異世界にて、身の上話。

桁くとん

異世界にて、身の上話。



 3人の男が冒険者ギルドの酒場で酒を酌み交わしている。


 何かいいことがあったのか、陽気な酒。

 盛んに木製のジョッキを呷りながら、食べて笑う。


 傍から見ると彼ら3人は、酒場内に溶け込んではいるが少し目を引く。

 酒場内の人間は金髪や赤髪が多く、欧米人風の顔立ちのものがほとんどだが、彼ら3人は黒髪に平たい顔。日本人そのものといった顔だ。

 ただ、亜人のエルフ、ドワーフ、リザードマンらも飲んで騒いでいるこの酒場の中では彼らの容貌について奇異の目を向ける者はいない。


 「カンパーイ!」


 店員のロリサキュバスが持ってきた、もうどれほど飲んだか彼等も覚えていないだろうジョッキを手に取り、もう何度目かわからない程の回数の乾杯をして彼らは陽気に飲み続ける。


 やがて、3人の中で一番年の若そうなアタッカー風の男が、感極まったのかジョッキを空けると、涙を流しはじめた。


 「あ……ありがとうございます、お2人に出会ってなかったら、俺、今頃あのまま密林グマの群れに襲われ喰われて、密林グマの栄養になってたっす……」


 「なーに、たまたま俺達が密林グマの討伐依頼を受けてたってだけでよ、俺達でなくとも誰かがやってらあな。それにあの依頼は他の冒険者と合同で受けてたからな、ダンナはともかく俺はそんな活躍しちゃいねえって」


 「何言ってんすか、ヤスハラさんが素早く俺に気づいて保護してくれなかったら、完全に爪で頭吹っ飛ばされてましたって」


 「まあスカウトだからよ、異変にいち早く気づくのは当然っつーか何つーか。

 つーか俺がそんなカッチョイイ行動出来たのも、密林グマ3頭の攻撃を完全に抑え込んだタンクのダンナいてくれたからこそだぜ、なっ、ダンナ!」


 「……」


 ヤスハラがダンナと呼ぶ髭面で山のような巨体の男は、無言で手を横に振り否定し、低音のよく響く声でアタッカーの若い男に返答する。


 「……それより、今日はタカシがこっち異世界に来て1か月目。

 ……それでブロンズ青銅級冒険者に昇格した祝いだろう、湿っぽくなるのは違うぜ」


 ダンナがそう言いジョッキを掲げると、若いアタッカー風の男タカシは、益々感極まったのか目から滝のように涙を流し「そっ、それもこれも、突然こんな何もわかんねえ世界に飛ばされた俺を、仕事から住むところから世話して食わせて下さったお2人のおかげっすうぅー」と直立不動で叫んだ。


 最もその叫びは酒場の喧騒の中ではたいして響かず、他の冒険者たちの耳目も引くことはない。


 「まあよ、タカシ、そんな恩に着るようなことなんかじゃねえって。オマエ、飲みが足んねーんだよ。

 チェリルちゃーん、こっちにジョッキとフロカラ蛙のから揚げ、追加してね」


 ヤスハラが近くを飛び回っているロリサキュバス店員にそう声をかけ、また3杯ジョッキが追加されると、3人はまた何度目かわからない乾杯をしてジョッキを空けた。






 だいぶ時間も経ち、もう深夜になる。

 酒場の冒険者も幾分か減って、酒場の中は喧騒からは程遠くなりつつあるが、それでも席の3分の1はまだ飲み続けている客が残って話し込んでいる。


 彼ら3人も、まだ飲み続けていた。

 流石にジョッキのエール的な飲み物ではなく、ヤスハラとタカシは何かを蒸留した蒸留酒をお茶的なもので割りながら手酌でチビチビ舐めており、ダンナは意外にもカルーアミルク的な女性冒険者が好む甘い酒をグラスの半分ほど舐めたところでテーブルに突っ伏している。


 「ところでよう、タカシ、お前向こう日本では何やってて何でコッチに来たんだ?」


 ヤスハラが顔も目も充血し、半眼になりつつもタカシにそう尋ねる。


 「え~とれすねぇ、俺は日本れはぁ、内装解体業やっれらんすぅ~。貸しビルのぉ、店子らなろが変わる時とかにぃ、前の店の内装剝ぐ仕事っすぅ~」


 「それだからオマエの剣筋って特徴的なのな」


 「バール1本でぇ、割る、剥ぐ、引っかける、外す何れもれきるっしゅよ~。仕込んでくれたみゃえにょ親方には感謝しかにゃいっしゅ~」


 口の端から危うくこぼれそうになる酒と唾液を口にとどめながらタカシはだらしなくしゃべる。


 「だかりゃ、こっちれもしょのうち、鍛冶屋に頼んれぇ、バールちゅくってもらおうと思ってぇりゅんしゅよ~」


 「そんで、何でコッチ来ることになったんだ? 事故か何かか?」


 ヤスハラはそう尋ねながら、呂律の回らないタカシの喋りがうっとおしいと思い、タカシに軽くそっと毒消しの魔法ギフトロッシャーをかけた。


 「ん~、事故っすぅ。夕方仕事終わって愛車のビッグスクーター乗ってスーパー銭湯行こうとしたんすけど、いつもの道が工事中で迂回したっす。

 って、ヤスハラさん、何かしましたぁ? せっかくの酔いが半分くらいどっかいっちまったんですけどぉ」


 「あんまり呂律回ってねえからついつい回復魔法かけちまったよ。まあいいじゃねえか、お前の昇級祝いだからまだまだ飲めるってことでよ。

 ほんで迂回してどうした?」


 「迂回して住宅街の中通ってたんすけど、突然知らん家の前からボールが転がってきて、ちっちゃな女の子が追っかけて飛び出して来たんす。ほんで避けてコケてそのまま滑って顔面電柱にぶつけて目の前真っ白から真っ暗になったんす。

 気が付いたらお2人に助けられた森の中でした」


 体に回るアルコールが少し消えて楽になったタカシは、蒸留酒のお茶割をカパッと一気に飲み干してまた作りながらそう答えた。


 「半ヘルって顔面守ってくれねえから怖えな。ところで何かカミサマ的な奴は出て来なかったのか?」


 「顔面打って目の前真っ暗になる前一瞬、白い雲の中にいたっす。そん中に白髪白髭白いローブ? で杖持ったでっけー爺さんがいて何か言ったと思ったんすけど、本当に一瞬ですぐ目の前真っ暗になったっす」


 「何かチート的なモンは貰わなかったのか?」


 「貰ったんすかね? 今のところまったくそれっぽいものないんすけど」


 「こっちの最上級スキル貰った奴とか複数の便利スキル貰った奴とかは結構多いみたいだぜ。あとは専用の超強力な武器とか防具とかな」


 「へー、羨ましいっすね。ってか異世界転移者ってコッチにそんなにいるんすか?」


 「転移も転生も結構いるぜ? 冒険者街でひと際輝く超高級酒場『黄金の夜明け亭』の女主人ローズマリーも転移者だ。見たことあるか? いい女だぞ~」


 「見たことはないっすけど、名前が日本人じゃなくないっすか? 転生ならともかく」


 「こっちの宗教の洗礼名バプティスマルネーム名乗ってるからな。ま、また今度デカい依頼こなしてガッポリ報酬入ったらダンナと一緒に連れてってやるよ、楽しみにしとけ~」


 「あざっす! 今から楽しみっす!

 ところで、ヤスハラさんはどんな感じでコッチに来られたんすか?

 やっぱ俺みたいに事故っすか?」


 「いや、俺はもうショボいっつーか、ヘタ打ったっつーか、腹刺された」


 「へ? えーっと? ヤスハラさん、その筋の人だったんすか?」


 「違う違う。細々食いつないでた、しがない探偵。依頼の殆どは浮気調査だ」


 「ヤスハラさん、カッコイイっす! どうやってなるんすか探偵って」


 「資格とか無えからな。警察通して公安委員会に届けと必要書類出しゃいいんだよ。俺の場合は無線関係の趣味が高じて始めちまったんだが、まあ男一人がどうにか食える分の稼ぎがありゃ良かったんで気楽だったぜ」


 「浮気調査って、やっぱ多いんすか」


 「多いねぇ。人間ってのは相手がどんな美男美女だろうと一人のパートナーじゃ満足できない生き物なんだろうな。そんな哲学じみたこと考えるくらいには多いねぇ」


 「何か役得とか無かったっすか? 傷心の依頼者に誘われてHしたりとか」


 「オマエねえ、そんなオイシイ話が実際あると思う? ネット掲示板まとめの話とか、あんなの99%フカシだから。

 そこそこの調査報酬払えるくらいの収入の方々なんてね、俺らみたいなモンははなもひっかけちゃくれねーよ。前金もらって調査して後金もらってオシマイだよ。

 ひでー奴だと後金払うのバックレようとしたり、払うのゴネたりするんだぜ?」


 「……夢破れたっす。

 でも何か腹刺されるようなことありそうにないんすけど」


 「何つーか、依頼者に体よくイケニエにされたってとこかな、真相がわかった今思うと」


 「真相がわかった、って腹刺されて死んだんじゃなかったんすか?」


 「死んだよ。だって刃渡り30㎝近い刺身包丁で腹グッサリよ? 幾つの臓器貫通してんのって話だから」


 「じゃ、何でわかったんすか?」


 「教えてもらったんだよ、女神サマに」


 「ああ、転生つかさどるって奴っすね。ヤスハラさんは親切な女神サマに当たったんすね、俺みたいな引っ込み思案な神と違って」


 「いや、なかなか腹黒な奴だったぜ。転生特典3つまでOKらしかったんだが、俺が自分の死の真相聞いたので2つ使っちまったって、聞いた後で言うんだぜ。あれな、多分そのままおしゃべりしてたらもう一つの特典もしょーもない情報、例えば暴露系YouTuberの次の暴露聞かされて終わってたぜきっと」


 「興味あっても役に立たない情報の筆頭っすね、それ」


 「だろ? 危ねーとこだったぜ」


 「ところで、途中だとめっちゃ気になるんすけど、結局ヤスハラさん何で刺されたんすか」


 「刺身包丁でグッサリ」


 「それはさっき聞いたっす……ヤスハラさん、気さくないい人なんすけど、失礼ながらそのボケは面白くないっす」


 「あーあ―わかってるよ、俺に笑いのセンス無いってーのはよ。本来だったら自分の死の真相なんざどうでもよくて、笑いのセンスを貰ってたわ」


 「笑いのセンスってあったら本当にサイコーっすもんね」


 「タカシ、お前もそう思うか?」


 「そりゃそうっすよ、ホントヤバイ時とかでも笑いのセンスあったら一発で好転したりしますもん、昔のセンパイで居ましたそういう人」


 「そーなんだよな、ま、関西人でもなかなか本当に笑いのセンス持ってる奴って居なかったりするけどな」


 「まー、そこが本当にセンス=ギフトなんでしょうねー、で、何で刺されたんすか?」


 「そんな気になるかね」


 「こんだけ引っ張られたら」


 「ま、わかったら本当につまらねーことなんだけどな。

 浮気調査の依頼主が俺の集めた証拠突きつけてお望み通り旦那からガッポリ慰謝料貰って離婚成立。証拠突きつける時にご丁寧に証拠の中にに俺の名刺も紛れこませてたってカンジ? 

 俺と寝て、アンタより良かったみてーなことも匂わせてあおったみたいだぜ。

 いやまったく怖いね世の中。それ真に受ける元旦那もどうかしてるぜ」


 「じゃ、依頼主の元旦那に刺されたってことっすか?」


 「そうゆうこと」


 「……それ本当は依頼主とヤッたんでしょ? じゃなきゃそんなことにならないでしょう」


 「バッカ、本当にヤッてねーよ。刺されるくらいならむしろヤラせろって今から言いに行きたいね」


 「にしても、依頼の調査対象の元旦那って、顔くらい覚えてないもんなんすか? 刺されるまで気づかないなんてことあります?」


 「いや、普通だったらまずンなこたないんだけどな、相手の方が一枚上だったっつーか、調査してる時は外資系のコンサルさんでよ、パリッとしたスーツで髪型もツーブロックのチャラ洒落た奴だったんだけどよ、俺を刺しにきた時は完璧寿司職人の恰好してて髪型も角刈りにしてたもんでよ、パッと見気づかなかったんだわ」


 「何すかその転身」


 「いや転職した訳じゃねーよ。俺が調査で銀座で張り込んでた時、たまたま有名寿司店QBの近くだったのよ。で奴は俺を刺す気マンマンで寿司職人の白衣手に入れたり前日わざわざ床屋で角刈りにしたりしてたのよ」


 「何か見て来たみたいっすね」


 「女神が映像で見せてくれたのよ。証拠突きつけるとこから、依頼主が証拠突きつけた直後年下の有望株と慰謝料ガッポだつってイチャついてるとことか、元旦那が刺身包丁を合羽橋で買って来て舐め回してるとことか」


 「本当に得物舐め回す奴って居るんすね」


 「信じらんねーけど、精神状態普通じゃなくなるとやるのかもなー」


 「で、ヤスハラさんは何か転生特典貰ったんすか?」


 「ん? ……んー……」


 ここまで饒舌に喋っていたヤスハラの言葉が歯切れ悪くなる。

 やはり自分の隠された能力を、まだ知り合って1か月のタカシに話すのはためらわれるのだろうか。


 「タカシ、俺は実際のとこ、タカシと同じくダンナに拾ってもらって今ここにいる。ダンナに足向けて寝らんねえし、ダンナのためなら何だってしようと思ってる」


 「それは俺もっす。ダンナとヤスハラさんのおかげでこの世界で生きていられるっす」


 「ダンナはタカシも知ってのとおり寡黙でな。俺にも日本から来たってことは話してくれたが、それ以上のことは聞いても教えてくれねえ」


 「ヤスハラさんも知らないんすか。まあダンナが前どんな人だったとしても、俺は信じて付いてくだけっすけど」


 「……タカシ、ダンナの過去転移前、知りたくねえか?」


 「そりゃ知りたいっすけど……教えてくれないんでしょう?」


 「実は、俺の転生特典はな、相手の記憶を映像で見ることができるんだ」


 「何すかそれ、チートじゃないっすか」


 「チートってほど万能じゃないんだな。条件があって相手が寝てたり意識無くしてる状態じゃないと見れない。それと音声は聞こえない。映像だけだ。そのかわり人族だけじゃなく魔物だろうと何だろうと記憶が残る存在だったら記憶が見れるんだ。

 それで今なら、普段酒に強えダンナが珍しく先に酔いつぶれてる。

 タカシ、どうする?」


 「ヤスハラさん、そりゃヒキョーっすよ、俺に決めさせるなんて」


 「バッカ、タカシの祝いの日なんだからタカシが決めんだよ、当たり前だろう」

 

 「うわー……悩むっす……」


 そう言ってタカシは頭を抱えたが、その姿勢はすぐに解け、笑顔で言った。


 「尊敬するダンナをもっとよく知って、もっと尊敬するためっす、見ましょう」


 「……振っといて言うのもアレだが、タカシはもうちょっと悩んでくれて良かったんだけどな」


 「ヤスハラさん、それを俺に期待しちゃダメっすよ。俺、思い切りだけは良いんす」


 「そうだなあ、タカシはそうだわ。戦闘中でも切り替え早えもんな。

よし、俺も吹っ切れたぜ」


 ヤスハラはそう言うと、テーブルに突っ伏していびきをかいているダンナの上の中空で両手で四角く画面を作るが如き動きをする。

 ヤスハラの両手が四角を描いた空間に映像が映った。


 その映像は今日の昼間に3人がこなした依頼、レッサードラゴン討伐中のものだった。

 レッサードラゴンの攻撃をしっかりとダンナが受け止め、その隙にヤスハラがデバフを飛ばし、タカシが剣をバールのように振るっている。


 「ヤスハラさん、今日の昼間の映像っすよ。かなり巻き戻さないと」


 「バッカ、YouTubeじゃねーんだから」


 ヤスハラはそうタカシに言うと、ダンナの耳元でそっと「ダンナ、日本に居て転移する直前くらいを思い出して下さい」とささやいた。


 すると映像が切り替わり、女子生徒二人が夕方、公衆電話の電話ボックスに入っているシーンになった。


 「うわ、珍しい。公衆電話で電話してるっすよ。いつの時代っすか」


 「バッカ、しばらく黙って見とけ」


 映像の女子生徒2人は、小柄で太目の女子が公衆電話の受話器を握りどこかに電話をしようとしていて、もう一人のすらっとした黒髪の女子生徒が何か声をかけて勇気づけている様子で、小柄で太目な女子の方は一生懸命すらっとした女子の言葉に頷いている。

 そしてすらっとした方がコインを入れ番号のプッシュボタンを押していくと、小柄で太目の女子生徒のスマホが鳴った。

 当然音は聞こえないから、着信で点滅しているのがタカシとヤスハラには見えた。


 「あれ、持ってるスマホにかけてるんすか? スマホ家のどっかに置き忘れたら確かにやりますけど、あれ何の意味あるんすか?」


 「……多分、『さとるくん』だ」


 「あー、『さとるくん』っすか。あれ本当に信じてる奴いたんすね」


 「あれくらいの年頃だったら、けっこう信じるもんだろうに」


 「だってあれ、メリーさんの亜種みたいな怪談話でしょ? それに知らない事一つ何でも教えてくれるって言っても、別にわざわざ呼び出して聞きたいこともないっつーか」


 「オマエ、あの年頃の時に不思議な事とか信じてなかったの?」


 「まあ信じず生きて来ても異世界転移できちゃいましたし」


 「それ言われりゃ何もいえねーけどよ」


 タカシとヤスハラがそう話しているうちに、電話ボックスでは小柄で太目の女子生徒が受話器に何かを言い、電話を切った。

 電話が終わった女子生徒二人は電話ボックスの外に出た。

 小柄で太目の女子生徒が、黒髪でスラっとした女子生徒に何かお礼を言い、お辞儀をしながら立ち去っていく。

 残った黒髪でスラっとした女子生徒は、自分のスマホを取り出してどこかに電話をした。

 しばらくすると自転車に乗った小柄で童顔の男子生徒がやってきた。

 かなり急いで来たのか、女子生徒の前に来ると息が切れている。

 女子生徒はその童顔男子にやさしく微笑みかけ、何かをゆっくり話している。そして童顔男子の手を自分の両手で取ると、童顔男子の目を見ながら短く言葉を言った。

 そして童顔男子が電話ボックスに入るのを見届けると、ニヤッとした笑いを浮かべながらその場を立ち去った。


 「あちゃー、この女ひでえな」


 「何がっすか? 俺ここまで全然意味わかんねーんすけど」


 「音声がねえからハッキリ言えねえけどよ、多分この女さっき電話してた小太り女子を『さとるくん』の話使って嵌めようとしてんだよ」


 「えーと、どういうことっすか」


 「公衆電話で自分の電話にかけさせて『さとるくん』を呼び出す儀式させるだろ」


 「それはやってましたね」


 「で、次に小柄な男子生徒呼び出してただろ」


 「ええ」


 「呼び出した小柄男子にどれくらい間隔かわかんねえけど、最初の女子生徒んとこに電話しろって頼んだんだよ。メリーさんと一緒で1回着信あるごとに段々と近づく感じでな。

 多分小柄な奴に頼んだのも、声替わりしても高い子供声みたいな奴だからだろうし、公衆電話に呼び出したのもスマホの非通知で掛けるより信憑性出したいからだろうな」


 「うわ、そこそこ手の込んだイタズラするっすね。よっぽど仲良しなんすかね」


 「んな訳ねーだろ。多分イジメだ。クラスであの小柄で太目な女子生徒イジメてるんだろうな。で、あの女が首謀者なんだろうけど、直接イジメてるわけじゃなくて周り使ってやらせて楽しんでるんだろう。

 今回直接仕込んでるのって、多分これであの女生徒で遊び尽くすつもりなんじゃねーのかな」


 「ひでー話っすね」


 「オマエはイジメとかやってなかったのか?」


 「俺はアタマは悪かったっすけど、イジメするほど暇でもなかったんで」


 「そっか。なんか安心したぜ」


 映し出される画面は切り替わり、夜の公園になっている。

 昼間電話ボックスにいた小柄で太目な女子がベンチに座り、両手で握ったスマートフォンの画面をのぞき込んでいる。

 その横にすらっとした黒髪の女子生徒が座っており、何か小柄で太目な女子に語り掛けている。

 スマホの画面の光に照らされる小柄で太目の女子の顔は歪み、今にも泣き出しそうだ。それをすらっとした黒髪女子が慰めているように見える。

 黒髪女子は小太り女子を慰めつつ、ちらちらと後ろを見ているが、スマホを見つめ青ざめている小太り女子は黒髪女子の様子に気づかない。

 公園の常夜灯の光が照らす彼女らの後方の茂みには、男子が3人、女子が2人、おそらく彼女らの同級生が隠れて様子をうかがっている。


 「後ろで隠れてる奴ら、何なんでしょうね?」


 「イジメてる奴らだろ? 最後の仕上げなんだろうな。『さとるくん』の話って、『さとるくん』から後ろにいるよって着信が来たら、後ろにいる『さとるくん』に自分が知らなくて知りたいことを聞くと一つ答えてくれるってやつなんだ。

 これから多分最後の着信を夕方の小柄な男子生徒にどっかの公衆電話からさせて、小太り女子の聞きたいことに後ろの奴らが答えるんじゃないか」


 「ヒマなことっすね」


 「ヒマじゃないとイジメなんてしないだろうよ」

 

 「もっと楽しいことありそうなモンっすけどね」


 「まったくだ」


 「で、これってこの子の知りたいこと聞いてどうするんすかね?」


 「それで嘲笑うつもりなんだろうから、ありがちな奴だと好きな男に脈がありそうか聞かせる。んで後ろにいる奴の中に好きな男がいて、こっぴどく振って笑う、みたいな感じかな。

 他のパターンだとイジメを止める方法とかイジメの首謀者を聞いて、残念! みたいな種明かしで全員で罵倒して反応楽しむとかかな。味方だと思ってた黒髪女子が黒幕です、ってバラして絶望のどん底に突き落とすってのが、こんだけ手の込んだことしてるからにはありそうだが。

 まあどっちにしてもクズだな」


 「うわ、最悪っす。ところで、この映像、ダンナの転生前の過去映像なんすよね?」


 「ああ、そうだな。ってことは」


 「こっちの小太り女子の方が友人だと信じてた奴に裏切られて自殺しちまって、それで転生してダンナになったってことっすかね」


 「……だとしたら、俺はダンナが益々好きになったぜ」


 「俺もっす! 前世でイジメられてたかも知れねーっすけど、その過去を乗り越えて、コッチの世界では仲間のために体を張って助けてくれる人になるなんてカンドーっす!

 むしろ俺がもっとダンナを助けなきゃって思うっす!」


 画面の中のすらっとした黒髪女子が、小太り女子に気づかれないようにそっと手で合図を出した。

 すると、小太り女子のスマホに着信があった。


 「俺、この先見たくないっす……」


 「俺もだ、消すか?」


 「いや、でも……やっぱ一度見出したからにはダンナの1度めのせいをしっかり見届けたいっす」


 「……わかった、今日の主役のタカシが言うんだからな、俺も付き合うぜ」


 小太り女子はスマホに向かって、意を決したように大きな声で何かを聞いた。

 口の動きからは「どうしたらイジメが止まりますか」と言っているように見えた。


 その瞬間、女子二人の座っているベンチの後方が完全に闇になった。

 常夜灯の光が吸い込まれているかのように、茂みもその向こうのフェンスも真っ暗な闇で消え失せている。

 闇はどうした加減なのか、蠢き脈打つように感じられた。


 そして打ち合わせとは違い、何のリアクションも取らない仲間の様子を見ようと黒髪女子が振り返った瞬間、蠢く闇から細く長い無数の手が伸び黒髪女子を掴むと、一瞬で闇に引きずりこみ、闇ごと消えた。

 画面には必死でスマホを握りしめ目を閉じている小太り女子が一人座っているだけだ。

 茂みの中にいたはずの男女の姿も消えていた。


 ヤスハラとタカシは画面の中で何が起こったのかわからず、ただ茫然と見続けていた。

 

 画面の中の小太り女子は目を開け、隣に黒髪女子がいないことに気づくと、大きな恐怖の叫び声をあげた様子を見せ、その場から慌てて走り去った。


 「な、何が起こったんすかね……?」


 「お、おう……多分、多分だけど、あの闇が『さとるくん』なんじゃないか……」


 「いや、だって、『さとるくん』って子供じゃないんすか……? それに、黒髪女子が仲間と完全に自作自演で『さとるくん』の話再現してたんでしょ? 本物が出る訳ないじゃないっすか」


 「いや、怪談話してると、実際本物の怪異が現れるって言われてるだろ? だから『百物語』は最後の百話まで話さずお開きにする。『怪異を語る』って行為は実際の怪異を呼んじまうことがあるんだろう。んで呼ばれた怪異が自分をナメてる、って感じた結果、首謀者共の身に怪異の真価を見せつけてやった的な感じか?

 そんで『さとるくん』の姿ってのは、話の通りならわからないはずなんだ」


 「何でなんすか?」


 「後ろに『さとるくん』がいる時に、振り向いたら『さとるくん』に異次元に連れてかれちまうからだ」

 

 「じゃあ、あれが『さとるくん』……俺達、初めて『さとるくん』の正体見た人間ってことっすね……」


 「……そうなるな。それでダンナの過去は……」


 「同級生イジメの首謀者の黒髪女子ってことっすね……」


 「『さとるくん』に引きずり込まれてこの異世界に転生したってことなんだろうな……」


 ヤスハラは、やっぱり人の過去を盗み見するようなことをしてもロクなことがないもんだな、と改めて思った。

 

 「でも、どんな過去転移前だったとしても、ダンナがコッチで頼れる立派な先輩ってことに変わりはないっす……だから俺はこれからもダンナに付いてくっす」


 タカシは、グラスに残った蒸留酒のお茶割を一気に空けると、そう言った。


 ヤスハラはそんなタカシに、愚直な強さを感じた。

 自分のグラスに残った蒸留酒をタカシにならって一気に干したヤスハラ。


 「オマエがそう言ってんのに、ダンナとの付き合い長い俺が、たかがこんなことでダンナを見損なうなんてことある訳ないだろ! 明日からもこの3人パーティでガンガンのしてこうぜ。

 じゃあ今日はそろそろお開きにするか」


 そう言ってチェックを頼もうとロリサキュバス店員を呼ぼうとした。


 「ヤスハラさん、画面消さなくていいんすか? 終わって真っ暗になったまま開きっぱですけど」


 「おう、忘れてたぜ」


 そう言ってヤスハラは真っ黒になった画面を見る。

 おっかしいな、だいたい見たい映像が終わったら勝手に消えてることが殆どなんだが……まだ続きあるのか?


 ヤスハラが画面を消そうと両手を伸ばした瞬間、真っ黒な画面が蠢いたように感じた。

 

 「あっ」


 声を上げると同時に蠢く黒い画面から無数の細く長い無数の手が伸び掴まれる。スカウトのヤスハラも交わせない素早さだ。

 声を出す間もなくヤスハラとタカシは、蠢く闇に恐ろしく強い力で引っ張り込まれた。


 そこでヤスハラの意識は一度途絶えた。


 




 ヤスハラが意識を取り戻したのは強烈な腹部と背中の熱さのせいだった。

 薄っすら目を開けてみると、コンクリートの地面に顔面をつけ、自分がうずくまっているのに気づいた。

 周りには大勢の群衆がおり、腹を押さえてうずくまっている自分をスマホで撮影している。

 腹を押さえていた左手を動かし見てみると、どす黒い血に塗れている。


 寿司職人に成りすました元監視対象に逆恨みで刺された直後に戻って来たらしい、とヤスハラは気づいた。


 かなり出血していて、全身の力が血液と共に流れ出している。

 もう、ピクリとも体を動かせない。

 せっかく戻った意識も、血液の流出とともに薄れていく。


 『さとるくん』……

 異世界転移者でも、自分の姿を見た人間は異世界に連れてくんだな……

 異世界の異世界で現世か……

 必ず死ぬ状況に引き戻すとは…… 

 タカシも多分……


 また死ぬのか……

 もう、異世界転移なんて奇跡は起こらないだろうな……


 そこでヤスハラの意識は深くて暗い闇に沈んだ。

 そして2度と戻ることはなかった。








 




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