5 今はないけど作れるもの

 それまでずっと黙っていたユナが、とん、とアイスティーのコップを置いた。中の氷がからから、と高めの音を立てる。


「メル、私からも一ついいかな」


 真面目な顔をして言う。


「……そもそもメルは、何をしにここに来たわけ?」

「ちょっと、ユナ、そんな言い方しなくても」


 私が止めるのを無視して、ユナは強い口調で続ける。


「正直、普通に何かの交渉をするためなら、いくら適合していようがメルは人選ミスなんだよ。そもそも今、メルが何をしたいのか分からない。交渉とかには明らかに向いてない」


「そうですね」

 メルが肩をすくめて、頷いた。


「だから、メルが今の時代に渡そうとしているのは、そういう情報じゃない。――もっと実用的な情報だよね」


 私はストローをくわえて紅茶をすする。大分減っていて、ずずず、と少し空気の音がした。


「例えば、秘密兵器とか、ミサイルとか」


 思わずストローの中身を逆流させる。


「図星です」


 少しむせて、手で口を塞いで咳をした。


「でも、だったらなんで五十年前にしたの? もっと近い時代のほうが話も通じやすいし」


「説明は難しいです――らしいです」

 メルは顔をしかめて言った。


「私にも分かりません。この技術のことを理解出来ているわけじゃないです。でも、時代が下がるともう、資源も残っていない、助けられる人もいない、間に合うのはこの時代だと」


 なにひとつ具体性のない、説明下手なメルの説明の中でもとびっきりの下手な説明。

 ユナがまた冷たい言葉を投げつけるんじゃないか、と思った。


 でも、ユナの視線は、テーブルの上を向いていた。

 その視線の先で、メルの手がぶるぶるとひどく震えていた。


「分かった。聞かない。私たちじゃ聞いても分からないし」


 ユナが言った。


 私たちが聞けることも、メルが説明出来ることも、ここが限界なんだろう。


「メルはもうすぐ……」


 私が口を開く。さっきむせたせいか、上手く息ができずに、もう一度私は数度咳をする。


「もうすぐ帰るんだよね、だとしたら私たちがいったん預かっても」


「お二人とも学生さんですよね。……何が出来るんですか」

 急に出てきた強い口調に、私たちは黙って俯いた。


「すいません。――どうしようもなかったら、お二人に渡します。他に出来ることがなかったら」

 メルは口調を緩めて言った。


「だけど、出来るだけのことをさせてください」




 その時、ユナが言った。


「ひとつ、私に心当たりがある」


 そう言って私の方を見た。


「うちの学校の校長先生だよ、リオ」

「なんで……あ、そういえば」


 昔は軍にいたと聞いたことがある。

 技術者を長く務めていたけど、軍務より教育に関心が出て、転職して教師から校長になったとか。


「駄目元で、行ってみようか」


 私たちなら取り敢えず話は聞いてくれるだろう。

 自慢ではないが、私たちは真面目な学生だし、特にあの校長先生は女の子には親身になってくれる――実は女性の校長なのだ。


「行こう」

「はい!」


 メルの顔がぱぁっと明るくなるのが分かった。



 立ち上がりがてら、残った紅茶を一気にストローで飲み干す。


「何してるのよ」

「いや、勿体ないから」

「……リオはこれだから」


 呆れたようにユナが笑った。


 そう言えばメルと会ってから、ユナが笑うのは初めてだった気がする。




 私たちは休みだったけど、補習や部活はやっていたから、学校は開いていた。


 校長室をノックすると、中から優しい声がして、私とユナが先に入って、後ろからメルが付いて来た。


 不審な顔をする校長に向かって、メルが一礼して前に出る。


 五十年後から来たとか、月から攻めてくるとか、そういう言葉に校長は怪訝な顔をして、プレートを見て眉をひそめて、とても困った顔をして、そしてなだめるように少し笑おうとした。


 その時、メルが厳重そうな分厚い書類カバンを出した。


 浮かべようとした笑みを引っ込めて。

 メルがカバンを開けて。

 二重になった内側のカバンを取り出して。

 そこから、何やら分厚い書類を取り出した。



 校長先生の顔が突然険しくなって、見たこともないような怖い顔になった。


 私たちもそれを見ようと一歩踏み出そうとすると、校長先生が立ち上がって、私たちの方を手で制した。


「ユナ、ダメだよ」


 小声で呟いた。

 ユナは頷くと、黙ってドアのところに下がった。


 ここから先は、私たちの世界じゃないと、校長先生の表情を見て分かった。



 黙って腰から礼をすると、校長が小さく目と首で礼をするのが分かった。

 私たちは、校長室のドアを閉じた。

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