行方不明者の多い街。

ボウガ

第1話

―この町ではよく人が行方不明になる―。


その事件が起こるまで、人々はその街のそんな噂を半信半疑にとらえているのだった。


なにせ、この国では年間の行方不明者は十数万~数知れず。

そして信じられないその事件は、ある州の長寿番組の生放送中に起きた。くしくもその回の放送は、その州でもっとも行方不明が多いとされる、件の町で収録、放送されることになった。



 その番組は、番組に寄せられた依頼者からの人探しの依頼を、生放送でよびかけ、見つかった時にドラマチックに依頼者と探し人を引き合わせるという内容のものだった。そこにある男が、依頼をもちかけてきた。件の“よく人が行方不明になる”と噂されるこの街の出身で、その街でかつて生き別れになった兄弟、兄を探しているという、それが今回の放送内容の一つ、トリになった。行方不明者が多いという事で、オカルトマニアの中では、知る人と知る街だった。すでに依頼者の兄は見つかっており、依頼内容は放送でも流され、依頼者の状況も放映され、何度かの回をへてついに兄が見つかったという話になり、その次の生放送で、依頼者と目的の探し人を引き合わせるという手順が踏まれた。


 依頼がきた、そこまでは、多くの人間は不審さは感じていなかった。だがこの依頼者、時折放送中に不可解なことをいうのだ。


 『自分に似た人間を探してくれ、彼と僕はつながっている』

 『僕らは離れ離れになるべきじゃなかった、今では僕の唯一の肉親は亡くなった、でも、どこへいても見つけてみせる、僕のセンサーがそうさせる』


 以前生放送に登場したとき時折、依頼者は脈絡もなく突然このように目を血走らせ声を荒げて訴えることがあった。依頼者の少し緊迫した様子から、依頼者に対する疑問の声や不安視する声が視聴者からも上がっていた。すこし危険な賭けだった。だが番組は視聴率低下に悩んでおり、一世一代の賭けにでた。




 映像が流される。番組担当者に対し依頼者の、懇願する映像だった。あるとき依頼者に、すでに兄が見つかっているが、担当者がある理由から引き合わせる事を渋っているという情報を、依頼者自身が手にしてしまったのだった。トリのはじめ、依頼者のこれまでの映像とともに、その途中、その時の映像が流された。


担当者『それは事実ではありません、本当にまだ見つかってないんです』

依頼者『お願いです!僕に対して番組へ色々な意見が寄せられるのはわかりますが、これでもう何度めの放送でしょう、確かにSNSなどでは、ストーカーや、恨みを持つものや人さらいが人探しをすることもありますが、私と兄との特徴はすでに、何度も検証されているはずです、兄に危害は加えませんから、たった一人の肉親なんだ、鑑定もしたじゃないか』


 確かに、その時以前の何度かの放送で番組は進行し、色々な目撃情報やら、問い合わせが集まりいよいよそれらしき人をみつけた。その人とまず、番組の担当者たちが合い、あらかじめ依頼者の特徴、家族構成、血液型、DNA鑑定などをしたうえで、見つかっていた人探しの対象である兄との特徴を調べると、兄と弟は本当によく似ていることがわかった。DNAの鑑定も肉親として判断された。


担当者『でも、あなたの地元では噂が多いんです、人さらい、行方不明者が多いから……』

依頼者『……』

担当者『わかりました、まず番組上で会ってみてください、その後、個人情報を教えたりその後どうするかは、あなた方にまかせます、お互いにいい大人なんですから』



 次に、ストーリー仕立てのドラマが流れる。依頼者と兄の過去だ。依頼者と、兄は幼いころ両親の離婚で生き別れになった。原因は、長年の不仲と母の浮気によってだ。兄は父と一緒になり別の場所へ移りすみ、母は地元に残った。その後、お互いの居場所さえもわからなくなった、この国じゃ、よくある話だ。その映像が流れたあと、目隠しをされた弟の前に、兄がとおされる。普通の会社員らしくスーツで、しっかりとした好青年で、衝立の向こうで、観客に挨拶をした。観客は涙を浮かべるものもいたが、あまりにもその二人が似ていたので驚嘆する人もいた。




 そうこうしているうちに、CM前にさしかかる。


 『いよいよ、対面の時間です』




 CM中、依頼者が目隠しをして、その正面についたてが建てられていた。それを隔てて、見つかった人探しの対象の兄がすわっていた。するとスタッフがやってきて、兄にも同じように目隠しをした。この町に詳しくない人がみれば、奇妙な光景だろう、なぜ、衝立を立ててもったいぶるのか、そういう演出なのかと、しかし目隠しは意味不明である。


 『兄さん』


 くぐもった、高い声で、しかし声色をつくったのをごまかしそびれたような、失敗した低い声も混じって、依頼者が声を発する。


 


司会者『だめですよ!!勝手に会話しては!!』


兄  『ん?兄さん?今男の声がしたよな、俺は“妹”と聞かされてきたんだ、妹なら生き別れになったが……あなたは誰だ?私には弟などいない?』


司会者『!?まさか、おい、担当者、お前、お兄さんにうそをついてつれてきたのか』


担当者『あ、いや、上からのどうしてもって命令で、視聴率のために仕方がないのだと、ホラ、このあとの映像で例のオカルトのうわさも検証できるから一石二鳥だと、オカルトマニアの間でもこの兄弟の話は話題で……視聴率がよくて』


司会者『お前、これは前代未聞だぞ、本当に“そう”だったら放送事故だ!!ストーカーや何かだったらな!!』 


 間に割って入る司会者、司会者と、担当者の間で口論が続けられた。その時だった。一部のスタジオの明かりが消えた。残る明かりは、依頼者と、その兄と衝立だけを照らしていた。観客席から悲鳴があがる。依頼者が暴れ、ついたてにはりついて兄に叫んだからだ。衝立は重く、その時は兄にたどりつくまえにスタッフたちが依頼者を取り押えた。


依頼者『兄さん!!兄さん!!!……』

 取り押さえられたまま叫ぶ依頼者。

兄  『私は、あなたなどしらない、もしや性転換でもしたのか?』

依頼者『私はお前……あなたのことをよくしっている、まるで、自分自身のように、だけど私は、この町からでられない、私たちは、この町からでられないんだ』


 そういって、今日の食事や、初めての恋人、今の住所まですべて言い当てた。


司会者『ストーカーか!?だからいっただろう!!この兄弟はまだ引き合わせるべきじゃなかった、依頼者の精神鑑定がまだだったじゃないか、それに嘘をいってつれてくるなんて!!きっと本当の兄弟なんかじゃないぞ!!DNA鑑定だって、何か工作をしたに違いないんだ、だいたいホラ、あの血走った目を見ろ!!』


 スタジオは騒然。スタッフが総がかりで舞台上にあがり、精いっぱい、依頼者を押さえつけて、スタジオのそとへひっぱりだそうとする。

 『くそう!!あと少しだったのに!!お前からあの町にもどってくれば、こんな“工夫”はせずにすんだのだ!!』

 無事、外へ引きずり出される依頼者、その間司会者は逃げ惑っていた。そして一瞬スタジオが静寂に包まれると、CMがあけ、放送休止の注釈画面が映り、CMにはいり、スタジオが整理され、情報を整理しつつ依頼者の兄に生放送で謝罪するという即席の案がだされ、またCMが明けようとしてた。



 『CM明けます、5秒前、4秒前』

 CMの間に、点検のため、明かりはいったんすべてけされ、また順序に照らされていった。カウントの前に明かりはすべてついた。

 『3、2』

 明かりで照らされた衝立の右側に、先ほどまで依頼者が座っていた椅子が残る、スタッフらしき恰好の人間が、その椅子の傍にたった。CM明け、カメラは、目隠しをしたままの泣き顔の兄をうつしていた。


   『スタート』

司会者『……』

 目の前の異常に、沈黙する司会者。なぜなら右側にスタッフが、深く帽子をかぶったまままるで出演者かのように座っていたからだった。そしてさらに、そのスタッフが発した言葉にスタジオが氷ついた。

  

 『兄さん、私は女よ』


 どこからか、依頼者が声色を変えて、叫んだのだと誰もがわかった、そしてその瞬間、咳についていたスタッフが帽子をとって、衝立の方に走った。混乱し、奇声があがる観客。帽子の中の人間は、兄に瓜二つの人間だった。そう、依頼者だったのだ。

兄『その声は、聞き覚えがある、お前か?ミーシャ、私の妹』

 その瞬間、兄は目隠しを自分でとった。

兄『??』


 スタジオのあちこちに目をやる、どこにも人影はなく、会場は氷ついたかのように静けさに包まれている。司会者をみても、自分のほうを、その後ろをじっと見ているだけ。まさか、とおもいつつ振り返る、すると、ついたてをやぶって、その穴から何者かがじっくりとこちらを睨め付けていた。自分とそっくり、瓜二つの人間の両目が。


依頼者『ははは、会いに来たぞ!!私はお前の分身だ!!お前をこの世界から“消す”のだ』


 観客の一人が叫んだ。

 『まさか、あの噂が本当だったの!?だから危険だといったのに!!“双子”をこの街で会わせるのは危険だったのだわ!!だって彼らは、あまりにもよく似ている、“あの噂の通り”に、あれが事実なら、“そっくりの人間同士をこの街で会わせるのは危険だったのよ!!”この“よく人が行方不明になる街”で』


 『……そうさ!!俺はお前の分身だ!!!マイケル!!お前もマイケル、俺の本名も、マイケルだ!!お前が10年前に犯した失敗のせいで、私の人生は、めちゃくちゃなんだ、だがお前のほうは偶然、いい人生を歩めているそうじゃないか、俺の人生をむちゃくちゃにしておいてな!!母親のほうについていけばよかったのに、父は“俺の世界”じゃ、酒におぼれて毎日問題を起こして、俺の人生をむちゃくちゃにしたんだ!!』




 そういって、依頼者は、兄との間の衝立をつきたおした。

 《バタン!!》

 兄の座っていた椅子をなぎたおし、兄にくみつくと、兄の目の前で、兄の顔をしっかりとつかんで彼と顔をみつめあう。しばらくそうするうちに兄の目が充血し、やがて震えだした。

司会者『なんだかわからんが、二人を引きはがせ!!これは、放送事故だぞ!!早く!!』

 次に依頼者が、兄の鼻先をなめた。そうした瞬間、依頼者の探していた“兄”はその場所からまるで霧のように、埃のように小さく細切れになり姿を消した。いや、消えたといったほうが正しい。歩くでもなく、連れ去られるでもなく存在そのものが、霧のように消失したのだった。スタジオには、うりふたつの弟と、唖然とする司会者だけが残された。




『ドッペルゲンガー』


 この町の人々はそう叫んだ。テレビを見ていたひとも、観客も、誰もがしっていた。この町ではよく人が行方不明になる。かつて、タイムマシンの実験場所として利用されたこの町。オカルトマニアはこういう、人々はこの町でドッペルゲンガーに会う事があり、それに出会い、目を合わせると、消えてしまうのだといわれている。タイムマシンの実験は失敗したが、一節には、実験によって時空にゆがみが生じて、別の宇宙の別の世界線の人間がこの街に流れ込み、この街の人間と入れ替わろうと、日々狙っているらしい。


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行方不明者の多い街。 ボウガ @yumieimaru

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