Origin of Beta

 無事に仕事を終え、自宅で独り寂しく晩酌し、シャワーを浴びて、遅くとも10時までには眠りにつく。そんなありふれた日々に、俄に信じ難いことが起こった。


 私の部屋に、知らない少女が居たのだ。但し、泥棒の類いではないことは確かだ。玄関の鍵がこじ開けられていたり、窓が割られていたり、といったような形跡はなかったし(勿論、その辺りの防犯対策は人並みに徹底しているが)、家の中も全く荒らされていない。それに何より、件の少女が家主である私を見て逃げ出さない様を見れば明白だろう。それどころか私のことをまじまじと睨みつけている。その視線からは、どこか敵意を感じる。普通なら冷静さを欠いても不思議ではない状況に置かれているが、このような洞察を行えるほどに私は冷静だった。


 彼女の素性を訊き出そうと私が口を開くより早く、彼女は喋り出す。

「まさか、貴方がこの件に加担していたなんて... 誰にでも優しく接し、それでいてビジネスでも結果を出し続けた経営者の貴方が...」


 彼女の話を訊いて分かったことがある。

 まず、彼女は私の素性をある程度知っているようだ。生年月日や私の好物、私が大学卒業後すぐに友人と起業したこと、その友人の名前すらも、彼女は言い当ててみせた。調気はするが。

 次に、彼女がここへ来たのは、私を止めるためだそうだ。私は訳あって、「ある団体」に多額の寄付金を収めている。その「ある団体」が、隠れて危険な研究に手を染めているようだ。まあ、そんなことは私も把握しているが。




 彼女に本当のことを話そう。私は決心した。

「君は何か勘違いしているようだ。話そう、私が知っていることを全て...」




 きっかけは、知人から誘いを受けたことだ。

 その知人は、大学時代に同じ分野を専攻していた1つ上の先輩だったんだが、私が企業して数年後、地元で偶然出会ったんだ。

 彼女の話によると、件の団体は医療、工学等のプロフェッショナルが多数所属しており、企業とも共同で研究を行っているそうだ。研究内容は「人体と機械の融合」。病気や事故で身体的なハンデをもつ人間や、年老いて身体を思うように動かすことが困難な人間の介助を容易に行うことのできる製品の開発を目標に掲げていた。私は感銘を受けた。

 生憎、私は工学分野には疎く、全面的に研究に協力することは叶わなかった。自社がある程度成長し、私自身の収入が安定したら、団体への献金をしようと考えていた。

 この頃の私は、この団体の真の目的など知る由もなかった。


 今になって考えてみれば不自然なことだが、研究の協力者は子どもばかりだった。5歳くらいの幼い子から、15,6歳の少年少女まで、年齢はバラバラだった。私はよく先輩や友人と一緒に団体の施設に立ち寄り、その子達の遊び相手をしていた。ただ一人、他の子と比べ大層な機械を取り付けられた少年がいたが。


 それから更に数年が経ったある日、彼女から1本の電話がかかってきた。

「...聞いてしまった! 団体の恐ろしい計画を!」

電話越しにも彼女の焦燥は伝わってきた。

「どうしたんですか?! 何か、あったんですか?!」

私は慌てて聞き返した。彼女の口から伝えられた真実は、到底受け入れがたいものだった。

「立派な目的を掲げてはいるが、あんなものは建前だ... いいかよく聞け! 団体の真の目的は―――――」




 慈善団体などではなかった。

 団体が実際に行っていた研究は、「人間兵器の開発」だった。




 先輩がそれを知ったのは、例の機械を取り付けられた少年が突如意識不明になったことがきっかけだった。原因は度重なる過酷な研究であった。

「それだけじゃない... 研究者どもはあの少年のことを『一号機』と呼んでいた。奴らは人を人とも思っていない。それに...」


 私は膝から崩れ落ちた。施設の子ども達には外部との一切の交流を絶たれていること、既に別の青年が『二号機』として身体を作り替えられていることを知らされた。同時に、私は決意したんだ。


「『二号機』になどさせるものか。これ以上、研究のために使い潰される子どもを生むものか」


 私は団体への多額の寄付を始めた。団体内での私の影響力を大きくするために。更に、研究員の一人でもある先輩の叔父にも協力を仰ぎ、遂にその青年の管理権を得た。


 彼は1人の人間だ。誰にも彼を好き勝手に操る権利はない。





🍀

―――――違う!

 あなたのその善意が、結果として形容し難い悲劇を生むの!

 その悲劇の元凶は...











 『3号機』











 彼にそれを伝えることもなく、私は立ち去った

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