”悪意”が眠る場所
世界のどこかにあると言われるその場所。深山幽谷のその地は「始まりの場所」と称され、数多くの者が想いを馳せた。その地を探す為己の人生を全て捧げ、あえなく散っていった者も、「御伽話」だと一笑に付した者も、皆口を揃えてその場所を「聖地」と呼称し讃えた。
🍀「でも私は知っている。「あの地」は決して桃源郷や極楽浄土のような理想郷ではない。「あの地」に眠るのは恐ろしい悪意なのだから」
―――――
遥か昔、1人の偉大な武闘家がいた。
その武闘家は己を更なる高みに至らしめるための力を求め、技の修行・研究にのみ時間を費やした。近寄りがたいオーラを醸し出す彼に対し、周囲の者達は遠巻きに畏敬の念を抱くほかなかった。
ある時、武闘家は1つの結論に至った。
「先人が編み出した武術に囚われているようでは、武を極めることなど夢のまた夢である」
彼は一念発起し、世界中を回ることにした。気ままに放浪しつつ、様々な地で生まれた武術を学び、己の糧とすることが目的の旅。彼は密かに心躍らせていた。
「自分が何故力を欲するか」など、全く考えることなく...
彼は各地を回り会得した術を昇華させ、己だけのものとした。そのようなことを続けるうち、彼は武の極みへと着実に近づいていく一方で、各地で彼の伝説が生まれ、語り継がれた。
旅を始めて数年後、彼はとある集落に身を置いていた。武を極めんとする彼に心打たれ、その集落の長と若い男数人が彼を禁足地帯へと導いた。
「これから向かう地には、武神の祭壇がございます。余所者を入れてはならないという掟はありますが、貴公ほどの武闘家であれば、神も礼拝をお赦しになるでしょう」
長はその立派な髭を触りながらそう言った。どうやら集落でも限られた人間しか足を踏み入れることが叶わない場所へと向かっているらしい。
一行が目指した祭壇は、草木が鬱蒼と茂る森の中にあった。しかし祭壇の周辺には草木が生えておらず、磨かれた石で造られたそれは日の光に照らされ輝いていた。
「こちらが祭壇です。どうぞごゆっくり」
長は恭しくそう言い、若い男達とともにその場を去った。
(この地に、私が求めたものが...)
人並みの信仰心を持ち合わせていた彼は、祭壇の前で手を合わせ、目を閉じて祈った。祈りを終え、彼が目を開けようとしたその時、
大気を切り裂くような羽音が、その地に響いた。
「武の神髄を夢見る男よ、答えよ。汝、何を以て高みと為す?」
武闘家の目の前には、3mをゆうに超える巨鳥が佇んでいた。羽毛が木漏れ日に照らされ、より神々しさが増している。
(...神獣の類か? 試練というわけか...)
彼は巨鳥の問に対する答えを持ち合わせてはいなかった。それを悟ったのだろう。巨鳥はおもむろに口を開いた。
「...まあ、答えられなくてもよい。汝が追い求めるものは、我と共に探せばよいのだから」
武闘家の答えがどのようなものであっても、巨鳥は祭壇へ足を踏み入れることを許された者を拒絶するつもりなど、毛頭なかったのだ。
それから更に長きに渡る修行の日々を乗り越え、武闘家は故郷に凱旋した。しかし、彼を待っていたのは激励などではなかった...
「あれぇ? まだ生き残りがいたんだ~」
彼を待っていたのは、この世のものとは到底信じられないほどの禍々しさをもつ異形の化け物と、それによって精神を掌握された同郷の者達だった。
(...! 何だこの化け物は!? このようなもの、この世に存在してはならない!)
全身が粟立ち、本能が死を察知し危険信号を発する。しかし、
(...何のための修行だったのだ... 何のために力をつけた...)
己の力を誇示するため? 違う。
地位や名誉のため? 違う。
武闘家が誰よりも貪欲に強さを求めた理由、それは皆を守るに足る力を欲したからだ。
(...私は必ず、皆を救う!)
「...何か考えてる顔だねぇ。もしかして、コイツらを助ける方法でも考えてるのかな? だとしたら無駄だよぉ、ボクに精神を乗っ取られた者は、殺すまで止まらないからさぁ!」
化け物は恐ろしい笑みを浮かべ、彼を嘲笑うようにそう言った。
「...残念ながら、其奴が言うことは真だ。こうなってしまっては手遅れ、その者達を救う術は無い」
武闘家の背後にいた巨鳥は、無情な現実を彼に突き付けた。
(...私は誰も救えない、のか... ならば力など要らなかった... 私は、何と浅はかだったのだ...)
彼は強さを求めるがあまり、周囲を顧みず振る舞うことも多かった。しかし、同郷の者達に対する情の一切が欠落していたわけではなかった。力を持ちながら、何も成せなかったことを悔やみ、同時に己の愚かさを自戒するも状況が好転するわけではない。だから彼は覚悟を決めた。
「...汝はどうする?」
「...これ以上被害を広げるわけにはいかない! 此処に奴の墓標を立てる!」
それは己の持つ全てを賭して戦う覚悟。
「...面白くない冗談だなぁ」
化け物はそんな彼の覚悟を鼻で笑った。
戦いは三日三晩続いた。その中で、同郷の者達に手をかけることを強いられた武闘家の胸中は計り知れない。
結論から言うと、彼の持つ全てを賭しても、それを倒す事は叶わなかった。しかし、それを封印することはできた。それによって更地にされた彼の故郷に。
以降、武闘家は後進の育成に力を入れた。己の武を絶やさぬため、そしていつかあの化け物を討ち取ることのできる力をもつ者を育てるために。世を救った英雄として語り継がれることは無かったが、弟子達は皆偉大な武闘家となり、彼の偉大さを後世に伝えた。
もう一つ、命が燃え尽きるまで武闘家が語り伝えたことがある。それが眠る彼の故郷―――後に「始まりの場所」と呼ばれるその場所には、決して徒に足を踏み入れてはいけない。守らなければ、再び惨劇が繰り返されるから...
―――――
🍀「だから私はその地に向かう者を排除した。彼の想いを無駄にしないため、悲劇を起こさないために... 1人は説得できた。何とか聞き入れてくれたけど...」
「2人目は止められなかった... また悲劇が繰り返される... でも、私にはどうすることもできない...」
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