第8話 才能とは、そういうもの

 …――海猫さん、その名が示す通り、海が好きです。


 漫画の次くらいに海が好きなようです。


 山派ではなく、海派な、海猫さん。もちろん、死体の山ではなくて血の海ですね。


 というか、この件、さる漫画で使われていたもので、


 決して小生が生み出したものではありません。なんとなくですが、ごめんなさい。


 兎に角、


 そういった洒落にならない冗談は、さておきですね。


 海猫さん、血の海ではなく、正真正銘の海が、お好きなんです。これも、さる漫画から引用で申し訳ないなのですが、自分の娘を男装させて俺と言わせている父親が言う、海が好きというくらいには好きなようです。分かりにくい? 済まぬ。


 ともかく、夏になると、毎年一回は海にGOな海猫さんであります。


 しかしながら、泳ぐのは好きではないようで海に着くと、ひたすら体を焼きます。


 ただし、寝転がらずにあぐらをかきつつ、こんがり。


 もちろん、言うまでもなく、みゃぁ、みゃぁ、鳴きながら飛んだりはしませんが。


 一応、海猫さんも人ですからね。まあ、一応ですが。


 というかです。……というかですのよ。


 おほっ。


 海猫さん、みゃぁ、みゃぁと鳴きつつ飛ぶよりも驚くべき事を海でやらかします。


 小生も、海行きへと同行した事があるのですが……、


 なんと!


 海猫さん、海で体を焼きながらも、さも当然とばかりに漫画を描き始めるのです。


 マジか。


 なんて始めは思っちゃいました。不覚にも、です。いやいや、普通の感性では、とても信じられない事ですからね。当然です。そうですね。ここからは小生が初めて海猫さん達の海行きへと同行した時の記憶を思い出しつつも話すとしましょうか。


 ある意味で恐いとも思える記憶を思い出しながらも。


 兎に角、


 海猫さん、海行きに前にして、目を輝かせてウキウキする、お子様のようでした。


 まあ、荷物が、少々、多いな、と小生が少しだけ違和感を感じたのをよそにです。


 そして、


 海に着いた途端、いきなりバッと音を立てて原稿を取り出しました。


 無論、愛用のGペンもです。さもありなんと然とし。


 あれれ? なんて思った小生を置いてきぼりにです。


 その後、


 赤いパラソルを使い、原稿だけ日差しを避けて(……多分、紙が日焼けするのを防止しているのかと……、飽くまで多分ですが)、Gペンをゆらゆらと走らせ始めたわけです。まるで部屋で描いているのと、まったく変わりもないような感じで。


 無論、小さな机を砂浜に持ち込んで、インクと定規、消しゴムなどで完全武装で。


 なので、


 体を焼くとはいえ、寝転がらずに、どうしても、あぐらをかきつつになるのです。


 彼氏さんも、そんな海猫さんに慣れているのか、いつもの事だとばかりに普通に海を満喫し始めたりして。ただ、海猫さんの視線は、時折、厳しいものとなります。まあ、彼氏さんをチェックしているのでしょう。海には色んな誘惑が多いですから。


 ともかく海でさえ漫画を描く海猫さん。


 もはや漫画を描く為だけに生まれてきた女性とさえ言えるのではないでしょうか。


 いくらかの絵心があって漫画家のアシスタントをした事がある小生ですら、そういった努力ではどうにもならない才能のようなものには感服しております。無論、絵の技術という単体で見れば海猫さんよりも小生の方が卓越しているのですが……、


 そんなものは嵐の中に立てられた、ろうそくの炎のようなものです。


 吹けば直ぐに消えてしまう儚い夢のようなものです。


 海も好きだけども、それ以上に漫画を描く事が好き。


 だったらどうするか?


 簡単だよ。両方、やったらいいじゃん。


 といったところなんでしょうね。海猫さんの中では。


 もはや、


 無理だとか無謀だとか面倒くさいだとか、そういったものですら障害にならない。


 むしろ好きなものを二つ同時に体験できる、ラッキーだぜ、へぃッ!


 シリッ!


 なんて。


 と、創作には、そういった感性こそが、絵が上手いだとか、お話作りの巧さといったものなどよりも大切なんでなんでしょうね。そういった感性を持った海猫さんのような人が……、いつかなんでしょう。少なくとも小生は、そう思っています。


 それに。


 技術なんてものは続けていれば勝手に研ぎ澄まされていきますから。


 たとえ、今は死ぬほど漫画を描くのが下手くそな海猫さんとて……、


 いや、むしろ、そんな海猫さんだからこそ。ふむ。とても未来が楽しみなのです。


 だからこそ海猫さん、頑張れなわけなのであります。


 小生は。


 まあ、悔しさも少しだけあるので、密かにですがね。


「つうか、あの阿呆……、なんか綺麗な子の水着姿に鼻の下伸ばしてるしょ。殺す」


 てかッ!


 う、海猫さん、め、目が恐いですぞッ?


 彼氏さん、彼氏さんって、エマージェンシーですぞ。


 あわわ。


「100回、殺して、101回、死ぬぞ。あたしがね」


 アハッ!


 なんて、とても海猫さんらしい台詞が出たところで今回はお終いなのであります。


 その先の記憶は……、小生が、プチ記憶喪失になったとでもしておいて下さいな。


 そして、


 いつかいつか、きっと海猫さんも輝く時がくると信じて終わります。


 またッ!

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