⑤2003年8月
2003年8月
学校の長期休暇は、俺に対戦に没頭するだけの時間を与え、負けるたびに蓄積される嫉妬と憎悪は、俺に折れることのない活力を与えた。
俺は毎日狂ったようにゲームをした。睡眠時間を奪うコンビニのバイトは辞めた。一ヶ月程度ならどうにかなるぐらいの貯金があったからだ。むしろ、勝てない状態で一ヶ月過ごすほうが、どうにかなってしまいそうな気すらした。
起きてすぐに、地元駅のゲーセンでトレーニング(連続技の精度を上げたり、状況別の対空技を試したり、勝負の前にやれることは山ほどある)をした。昼飯を食ってからは、トレーニングで得た情報と照らし合わせて一日の目標と課題を立てた。ゲーセンが流行る夕方から深夜までは、ずっとゲーセンで対戦をした。終電で帰ってからはその日の対戦の反省をした。ついには対戦の夢を見るようになった。
たとえば、そいつの、そのゲームに対する愛情。
あるいは、そいつが、その日その場所に立つ理由と意味。
そういったもの全てが分かち合えるほど、勝負や駆け引きは甘くない。
負けて頭が熱くなってる時は、和泉からもらったノートを読むことにした。読み方にコツや法則があるようでいて全く法則がないから、解読に時間がかかって落ち着くことができる。まぁ狙ってやっていることではないだろうから、少しムカつきつつ、和泉に感謝した。
『結局、全ては作業だと言える。どんなに難しい連続技も、どんなに素早い反応も、全て誰にでもできる作業。だから諦めるな』
ひねくれ過ぎて前向きな文字が、力強く表紙の裏に書かれている。
俺も、ノートの一番後ろの空いてるページから新たに対戦反省文を書き込むことにした。少し小さい字で丁寧に、書く。誰が読んでもわかるようなわかりやすさで。
感覚で誤魔化していた認識を、正確な日本語に翻訳する作業は思ったよりも効果があった。認識を曖昧にしないで済む。
しかし、トレーニングや実戦を繰り返すたびに思う。
俺が持つモチベーションや、成長の速度。
俺が試行錯誤の末に辿り着いた、今。
だが、腐るほどいる上級者にとってはそれさえもすでに通過した一点に過ぎない。
全てが作業なら、その作業を五年前からやっている人間に勝つにはどうすればいい? 今、存在する上級者たちが俺と同じ速さで走っていたとしたら、どうやって追いつけばいい?
もちろん、駆け引き上、裏の裏は表といった具合に正解になる場合もある。だが、軽いジャブを出したところに機関銃でカウンターをもらうような、そんな結果になることも日常茶飯事だ。
『だから一番やんなるのはよ』
『愚痴はいいってば』
『まぁ聞けって。半分はおまえのせいなんだし。一番やんなるのは、俺がボロ負けしながらやっと掴んだ勝利への鍵ってか「いぇー。やっぱ俺、天才!」とか思ったようなコツや間合いの取り方とか、すげー考え抜いた選択肢をよ、「どうよ」って感じでおまえに話すと「あーまぁ大体合ってるね」とか「それよりこっちのほうが……」とかって言われて、しかもおまえのほうが正しい時なんですよ』
『はぁ』
『なんつーの。人生とは? 生きる意味とは? とか考えてる旅人が、人生に客観的な目標や目的がないことを認めつつ、何かの価値観を持ってそれによって幸福を得ることは、つまりその価値観に狂うことと同義だってことからも目を背けず、理屈抜きに生きたいと思う生命体としてのシステムに腹を立てて、何周も何周も同じトコぐるぐる回った結果、好きなこと見つけてみるのもいいかな、とか、すごく後ろ向きだけどギリギリ前向いたりして、夕日なんか見て諦めと悟りが入り混じったような顔してる時に、後ろからOLがナンバーワンよりオンリーワン、とか歌ってる声が聞こえてきちゃったような、そんな感じって言えばわかるか』
『そこまで言わなくてもわかるし、OLも色々大変なんだと僕は思うけど。というより、僕、OL役? 確かに普段から最短距離を心がけて走ってるけど、さすがにショートカットしすぎじゃない? むしろその喩え話で行くと、自分の目で見ないと信じられないなんていう旅人のスタイルは、OLの速度に対応できなくて当たり前だよね。少なく見積もっても、想像力で負けてるのは確かだし』
こうやって、気晴らしの会話に和泉が付き合ってくれるのは本当に助かる。毎日ゲーセンに通い、いつもゲームのことを考えて、毎晩和泉にアドバイスをもらう。ゲームから離れられるのは和泉が雑談に付き合ってくれる時だけだ。正直、そんな生活に少し疲れていたが、辞めようとは思わなかった。
意味のない負け方をしてしまって自分の成長を疑ってしまう時、何度も見るページがある。和泉も何度も見たんだろう。ページの端がヨレヨレになっている。
『個人差の激しい成長速度。それを才能と呼ぶ人もいる。だが、俺はこれにも技術介入の余地はあると思う。ジャンプしたら落とされた場合と、相手の牽制を読んでジャンプしたが冷静に対処されてしまった場合。現象としては同じでも、その意味や成長速度には明らかな差が出る。自分の動きに、一挙手一投足に意味を持たせろ。相手が何気なく出したように見える技の意味を考えるんだ』
コーヒーの沁みの横、一際大きく、四角で括ってその言葉は書いてあった。
足りない頭で死ぬほど考えても、睡眠時間を削って練習しても、決してなくなることはないミスと敗北に、筐体を叩きそうになったこともある。筐体を叩いて勝てるならそれほど楽なことはない、と言い聞かせながら、ノートのヘタな文字を思い出す。
『どんな負け試合でも、必ずその局面での正解を考えておけ。それが次に繋がる敗北になる』
全てがうまくいき、思うがままに相手を蹂躙し勝利を得る。そんな時は嬉しさを感じるより先にこの言葉を思い浮かべた。
『どんな勝ち試合でも、常に次の課題を考えろ。次の相手が、自分より弱い保証はどこにもない』
数え切れないほどの敗北と勝利を毎日積み重ね、ノートに書く反省文に、新しい発見がなくなってきた頃、季節は秋になっていた。
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