②2003年5月

2003年5月


 最近、明け方に寝る癖がついて、昼夜が逆転した生活になっている。

 原因はわかっている。

 一人の友人ができたせいだ。

『いい加減、もう寝たいんだけどダメ?』

 その友人、和泉が俺に訊ねた。さっきからこの要求ばかりだ。

『ダメ。もうちょっと訊きたいことがある。……思い出せないから少し待て』

『無理だから。寝るから。勝手に送っといて』

 そう言うと、和泉は一方的にオフラインになった。

 俺は、質問を彼のメッセンジャーに箇条書きにして送ると、パソコンの電源を落とした。

 安アパートの壁が、隣の部屋から目覚ましの音を通した。また今日も寝不足になったことを少し後悔しながら、固いベッドに横たわる。

 対戦ゲーマーってのは不便なもので、出会う人間が全て敵だったりする。だから、俺は話しかけない。何となく気付いた奴もいるだろうが、俺は友達が少ない。というか、ほとんどいない。

 共通の趣味を持っていても話しかけられないってのはちょっと残念だ。でも、どうせなら口もきかず、目も合わさないぐらいの態度で殺しあったほうが楽しい、と俺は思っている。

 もっともこんな俺の考え方はやっぱり異端で、ノスケみたいに誰とでも仲良くする例もあるし、関東の有名人たちは皆さん仲良しこよしでございまして、俺は憤懣やるかたない毎日だが。

 ただ、俺のスタイルには致命的な問題があった。

 当たり前の話だけど、一人でやるのは効率が悪い。

 その原因を敢えて抽象的に言うならば、目に見えるものは結果しかない、ということに尽きるだろう。画面を見るだけで得られる情報以外は、推測に頼るしかない。

 たとえば対戦の最中、連続技が決まっている場面。何故その技が当たったのか、またその技を使ったのはどうしてか、分析するには細かいフレーム計算や画面上での距離も参考にはなるだろう。

 だが、結局最後にはプレイヤーの意志が関わってくる。

 チャンスの場面でのみダメージをとっているわけでもないし、反対にダメージを与えられる状況でミスしてしまうことだって山ほどある。一番手っ取り早いのは対戦相手に「なんでガードしなかったの?」とか、「なんであそこで割り込んだの?」なんて聞くことなんだが、俺はそれがしたくなかった。

 上京して一年。そんな問題を抱えて、対戦ゲーマーとしての俺は伸び悩みを感じていた。そんな頃だ、和泉と出会ったのは。

 ゴールデンウィーク中の大会の一週間前だから、四月の終わりぐらいか。

 俺はいつものように新宿のゲーセン【ワールド】に行っていた。

 雑誌主宰の全国大会を控えて、東京最大のゲームセンター【ワールド】の中は熱気がこもり、大会のために関東に殴りこんできている遠征者の姿も、ちらほらと見かけた。和泉も関西から来た遠征者の一人で、やたらと勝ち星を稼いでいた。

 大抵、ゲーマーなんてのは暇な大学生かフリーター、気合の入った高校生ぐらいで、金がなくてピーピーしてるのが現実だから、普通は事前に連絡をつけて、決勝大会の会場付近の関東のプレイヤーの家に泊めてもらったりする。大会って言っても、宿代や電車代が出版社から出るわけじゃあないんだ。

 だから地方の無名人はそれだけで不利。しかも、首都圏の有名人様はわざわざ地方予選に遠征して予選通過切符を取ってくるありさまだ。宿やアシの確保の問題で、掲示板はお世辞の言い合いになることも珍しくない。極端な言い方になるが、地方最強の奴でさえ有名になるためには関東の有名人と仲良くなるしかない、といったお寒い状態だ。俺はそれが大嫌いだったから、有名人様にはすべからく敵対心を持っていた。

 対戦の合間に大勢の有名人に挨拶されている和泉を見て、こんな奴には絶対負けたくない、と思いながら挑んでいた俺だったが、ほとんど相手になってなかった。

 予選も通らなかった俺と、ほぼ関西最強の和泉とでは、その時はそれほどの実力差があった。悔しくて情けなくてグログロになって、まったく筋違いだけど殺気も出ていたと思う。

 でもその夜、俺は衝撃を受けることになる。

 閉店後、大勢の有名人に囲まれていた和泉が、ゲーセンから歩いて五分の公園のベンチで横になるとは思いもしなかったからだ。

 そして、次の日の早朝。ゲーセンのトイレで服を着替えて出てきた彼を見かけた俺は、自分でも気付かないうちに声をかけていた。

『遠征のお客様じゃなく、一人の対戦人として見てもらうためにね』

 少し照れながらそう答えた和泉は、すぐに対戦へと戻っていった。

 それでも四日目、五日目と大会が近づくに連れて、和泉の疲れは溜まっていった。金を使ってカプセルホテルに泊まった日もあったらしいが、大丈夫だから、と俺に答える声には疲労の色が濃かった。

 大会の前日も当たり前のような顔で和泉は公園のベンチに寝転がり、それを見てしまった俺は彼を家に誘った。

 俺の根負けってことなんだろう。

 その日以来、俺と和泉の友情は続いている。……と言っても、まだ一ヶ月程度ってところだが。

 和泉が、関西のプレイヤーってことは俺に都合がよかった。

 彼を通じて誰かと馴れ合ってしまうってこともなかったし、何より対戦に関わる知識は、俺より明らかに豊富だった。

 これは後から知ったんだが、なんとあの高城の作ったファイトクラブの団長らしい。馴れ合いすぎて一番嫌いな団体だ、って言ってやったら、僕もそう思うってレスを返してきた。

 立場は違えど、和泉も俺と同じタイプのバカなんだろう。

 俺にとっては優秀な格ゲーの家庭教師ができたようなもんだ。いや、新手の通信教育か?

 今のところ、寝不足とバイトの遅刻以外は問題ない。



『なぁ、この前おまえが置いてったノートだけどよ。役には立つんだが、もう少し字、なんとかならねぇの? っつーより、左から読むか右から読むかぐらいは決めとけよ。人格疑うぜ。まったく』

 俺の発言に、ほとんど間髪入れず和泉からレスがきた。

『うるさいから。僕のせいじゃないしね』

『いや、マジな話、字ぐらい練習しようぜ? おまえラブレターとか書いたことねぇだろ?』

『ラブレターって回し読みされちゃうから。リスクが高すぎて期待値が合わないでしょ』

『おまえ、そんな経験あんの? 悲惨だな。おい』

『いや、ないから。予想つくから。それぐらい』

『なんにしても字、きっちり書けよ。解読するのしんどすぎるぞ。しかも途中でわけわからん図解して、さらにわけわからなくなってるし』

『うるさいって。文句ばっか言うなら返して』

『嘘です。字キレイです。図解最高です。ラブレター回し読みしますから許してください』

 メールのように金もかからずタイピングも簡単なメッセンジャーってのは、その便利さからどうしても雑談が多くなってしまう。軽口が俺の癖だとは言え、少々やりすぎた。

 俺は少し反省すると、本題をタイプし始めた。

『それよりも最近、有名人たちがサブキャラしか使ってくれないんだけど、どうよ? 格下相手にメインキャラ使って負けられないってのはわかる。でも、ゲームやってる動機が、俺と同じように最強を目指すとかそんなのだったら、そもそもそんな意識が発生すること自体がおかしい。対面に座る相手が格下だろうが格上だろうが、関係ないはずじゃないのか?』

 そう。最近【ワールド】で有名人が、俺との勝負を明らかに避けている。たまに、有名人同士でメインを使っているところに乱入するぐらいしか、俺には戦う術がない。

 しかも、乱入してくる舐めたサブキャラにすら勝てないのだから、俺の苛立ちは相当なものだった。

『ああ。甲田さんたちはそうかもね。関東だと……Gさんあたりなんかが、メイン以外使わないみたいだけど?』

『G? ああ。あのラテン系っぽい顔の奴か。前、どっかの大会で見たな。どこのゲーセンにいつ来るかわかる?』

『確か横浜のはず』

『あほか。横浜と東京って県からして違いますよ。日本地図、頭に入ってますか? これだから関西の田舎モンは……』

『ノート』

『ごめんなちい』

『ま、大変だとは思うけどさ、がんばってメイン引きずりだしてやっつけてね』

『ああ。わかってんよ。でも、こういうのってどうなのかね。まず、強くないとダメってのは。そりゃ格ゲー人口も減るっつうの』

『そうだね。身内を大事にする気持ちが、なぜかそのまま排他に繋がってるね。そんなことしなくても、他にやり方はあると思うんだけどね』

『居場所を得たオタクほど、うざいもんはねぇっつのな。あいつら調子こき過ぎ! ファイトクラブ団長としては、どうよ?』

『もうちょっと相手を思いやればいいのになって思うけどね。麻雀業界なんかは、客のマナーに店が介入したりするけど、ルール違反でもない範囲にまで適用するのはいき過ぎだとも思うし。マナーなんてのは、個人の裁量に任せるのが僕の好みだけど、ゲームの場合、相手が人間であることを忘れたりしちゃう場面とかあるんだろうね』

『ま、その辺のしつけ頼むぜ、団長さん。っとそろそろバイト。行ってきまっす』



『あー。ダメだ。ダメ。Gの使ってるジャイアント。なんだあのウンコキャラ。リーチが長すぎて近づけねぇわ、攻撃力クソ高ぇわ、勝てる気しねぇぞ。対策くれ対策』

『昨日の今日で行ったんだ、横浜』

『ああ。それより対策だ対策』

『トシのキャラは?』

『ブルース・リー』

『……功夫マスターね』

 俺はホントはトラヴィスが使いたかったんだけど、今のところゲームにトラヴィスっぽいキャラはいない。まぁ、ガリガリの体に隠しナイフ、拳銃なんて戦闘スタイルは、ゲームにしにくいんだろうな。モヒカンのキャラはいるんだけど、何故かデブしかいないので、却下。

『んで、帰りの電車で考えたんだが、リーチと攻撃力で負けてるから手数で勝つって考え方が間違いだったのかな』

『うん。それ、最悪。デカイ相手には、空振りさせてから攻めるのが基本。相手の空振りに反撃をきっちりいれられるようになると、長いリーチも黙らせられる』

『黙らせたところでやっと接近戦で手数で圧倒ってカンジか』

『攻撃力差に関しては、接近戦での駆け引き一回の単価を上げる様に煮詰めると互角近くまでいくんじゃないかな』

『なるほど。その辺りの煮詰め方がヌルいのが問題か。ま、頑張りまっす』

『あ、あと近距離戦での注意。功夫マスターの体崩しって、相手の肩に手置いてぐるっと縦に逆立ち回転して、背後を取るモーションでしょ? あのタイプだと背高いキャラに決めると、間合いが離れちゃって連続技にいけない。具体的にはジャイアントと空手家だね。足払いの先端ぐらいしか当たらないから、体崩しは使わなくていいよ』

 体崩しは、投げ技と同様に相手のガードを崩す効果がある。体崩しの場合は崩した後に連続技が狙え、ダメージ効率は投げ技よりも良い。

 ほんの少しだけ体崩しのほうが発生が遅いから、ダメージ重視の体崩し、ローリスク・ローリターンの投げ技、とガードを崩す場合でも使い分けが要る。

『なんだそれ、使い分けいらねーじゃん。足払いでダウンとってもダメージ安いし』

『うん。投げ技しか使わなくていいね。でも、体崩しの後、意表をついてステップシュートとか』

『あほか。足払いと違って確定しないやんけ。あーでも、打撃と体崩しの二択が片手落ちになるのか。俺のキャラのウリがなくなるな』

 打撃が当たったら連続技。体崩しが決まっても連続技。俺のキャラが強キャラだと言われる所以だ。接近戦で真価を発揮する。「おまえ連続技しかやってないやんけ!」と怒られることもある。同じキャラ使う奴と対戦すると、俺も相手に怒る。幸せなキャラだ。大好き。

『うん。それもあってキャラ相性的には大体互角。ジャイアントはほとんどの攻撃が遅いから、「見てから」対応することを心がければ、遠距離戦はトシのキャラが有利だけど、攻撃力差で一発が怖い。技の回転がモノを言う接近戦では、トシのほうが有利に見えるけど、体崩しの欠点を踏まえるとやっぱり互角くらいかなーって。ジャイアントとの戦いは反応速度の見せ所だね。意識配分と反応速度についてのページをよく読んでおくこと』

『あー……そのページ読めないんだけど。矢印が交差しまくって、どれが何指してるのかわからん。色ペン使うとか、そういう機転がなかったのかと問い詰めたい』

『うん。あのページにはコツがあってね』

『あ、今からバイトだ。悪いけど、読み方のコツはメッセに送っといて』

『今日もバイトなんだ。疲れてない? 出来る事なら一日くらい代わってあげたいね。三千円くらいで』

『ばっか。おめぇ、そこらの男に務まる仕事じゃねぇよ』

『深夜コンビニってめちゃくちゃ暇だって聞くけど?』

『無為な時間を孤独に戦うその姿は、まさに現代の戦士!』

『……じゃ、メッセ送っとくから。行ってらっしゃい』

『おう』

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