第11話 スカウトマン
「三花ちゃん、昨日のTV観たよ。」
「僕もだよ。三花ちゃん。」
「三花ちゃん・・・。」
「三花ちゃん・・・。」
翌日幼稚園に行くと、クラスメイトから昨日のTVニュースで運動会の話題になり僕が映っていた件で話題にされた。一緒に観ていた家族から質問を受けたらしい。曰く、
「この可愛いお嬢さんは誰だ?」
「名前は何と言うんだ?」
等々。
それを聞いて僕は、三花ちゃんの事を誇らしく思いつつも気恥ずかしい気持ちになった。
三花ちゃんは異性の自分自身だけど、すこぶる可愛い。しばらくの間なでなでしたくなる様な愛嬌がある。本人は自覚が無く、いつも自然体でいた。
「ねえ、三花ちゃん。先生と一緒に園長室に来てくれないかい?」
「???、はい。わかりました。」
僕は先生に言われ、園長室に向かった。
「では代わりに〇〇先生が担当します。」
急遽変わりの先生が他の園児の面倒を見る。その間に僕と先生は園長室に向かった。
「先生、呼び出しなんて一体どうなさいましたか?」
「いや、先生も三花ちゃんを呼んでくる様に言われただけだから詳細はわからないよ。」
「そうでしたか。」
園長室の前に着いて、先生が扉をノックする。
「園長、鏡原三花を連れてきました。」
「うむ。入ってくれ。」
「失礼いたします。」
「失礼します。」
僕は一言声掛けをして園長室に入り、部屋の奥へと促された。
「園長先生、おはようございます。」
と、ぺこりとお辞儀して礼をした。
「おはよう三花ちゃん。」
園長先生は人なっこい顔をして対応してくれた。
「ほお~この子が例の『鏡原三花』さんですか。実物はまさに可愛いですな。入園当時の写真を見せて貰いましたが約半年間での成長すさまじいですな。今後が楽しみな逸材ですわい。」
「そうでしょう~。そうでしょう~。我々も期待を寄せているのですよ。」
『何事?』
と思ったが、すぐに素面に戻った。
「ははは。おびえる表情も実に可愛らしい。いやいや、そんなに気構え無くても平気だよ?」
「すみません。緊張していまして。」
「なんのなんの。別にいいよ。こちらもドンっと構えられたら逆に戸惑うよ。はっはっは。」
「はあ~。」
先方の人が名刺を出して僕に差し出してきた。どうしようか戸惑っていると、
「三花君、受け取りたまえ。」
「はい・・・。」
園長先生が受け取り命令をしてきて僕は致し方が無く従った。
名刺を見ると、先方は芸能事務所に勤めているスカウトマンの方らしい。
「初めまして、鏡原三花ちゃん。僕は今日と言う幸運の日の出会いを忘れないよ・・・。是非とも、我が事務所に入って天下を取ろう。いや~なに、君ならそれを出来る逸材だと信じている。何しろ僕のお眼鏡にかかったんだからね。昨日の運動会の時のほとばしる汗に輝いた君が印象的で縁故のある園長先生に連絡させてもらったのさ。」
「三花君どうだい?悪い話じゃないと思うんだけど?」
「はあ~。ありがたい話ですが既に先約がありまして・・・。」
「先約ってなんだい?」
「はい。まずスカウトマンさんの芸能事務所は存じ上げております。それに既に社長とも面識があります。」
僕が言うと、スカウトマンさんが驚愕の表情をあらわにした。
「と言うと?」
「はい。音楽部門でご厄介になっております。スカウトマンさんはご存じかもしれませんが、私のピアノと歌のレッスンの先生が所属しています。○○先生と言います。」
「〇〇先生なら知ってるけど、何かな?」
「はい、ですから〇〇先生作詞作曲でデビューさせていただいています。名前をもじっています。」
「と言うと、三花をもじった芸名という事だね?三花・・・、みか・・・、みかん・・・、ま、まさか君が新進気鋭の『みかん』ちゃん?社内で噂の?え~と、本当に?」
「はい、わたしが『みかん』です。よろしくお願い致します。スカウトマンさん。」
ぺこりとお辞儀してから姿勢を正した。
「そうかい~。そうかい~。君があの『みかん』とはね。『みかん』は僕も注目してるよ。まさか正体不明の大型新人歌手が目の前の見目麗しい女の子だったとはね。何たる幸運。何たる喜び。今日はツキまくっている~。そっか~そっか~、既に所属していたか。第一発見者として君ほどの逸材を見つけられなかったのは残念だけど、所属事務所の先輩として僕は鼻が高いよ。」
スカウトマンさんが何やら饒舌に話しかけてくる。そして、外野に回っていた園長先生とクラス担任の先生が、
「三花君、今の話は本当かい?歌手デビューしていたというのは本当かい?」
「はい、園長。この話は鏡原の両親から相談を受けています。なにやら本人たっての希望らしく顔出しNGなのだと。連絡が遅れ事後承諾の形になったみたいですが、近々上に報告するつもりでした。」
「そうか~。わかったよ。当園は全面的に鏡原三花君を応援するよ。でも大々的にはしてほしくないのだろう?」
園長先生が驚きの表情を浮かべ、僕に声を掛けてくる。
僕はいたたまれなくなり一言、
「ご連絡が遅くなり申し訳ございませんでした。私の一存で事後報告となりすみませんでした。今後は報連相を心掛けたいと思います。」
ぺこりとお辞儀して謝る。
「そうか。君は幼いのに、報連相を知っているのだね?」
「はい、なんとか。報告、連絡、相談の3つで報連相と聞いています。」
「そうだけど・・・、わかったよ。ではいつ頃顔出し出来そうだい?」
「今はまだ遠慮したいと思います。小学生か中学生の時には・・・。」
スカウトマンさんは落胆した顔を浮かべていた。そして、
「でも今から子役として劇団員にならないかい?芝居の練習をして将来の糧にしたらどうだい?」
僕はふと考えた。
『前世では出来なかった事を今世では頑張ろうと心に誓ったではないか。歌手デビューした今、新たな道が追加された。演劇と言う道。そこから派生していく道。とにかく頑張ろう。』
「まずは、家族と事務所に連絡してこの先の道を考えたいと思います。今すぐには返答出来なくて申し訳ありません。」
僕は何度目かのお辞儀をした。
「無理を言ってすまなかったね。良い返事を期待しているよ。」
「先生、『みかん』ちゃん。もとい、鏡原三花君と共に教室に戻りたまえ。」
「はい、わかりました園長。」
そうして僕と先生は園長室を出て教室に戻った。
スカウトマンが僕目当て。もとい、三花ちゃん目当てに幼稚園を訪れた事は当事者の僕以外は園長と担任の先生だけで終わる話であった・・・。
のだが・・・。
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