第1章 20 「…………起きよう。今日は大切な日だ」
生まれ持ったものを持っている。それだけで何もしていないのに怖がられ、時には泣かれてしまう。
(泣きたいのはこっちの方だ)
こう思わなかった日は何時からだったか。無い。ただ同じように皆と仲良くなりたい、それだけだった。最初は親に泣きついた。辛いことも打ち明けた。簡単に解決出来る問題ではなかったが、幼い彼はすぐに何とかなると思っていた。
やがて両親に対して、彼の5歳の
それからどのくらいかの月日が経ち、7月に差し掛かった頃。
「良い? 今から大事な話をするから、よーく聞いてて?」
「お母さんと話をしたんだ。あのな――」
少年の両親が彼に、とある話をした。それを聞いた彼の中では、少しの希望と、大きな――
「――はぁ、はぁ……。あー…………」
上半身を起こした道瑠は苦しそうに息を切らす。それは最悪な起床だった。
「またあの夢か……」
心待ちにしていた日曜日は、何度見たかもわからない悪夢から始まった。
「…………起きよう。今日は大切な日だ」
「おはよう」
リビングには母親の
「おはよう。疲れた顔してるけど大丈夫?」
「大丈夫。ちょっと悪い夢を見ちゃっただけだから。いただきます」
魅奏が道瑠の顔を見て心配するが、道瑠は何ともないように振る舞う。そしてそのまま、用意されていた朝食を食べ始める。
「そりゃあ朝からしんどいな。そんな中悪い、食べながらで良いからちょっといいか?」
巳代雄がタイピングの手を止め、道瑠に話し掛ける。
「うん。どうしたの?」
「いやぁ……正直どんな顔してお願いすれば良いのかもわからんけどさ、すまない。次の新作、道瑠にも出てもらえないだろうか?」
「えっ……?」
巳代雄が道瑠にお願いしたのは、巳代雄が長年座長を務めている社会人演劇グループ『かいづか』の新しい脚本の公演に、道瑠も役者として出て欲しいという内容だった。
「今その台本を書いてる最中なんだが、道瑠くらいの歳の役が欲しいんだ。俺みたいなおじさんおばさんには流石に若さまでは作れんくてな」
「だったら何でまたそんな台本を……」
それに対する道瑠の反応は渋い。
「夢……と言うか、延長戦と言うか……。えーとだな。その……」
「もうお父さん。私には何の躊躇いも無く言えたのにどうして道瑠には言えないの」
言葉を詰まらせ、道瑠の質問に答えられない巳代雄を見兼ねて、魅奏が話に割って入る。
「あのね、道瑠。お父さん、次の公演でかいづかを解散させようと思ってるのよ。メンバー全員で話し合った結果ね」
「あ、ああ……ここからは俺が話すよ、母さん」
魅奏の助け舟に助けられた巳代雄は腹を決め、話を続けた。
「ん………………んえっ!?」
同時刻。一瞬身体をビクつかせて目覚めたあるては寝落ちをしてしまっていた。電気と暖房は消されており、親のどちらかがやってくれたのだろうと察した。
「あー、やっちゃったか……」
風呂に入り損ねた身体に若干の不快感を覚える。スマートフォンとタブレットの充電も少ないままで、雑に寝てしまったため疲れもそれほど取れていない。
「最悪だ……。でも仕方ない、取り敢えずシャワー浴びるか……」
そんな自分をあるては軽く責めるがすぐに気を切り替えて、スマートフォンとタブレットを充電させるとのそのそと部屋を後にした。
階段を降りてリビングに行くと、顕子がテレビを見て
「おはよ。電気と暖房有難う」
「ん? あーそりゃ多分父さんだね。しっかしまあ最近寝落ちかましてくれるねぇ。アンタの分まで電気代を払ううちらの身にもなって欲しいもんだ。アンタからも徴収しないといけないかねえ……」
「ごめんって。いやホントに」
朝からブレない顕子。あるてもあるてで本当は徴収する気が無いのはわかり切っていたが、謝らないといけない気持ちになった。
「ま、いいよいいよ。お風呂まだなんでしょ? ほら、先朝ご飯にするかシャワーにするか、どっちか選びな」
「それとも……?」
「ん、それとも? あー、じゃあ……あたしがどっちも介助するか。良いんだね?」
「ジ、ジブンデヤリマスゥ……」
更なる顕子の絶好調っぷりに屈したあるては棒読みで言葉の白旗を上げ、朝食の前にシャワーを選んだ。
(気を引き締めないと。今日は大切な日だ……)
準備をしながら、あるては心の中でこう思った。
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