🍀クローバー・オブザーバー ~零番目の短編集~
真白坊主
4『1』13
捥がれた純白の羽
「...此処は一体?」
目が覚めた僕は、自分が仰向けに寝転がっていることに気づいた。全くもって見知らぬ場所で、だ。とにかく、状況を確かめねば。そう思い立ち身体を起こそうと力むが、全身に耐えがたい激痛が奔った。
そうだ、思い出したぞ。
僕は死んだ。いや、殺されたんだ。そして気づいたら此処に居た。此処は...死後の世界ってやつか? 全身傷だらけ。とにかく痛い。死んでも痛みは残るのか。
肉や骨が軋み、痛みで悲鳴を上げる身体に鞭打ち、何とか座ることは出来た。そうして分かったことがある。僕が居るのは、長い長い道路の上だった。しかしどこか不自然だ。地面が所々丸く抉れていたり、山道のように草木が生い茂っているにもかかわらず、高層ビルのような高さの建物がまばらに建っていたり。
しかし何より不自然なのは、人の気配が全くないことだ。
「まあ、死後の世界なんてこんなものか」
僕は結局そういう考えに行き着いたが、それはすぐに撤回することになった。
目の前から、何者かがこちらへ歩み寄って来る。遠くからだと誰なのかは全く判別できなかったが、だんだんと歩み寄って来る者の正体が分かってきた。そしてその正体に、僕は戦慄した。
目の前にいたのは、僕を殺した女の子だったからだ。
何なんだあの娘は。何故死後の世界で彼女と会うことになった?
満身創痍である僕は、長髪をなびかせつつ徐々に距離を詰めてくる彼女を凝視しながら、思考を巡らせることしかできなかった。
女の子は僕の目の前でしゃがみ込み、口を開いた。
「おう、やっと目ェ覚めたか」
口調が荒っぽいとか、距離が近いとか、そんな事を考えていられない程僕の心は恐怖一色に染まっていた。それを悟られてはいけないと、僕は必死でポーカーフェイスを貫いた。
勇気を出して尋ねてみる。
「...君は一体... ...ぼ、僕は死んだんじゃ...?」
彼女は少しにやけて答える。
「心配すんな、アンタは死んじゃいない。アタシ達が今いるのは、まあ...”異界”みたいなトコだ」
彼女は立ち上がり、僕から目を反らしぼそりと呟いた。
「...何度説得しても聞かないアンタが悪いんだ」
彼女のこの発言が妙に引っかかったが、自分がまだ生きているという安堵が大きく、深く追求する気にはならなかった。
「単刀直入に言う。アンタ、”夢”があるだろ。」
確かに僕には”夢”がある。しかし、今初めて言葉を交わすはずの彼女が何故それを知っている?
続けざまに、彼女は耳を疑うような言葉を発した。
「”夢”を捨てろ。じゃなきゃアンタを帰さない」
「...何を言っているんだ。僕が今までどれほどの―――――」
「状況が分かってないようだからもう一度言う。”夢”を捨てろ。これはもうアンタだけの問題じゃないんだ」
僕だけの問題じゃない? 一体どういう意味だ?
「アンタの”夢”は、叶っちゃいけないんだ」
それからどれほど時間が経っただろう。
僕は彼女から事の顛末を聞いた。彼女は僕が夢を叶えちゃいけない理由は教えてくれたが、彼女の正体に迫る質問には一切答えてくれない。
悔しくてたまらないが、僕は夢を諦めることにした。僕を殺しかけた娘だ。拒めば何をしてくるかわからないし、彼女が言っていることは突飛だが最もらしかったからだ。しかし何より、僕だけの問題じゃないことが身に染みて理解できたから、僕は決心がついた。
「分かった、よく分かったよ。”夢”は諦める」
決心したことでも、こう口に出してみるとやはり辛い。喪失感が凄まじい。身体の一部を失ったようだ。深い絶望が込み上げてきた僕は、彼女に問う。納得する答えがどうしても欲しかったんだ。
「だが、僕はこれからどうすればいい? やむなく人生の道標を失った、空っぽの人間に成れ果てた僕は? この先何の喜びも悲しみもない、植物のような半生を送れというのか?」
彼女はこれまでとは違い、優しい視線を僕に送った。
「...アンタはこれから、自分自身と大切な人達のために生きるんだ。此処から帰れば、絶望に打ちひしがれている今のアンタはいなくなる。すっかり変わっちまったアンタでも、周囲の人間は決して見捨てたりしない。アタシにはそれが分かるんだ。そんな人たちと共に、笑って、泣いて、悩んで、乗り越えて生きていけ。それがアタシの望みだ」
僕を殺しかけといて、「生きろ」か...
「アンタは空っぽじゃない。これから訪れる数多くの出会いが、アンタの心の隙間を埋めてくれるから」
「...ありがとう。君のおかげで、僕はこの先の人生に絶望せずに済みそうだ」
「気にするな、遥か未来、アンタが本当のアタシと出会うその時、また話そうや!」
彼女に傷だらけの身体を支えてもらいつつ、僕は”元の世界”に帰還した。
傷を癒すため、僕はこれから眠りにつく。
あれから数日後、俺は目覚めた。
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