南の大陸に対して、決して小さくない被害を与えてきた。そに事実が、「奴らなら侵略をする」という考えに結びつけた。


 そして、俺もその小さくない被害にあった被害者の1人である。

 俺の頭の中が再び紫色の炎に包まれる。

 その炎を吹き消すように、兵士の声が響く。


「『北の悪魔』による侵略を未然を防ぐために、『霧』が薄くなっている原因を調査するものを募集する!」


 兵士の声が響き渡る。


「それに選ばれたものは、『霧』の調査のために南の大陸の海沿いを、広く調査することになる。するとその分、『北の悪魔』たちと対峙する機会が増えるだろう。奴らは1体でも十分に脅威になるほど恐ろしい存在だ。しかし、それをかいくぐり果敢に調査を続ける。そんな勇気あるものを『勇者』と呼ぶ!」


 ーー『勇者』


 さっきはなんともなかったその言葉に、なぜか俺の心が震える。


「『勇者』の誕生によって、我々は『北の悪魔』の脅威を完全に防ぐための行動に移すことができる。」


 兵士はさらに声量を上げていく。

 それに従って、聴衆のボルテージも上がっていく。


「我々は、そんな『勇者』になれる素質がありものが、この場所にいると信じている!ぜひ、腕に自信があるものは、後日行われる勇者選抜試験に参加してほしい!!」


 兵士は締めくくるように、強くそう言い放って聴衆を見渡した。


「うおお!『北の悪魔』の奴らに怯える必要がなくなるのか!」

「『北の悪魔』を追っ払ってくれー!!」


 熱量が上がりきった聴衆たちは、ようやく『北の悪魔』に完全に抵抗するための動きがあるのか、と騒ぎきっている。


「「『勇者』!『勇者』!!『勇者』!!!」」


 気づけば勇者コールが響いていた。


 その光景見た俺は、なぜか手が震えていた。


 ーー『北の悪魔』の脅威に抗うことができる。

 ーー『北の悪魔』を直接ぶっ倒すことができる。

 ーー『北の悪魔』を、滅ぼしてやる。


「おい、シュンさっきからずっと黙り込んでてどうしたんーー」


 リクは俺の方を見て、苦い顔をした。

 どうやら俺の顔を見て、俺が考えていることを察したようだった。


「シュン、お前何にやついてるんだよ・・・。」


 リクは顔をどんどんと青ざめさせながら、俺に聞いてくる。


「お前、まさか・・・。」

「ああ。決めた。俺はーーー。」


 俺はリクの顔を見据えて、はっきりと宣言した。



「俺は、勇者選抜試験にエントリーする。」

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