第7話 本当に嫌いなの?

 …――海猫さん、タバコが嫌いなように見えます。


「その手にもってるもの、捨てぇや。火をつけたら死ぬぞ、ワシが」


 そして、


 彼氏さんは、タバコを手に火をつけます。これ見よがしにもです。


「うるさいな、海猫。俺はタバコを吸うの。意味、分かるだろう?」


「分からん。てか、知りたくもない。小生くんもいるんだしさ……」


 タバコが大嫌いな女性と好きな男性。


 そういったカップルが同棲するとタバコを吸う人が、ベランダや玄関先などの外に出て吸うという形に収まる事がほとんどなのですが、彼氏さんは頑として部屋で吸っております。しかも、敢えて海猫さんに煙がかかるよう煙を吐いたりして……、


 横道な坊主な振る舞いをしています。


 まあ、でも、ある意味での、お二人さんだけには通じるものがあるのでしょうか?


 なんだか分かりませんが。


 ともかくタバコを吸って、


 彼氏さんは一言、こう言い放ちます。


「漫画家ってタバコ吸うやつ多いんだぞ、慣れろよ」


 と……。


 いやいや、それは偏見なのではないでしょうか? 吸わない漫画家さんもいます。


 小生、いくらか絵心があり、漫画家さんのアシスタントをした事があるのですが、ギャンブル漫画の先生はタバコを吸っていましたが、野球漫画の先生は吸わなかったからこそです。もちろん、アシスタント仲間でも吸う人と吸わない人がいました。


 ただし、


 少女漫画家さんの事情は知りません。


 が、女の方は吸わない人の方が大多数ではないでしょうか。多分。


「まあ、それは冗談だけどな、分かるだろう、海猫」


 と彼氏さん、気持ちよく煙を吐き出します、海猫さんに向かって。


「分からん。煙たい。だから小生くんも、いるんだよ、自重してよ」


 というか、漫画家さんよりも、お笑い芸人さんの方がタバコを吸う人が多いのではと思うのは偏見でしょうか。ともかく、そんな彼氏さんですから海猫さんは彼氏さんがタバコを吸い始めた途端、そそくさと空気清浄機のスイッチを入れました。


 普段、まったく使わないマシンを、これ見よがしにも起動させたのです。全力で。


 むしろ、


 空気清浄機は、この時の為だけに買ったのだといわぬがばかりに。


「タバコ、止めぇよ。肺に悪いでぇよ」


 なんて、一体、どこの方言か分からないような言葉を添えてです。


 その言い回し、なんだか、恥ずかしがっているようにも見えます。


「空気を変えよったって無駄だ。無駄」


 と彼氏さんは笑いながらも鼻から煙。


 そして、


 ズズズイッと海猫さんに近寄ります。


 口を尖らせてから煙で輪っかを作って、ポポポっと軽い音を立てて吐き出します。


 ほらほらほらぁ、と顔を近づけます。


「近いって。近いッ! てか、せめて空気清浄機の前で吸え。敢えてか? 敢えて煙がワシに来るようにってさ。やだやだ。……寝てる間に箱ごと燃やすぞ、タバコ」


「燃やしたら絶交だ。別れるぞ。いや、完成原稿を燃やした方が、お前には利くか」


 なんて言いながら笑い出す彼氏さん。


 鼻からゴジラのよう煙を吐き出して。


「てか、燃やしたら殺すぞ。ワシをね」


 Gペンを、ゆらゆらさせて、せせら笑う海猫さん。


「アハハ。死ぬのお前かよ。まあ、でも、そうか。完成原稿が、そんな事になったら間違いなく死ぬな、海猫はな。……でも、そんな事になったら俺も死ぬかもな」


「ストッピィ。止めろっちゅうのッ。聞きたくないわさ。背中がムズムズするから」


 その話、お終い。今日は無理だわさ。


 無理ッ!


 とッ!?


 咥えタバコな彼氏さんが、漫画を描き描きする海猫さんを後ろから抱きしめます。


「愛してる、お前が死んだら生きていけないからな」


 忘れるな、それだけはな。


 こっぱずかしいのか、……束縛を振りほどこうともがく海猫さん。


「うっさい、じゃ、タバコ、止めぇ。副流煙で自殺するぞ、ワシは」


 というか、小生、いるんですけど、どういう反応をすればいいのか、困りますよ。


 トホホ。


 彼氏さんって、こういうところあるんですよ。周りを気にしない的なアレですね。


 お二人さん、ジッと黙ったままで固まります。海猫さんは彼氏さんのホールドを解けませんし(……それとも敢えて解かないのか?)、彼氏さんに至っては目を閉じて海猫ボディを堪能しているようにも見えます。だから、小生、いるんですけど。


「だから小生くんがいるの。分かってよ。……あんたは本当に困ったちゃんだわさ」


 と……。


 彼氏さんのタバコが短くなったようで灰皿を求めて海猫さんを解放します。ゆるくなったホールドからカサカサと両手両足をワニワニさせて海猫さんが逃げ出します。彼氏さんも諦めたのか、遠くに置いてある灰皿へと移動します。ほっ、と小生。


 どうやらR指定は、なんとか回避できたようです。


 ここまで来ると、いくら小生とはいえど居心地が悪く、むしろ、お邪魔虫かとも。


 帰ろかななんて思ったりもして……。


「なあ、今夜、いいだろう? 海猫?」


「うっさい。やだ。タバコ、止めろッ」


「というか、お前、付き合う前に言ってたよな。男の人からするタバコのにおいっていいよねって。興奮するんだろう? 俺は忘れてないぞ。だから吸ってるんだよ」


「そんなの忘れろッ。でも、でも……」


 心なしか頬が赤くなっています。海猫さんのです。


 だから、小生がいるんですってッ!?


 てか、お二人さん、見つめ合ったあと、じろりと小生を睨みます。


 言葉にしないと分からないのか、と。


 ああ。そうですね。ごめんなさい。この場合、タバコの煙よりも、小生の存在こそが邪魔なわけですか。はい。気が利きませんでした。退散します。タバコに、そんな意味があったとは、と、小生は、そそくさと部屋を出ました。その後は……、


 知りませんよ。そんな事。知りたくもありません、プンプンです。


 よろしくやって下さいよ、本当にさ。


 てかっ。


 ああッ、タバコ、吸おう。


 ふう、落ち着く。本当に。


 一応、気を遣っていたんですからね。


 小生も。


 ケッ!!

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