第2章
第2章 01 (でもこれ少年漫画だよね? 女の私が読んでも良いのだろうか……)
平木灯夜は幼い頃――物心が付いたから年相応の情緒に欠けていた。冷静でおとなしい性格と言えばそれまでだが、感情があまり表に出ることも無かったため両親が心配した程であった。
また同時に体力と運動神経、ついでに身長にも恵まれなかったが理解力に優れ、同年代の他の子どもたちに比べ頭一つ抜きん出て頭が良かった。そのためか幼稚園でも小学校でも浮き続けていて、一人でいることが多い子どもであった。
そして灯夜も、そのことに関して何も感じていなかった。
(何だろ、この感じ……)
小学4年生のある日、ある時のこと。ふと、今まで感じたことの無い感覚が突然生じた。胸の中、何処かがぽっかりとしているような、自分でもよくわからない感覚。
(気持ち悪い……。わからないことが、気持ち悪い……)
国語、算数、理科、社会、家庭科、図工――。体育は別として授業で教わること以外、つまりは日常生活に於いて、頭を使えば困ることなんて何一つ無かった。
「でさー、やっぱ――ってカッケーよな!」
「いや、――の方がカッコイイだろ絶対」
そんな灯夜に、クラスメイトの男子2人の会話が聞こえてくる。
(漫画……か)
髪色、外見、現象、世界、他にも――。その殆どが非現実的で受け入れられず、漫画には興味が持てない。
(…………ん?)
その時灯夜の脳裏にとある考えが浮かび、そして決心した。
(今度の日曜日、本屋に行ってみよう)
(……圧巻だ)
その日曜日。一人本屋にやって来た灯夜は、生まれて一度も見向きをしたことの無かった漫画コーナーへと足を運んだ。棚には様々な漫画がズラッと並んでいて、棚の下の平台にも漫画が隙間無く積まれている光景に思わず圧倒されてしまう。
(こうも色々あると逆に……。あ、これかな? あの2人が話してた漫画)
この前、教室で男子たちが話題にしていた漫画の1巻を手に取ってみる。
(でもこれ少年漫画だよね? 女の私が読んでも良いのだろうか……)
「いらっしゃいませー」
「わっ!?」
灯夜が考え事をしていた、その後ろから聞こえた店員の挨拶に不意を突かれ思わず驚いてしまう。振り向くとそこには若い男性の店員がいた。
「あっ、驚かせちゃったらごめんね?」
「いえ、大丈夫です」
その店員の謝る声と態度に話しやすさを何処と無く感じ、灯夜は意を決して尋ねてみる。
「……あの、すみません」
「はい」
「変なことお訊きするんですけど、こう言う少年漫画ってやっぱりその、男の子が買う物だったりするんですか?」
「そんなこと無いよ。大人の女性でも普通に少年漫画を買ってくれるし、それに比べると少ないけど逆に男の人が少女漫画を買うこともあるから」
「えっ、そうなんですか?」
「そう。だから君が手に持ってるその漫画を買っても、何も恥ずかしいことなんて無いよ」
「そうなんだ……。有難うございます。ちょっと考えます」
「どう致しまして。ごゆっくりどうぞー」
店員がそう言い残して灯夜から離れて行った。
「……………………」
自分にとって知りもしなかった分野の知識を得た、その新鮮さは一種の刺激となった。
(漫画から得られるものって、もしかしてある……?)
そしてこれが灯夜が漫画に興味を示し始める切っ掛けであり、瞬間だった。
(じゃあ1巻だけ。……少女漫画も見てみよう)
すぐ近くの少女漫画コーナーも、少年漫画とはまた違った雰囲気の漫画が所狭しと並んでいた。
(おお……)
しかし怯むのも数秒、その少女漫画の数々を見て廻る。
(あ、この絵好きかも)
シュリンクが施されており中を開くことが出来ないため、作品の前情報が無い灯夜は表紙のカバーでしか漫画を判別出来ない。しかし偶然見つけたその漫画には、何処か惹かれるものを感じた。
「『
気弱そうな顔をした女の子がいて、その両手にはデフォルメになった彼女が天使と悪魔の格好をしているパペットをはめている。その拍子とタイトルの意味の脈絡が掴めない。わからない。
(あ……れ……?)
自分にとってわからないことは気持ち悪い。嫌い。そう思っていたのに今、不思議とそんな嫌悪感は感じていないことに気付く。
(……気になる。これも1巻だけ……)
「2冊で820円になります」
「これでお願いします」
「はい、1020円お預かりします。…………では200円のお返しです。有難うございます、またお越し下さい」
レジにて会計を済ませると、灯夜は買った漫画2冊の入った茶色の紙袋を抱えて本屋を出た。
(漫画……買っちゃった)
漫画を買うことなんて小学生にとっては何てこと無いのかもしれない。しかし灯夜にとっては、やはり違った。
(……早く読んでみたいな。あ、でもお母さんにバレないようにしなきゃ)
それは恐らく、親が漫画に対して否定的であったからと言うのも理由の1つなのかもしれない。決して悪いことはしていないのに、しているようなスリルを感じながら灯夜は家へと向かった。
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