第4話 リク

「ほらほら!シュンってば朝から暗いんだよ、まったく!!」


 広いとは言い切れない部屋の中で大きな声が、俺の耳の中を突き抜ける。


「・・・うるさいな。リク、お前は明るすぎる。もう少しトーンを落としてくれ。」


 俺は目の前にいる奴に伝わるように明らかに嫌な態度をとって、机の上に置かれたパンを口に運んでいく。

 うん。対して美味くもない。いつもの味だ。


 先ほど「どうやって食べているのか?」と疑問に思われていた俺の飯事情だが、その答えが彼である。


 リクと呼ばれた彼は、俺よりも頭2つ分ほど大きい大柄な男性で、だが、全体的に細い印象を与える体型だ。ちなみに俺は同年代である10代の男の中では少し大きめで、リクよりも細い体型をしている。リクはその巨体に見合うように、とても声が大きく勝気な性格で、その茶色い髪の毛は頭の後ろキュッと結んでいる。


 リクは俺と同じように、ボロボロになったつぎはぎの服を纏っている。それは、彼が貧乏であるからだ。


 いや正確には、貯金は持っているが、それを切り崩してまで孤児院をやっているからだ。


 リクは物心がついた時から、家族というものがいなかった。そのころの記憶はないためわからないが、おそらく両親から捨てられたのだろうと彼は言っていた。幸運にも、リクは細々と孤児院を運営していた老夫婦によって見つけられ、そこで暮らすようになった。


 しかし、数年前に老夫婦が亡くなってしまい、リクはこの孤児院を引き継いだのだそうだ。


 そして、1年前、路頭に迷っている俺をこの孤児院に入れてくれた。とは言っても孤児院で全てを世話になるには歳をとりすぎているし、ここの孤児院はお金的に余裕があるわけではないため、特別に朝ご飯だけ支援してもらうという形を取ることにした。


 この時に、リクは俺に対して、「家族がいない辛さはよくわかるからな」と言っていた。


 それから俺はこうやって、働かずとも、硬くて何回も噛まないと飲み込めないパンと具が少ないスープを、無料でありつけるようになった。

 リクは声が大きいし若干苦手なところはあるんだが、こうやってお世話になっているのでとても感謝をしている。


「そういえばシュン。さっき道端で何か呟いていたよな。何を言ってたんだ?」


 俺以外のまだ現れていない孤児たちに渡す食事を用意しながら、リクがふと聞いてきた。


「・・・別に関係ないだろ。」


 俺は元々トーンは高くない。だが、さらにトーンを落として答えた。


「え〜、冷たいなぁ!そう言えばさっき近くにいた2人もシュンのこと話してた感じだったよな。」


 リクはふと、その時に聞こえてきた音を再び確認するように話し始める。


「この辺り一面が〜とか言ってたな。」


 ーーやめろ。


「他にも何か言ってたっけな?」


 ーーやめてくれ。


「ああ、そういえば1年前がなんたらって・・・。」


 ーーお前はその話に触れないでくれ。


 そこでリクの考えがまとまったようだ。


「あ〜!わかったぞ、シュン!!」


 ーー最悪だ。


 俺は頭を抱えるが、リクはそんな俺の様子を気に求めずに続ける。


「また言おうとしたんだろ、あの1年前の話。でもなぁ、確かにあそこの被害はすごかったけど、あれは竜巻っていう『自然災』が・・・。」


「違う!あれは自然災害なんかじゃ、竜巻なんかじゃない!!あれは『北の悪魔』の仕業なんだ!!!」


 俺は思わず机を叩き、椅子から立ち上がりながら叫んだ。椅子は後ろに倒れ、その時の音と自分の怒声がリクの家中に響き渡った。


「うわぁ!びっくりしたじゃねーか!」


 リクが作業していた手を止め、手に持っていたお盆を両手で抱えながら、驚いた表情で俺を見る。部屋にしばらくの沈黙の時間が流れる。


 ふと、別の部屋へと繋がる扉が目に入る。その先にある部屋は、この孤児院にいる子供の寝室だ。もしかしたら今の声で子供たちを起こしてしまったかもしれない。


「・・・すまん。」


 俺は居心地が悪くなって、大声をあげてしまったことを謝罪しながら椅子に座る。

 そして大きな深呼吸をしてから、今度はいつもの調子でゆっくりと話し出すことにした。


「リクには何回か言っていると思うけど、あれは自然災害なんかじゃない。」

 俺の頭の中に、今日見た悪夢の光景が広がる。


「あれは・・・。」


 そのワードを口から出そうとして、別のものが出そうになる。吐き気がする。


 それでも。


「あれは、『北の悪魔』が、やったことなんだ。」


 頭の中で、悪夢の中で見た1年前の光景がじわじわと鮮明になってくる。


「そうだ・・・。あの日、妹と一緒に夕飯を食べていたら急に大きな音が聞こえてきて、それで、家が、崩れて、妹、が・・・。」


 思い出すだけでも苦しいが、言葉がゆっくりと絞り出すように出てくる。


 頭の中が漆黒の炎に埋め尽くされていく。


 そして、その炎の中から甲高い悲鳴が聞こえてくる。


 辛い。苦しい。吐くかもしれない。


 そんな俺の様子を見たリクは、俺に歩み寄り優しく肩に触れる。


「俺も本当は、その話を信じたいんだ。シュンはその場にいたんだろうし。」


「それなら・・・!」


 俺はリクの方を振り返る。


 そこには困ったような、呆れたような、微妙な表情をしたリクがいた。


「だけどな、シュン。そもそも海から離れたシュンの村に『北の悪魔』が来ることはあり得ないんだ。」


 ーーまたこいつらは同じことを言う。


「シュン、知っていると思うが、1年前は今ほど『霧』は薄くなかった。奴らがこの大陸に来ること自体が珍しいんだ。そして、奴らが村に着くまでに『守護者』達に倒されているはずなんだ。」


 ーーそして、こいつらがこの後に決まって言うことは。


「しかも、あの時の記録は『竜巻による自然災害』ってことになってるんだ。サウスキャピタルの記録がそうなっているんだ。だったら、そこに『北の悪魔』は来ていない。」


 ーー記録。


 俺は歯を食いしばり、自分の肩に乗っていたリクの手を払い除ける。


「記録がそうなっているからって・・・。俺はこの目で見たんだよ!」


「ひどい災害だったらしいからさ、シュンはきっと夢でも見ていたんだよ。」


「あれは夢なんかじゃない!しっかり覚えて」


「シュン!!」


 リクが大声をあげる。驚いた俺は言葉を止めてしまった。


「シュン。もうその話はしないほうがいいよ。あんまり言いたくなんだけど、そんな話をずっとしているから、最近特に変な人だと思われてるだよ。だから1年たってもまともな仕事に辿り着けないんだ。」


「・・・」


「そろそろちゃんと現実を見て、ちゃんとした仕事を探せよ?」


 リクは何か俺に話したようだが、なんて言ったのか俺には聞こえてはいなかった。


「違うんだ・・・。悪魔の仕業なんだ・・・。」


 俺は低い声で、ありったけの憎しみを込めて呟く。


「俺は奴らを殺したい・・・。『北の悪魔』を・・・。絶対に・・・。」


 自分の中に溢れかえった感情を口からこぼした時、外から大きなドラの音が聞こえた。

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