第3話 黒くは、かくありき

 ×印が付いた所を筆ペンで塗り塗り、海猫さん。


 …――実は、小生には思うところがありまして。


 海猫さんの事、少しだけ、心配しておりまして。


 暢気で脳天気。その上、自己中な彼女なワケですが、それでも、と……。


 いやいや、そんなに難しい事ではないのですよ。


 おっと、


 今、丁度、ベタ塗りの作業が終わったようです。


「ううう。これって面白いのかな。分からん。でも誰かに聞くのも恐いし」


 原稿用紙の上端二辺を、つまみ、ペラリと己の漫画を俯瞰する海猫さん。


 おお、ちょうど良い独り言。


 つまり、この独り言のよう、海猫さんにも評価が必要だと思うわけです。


 ふむ。一般の方の意見です。


 とどのつまり、海猫さんの漫画をネットで発表したらどうかと思うのです。改めて確認するまでもありませんが、海猫さんが描く漫画が面白いから腕試しにネットで発表してみたらどうかといった話ではありません。まさに、その逆なのであります。


 いくら、図太く、しぶとい海猫さんとて一人の人間なのです。


 つまり、


 彼氏さんがいるとはいえ、それ以外、一人で誰にも評価されず、漫画を描き描きでは、いつか潰れてしまうのではないかと心配したワケです。あ、小生も海猫さんの漫画を読んで批評していますから、彼氏さんと合わせて二人には、なりますが……、


 それでも辛いのではと思うわけです。


 だからこそ、ネットで、いくらかでも評価されればモチベ維持に繋がるのではと思うわけです。もちろんソレは海猫さんの描く漫画次第の話とも言えますが、それでも、少しは褒められると思うのです。その少しが、彼女にとってはと思うわけです。


 そう思い立ちまして、小生、このほど、海猫さんにネットの存在を、それとなく。


 耳打ち。


 ただし、


「却下ッ」


 その一言で、バッサリ。


 Gペンを掲げ上げて、ゆらりゆらりと続けます。


「だって恐いもん。なにを言われるか分かんないもん。まだ編集さんに手厳しく言われる方が気持ちが楽ッス。だからネットは嫌。またの機会にって事で。バハハイ」


 筆ペンに持ち替えて、×印で目印が付いている黒く塗る箇所を塗り塗り。


「ベタ、ベタ、ベタ塗りの作業の好き。真っ黒くろすけのくろすけ。ベタは好きよ」


 鼻歌まじりで、色々、もはやと笑い飛ばしてベタ作業を進める海猫さん。


 ただし、


 顔も上げず、一切、目が合う事もなく小生の妙案は切り捨てられてしまいました。


 いや、切り捨てられたという事は妙案ではなかったとも言えます。少なくとも海猫さんにとって、ありがた迷惑だったようで。まあ、でも、お互い人間ですから、そういう事もあるでしょう。少しだけ哀しくはなりましたが、小生も大人ですから。


 なにも言わずに、そろそろと引き下がりました。


 心の中で、余計な事言ってしまい、ごめんなさいと、数回、繰り返して。


 しかし!


 事件は、それから数日後に起こりました。いや、怒りました。小生がね。


 ニヤニヤ、なんだか厭らしい顔つきの海猫さん。


 はい。もう分かりましたね。皆さん。ベタな展開です。ベタすぎますよ。


 心に墨を落としたよう真っ黒になるくらいにベタな展開ですわ。本当に。


「イイネ」


 と……。


 スマホを、いそいそと確認したあとタップ。たっぷりと幸福感を込めて。


 やりやがった、この海猫野郎。拳喰らわすぞッ?


 ああっ?


 小生が、あれだけ心配してネットを進めてやったのに。一刀両断で取り付く島もなく拒否したくせに。ちゃっかりやってやがる。ネット。しかも満喫してやがる。漫喫の個室に閉じ込めて断食100日の刑に処すぞ、100日後に死ぬ、海猫ってか。


「あ、小生くん、お疲ぅ~、ネットって楽しいね」


 アハハ。


 右手の平を晒し、ひらひらさせる暢気なる海猫野郎。小生との温度差がヤバいぞ?


 もう、こうなったら、その顔にベタを塗ってベタなオチの罪滅ぼしでもしろやッ。


 海猫ッ!


 以上、海猫野郎の現場から、でした。


 クソが。

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