4 誰も知らない証明品

 翌日の午前中に会ったメルは、見て分かるほどはっきりと落ち込んでいた。


「……なんでだろ」


 開口一番に私たちに向かって言う。


「役所に行っても、警察とか軍とかに行っても、誰も信じてくれません」

「普通はそうじゃないかなぁ」


 ユナが呆れたように言う。


「私やリオが一緒に行っても変わらないと思うよ。どう考えても荒唐無稽だもん。信じてもらうのは難しいんじゃない?」


 私が言うと、メルは拳を握りしめた。


「だけど、証拠があるんです」


 肩に掛けたバッグ(――学生かばんみたいな、ものがたくさん入りそうな革のかばんだ)から何かを出そうとする。


 さすがに町中で出すのはどうかと思って、私はそれを止めた。


「昨日の喫茶店に行こう」




 いつ見ても人のいない喫茶店だなと思いながら、今日も本日おすすめの紅茶を飲む。今日はアイスが美味しいと言われたのでアイスで。

 メルはテーブルの上に、木箱を置いた。


「遥か昔から受け継がれた紋章だと聞いてます。これを見せればきっと、怪しまれないはずだと」

「……見ていい?」

「はい」


 メルの許可を得て木箱を開ける。綿に包まれているのは、鈍くはなっているもののそれでも輝きを保っている、楯のような形をしたプレート。

 十字に四分割されたそれぞれに、太陽や月、武器や何かの動物、といった意匠を凝らした紋様が入っていて、その十字が交わる中央には一つ透明感のある宝石が埋め込まれている。


「これは、この星にたどり着いた宇宙船の司令室に飾られていた、って聞いてます」


 そう言うと、メルは隠すようにすぐに蓋を閉めた。


「でも私、そんなものがあるって話、聞いたこともないよ」


 ユナが言った。

「一般には公開したことがない、って聞いてます」


 木箱の蓋に手を添えて、メルが言う。


「これは最後の証明になるものだから、門外不出、限られた人間だけに伝えているものだって」

 じっと見られて緊張するかのように、私とユナの顔をきょろきょろと見ながら言った。


 無言が続く。


 私はしばらく考えを整理してから、言った。


「疑問点が3つあるよ」


 私はそう言って、親指と小指を折って前に出した。


「1つ」


 一度指を全部折ってから、今度は人差し指だけを立てる。


「そんな門外不出の大事なものを、何故普通の女の子にすぎないメルに託したの?」


「実際、私に預けて良いのかと議論があったとは聞いてます」


 メルは頷いた。


「だけど、50年後の未来から来た、なんて荒唐無稽なことを信じてもらうには、並大抵の方法では難しいから、って」


 そう言ってから、若干顔をしかめて付け足した。


「それに、自分たちが滅びてしまうことに比べれば、秘密がどうこうなんて些細な事ですから」


 滅びる、という普段歴史の中でしか使わないような言葉が飛び出して、思わずつばを飲み込んだ。


「わかった」


 私は頷いて、今度は人差し指と中指を立てた。


「2つ目。ほとんど誰も見たことがないものが本物だと、誰が証明できるの?」


「今、この瞬間、この町には1つしかない本物が2つあるからです」

「本物があるのなら、なおのこと偽物扱いされるんじゃないの?」

「比べれば分かるんです。――欠けている場所と形とか、細かい傷とか、そういうものを実物を見ずに再現出来るとは思えません」


「なるほどね」


 ユナが頷く。

 存在している唯一の本物そのものが、2つ目の本物の存在を示唆するってことか。

 パラドックスめいてる気もするけど、言いたいことは分かる。


「それに、リオさんとユナさんがそうだったように、そもそもこんなものが存在することすら普通は知りません」


 それもそうだ。

 例えば警察の大きな事件の捜査だと、わりと当事者しか知らないような情報を一般から隠して、その内容で証言が本物かどうか判断したりするって聞いたこともある。

 そういうことなんだろう。


「じゃあ、最後、いちばん大きな疑問だよ」


 私はもう一本、薬指も立てた。

 一つ息を大きく吸ってから、続ける。


「……なんで、これは今まで隠されていたの? それこそもう、メルがそれを持っていっても誰にも判別がつかないくらいにまで」


 じっとメルの目を見た。


「普通ならこれって、開拓の歴史を誇る――私たちにとって、みんなで共有すべき大切な宝物のはずだよ」


「確かに。細かい部分が証拠になるとか言っても、それこそ裏を隠して表の写真だけでも出せばいいわよね」

 ユナが横から付け足す。


「そういうこと。……ここからは勘だよ。メルは知ってるんじゃない?」


 他に客はいない。正直この喫茶店のマスターさんもあまり声を掛けたりはしてこない。だけど私は、誰かに聞かれそうな気がして、声を落として言った。


「これは、表に出せない、罪の記憶を物語っているものなんじゃない。――例えば、月の住人に関するものだとか」


 メルの全身が硬直して。

 それから、力の籠もった肩が徐々に降りて、息をゆっくりと吐き出した。


「リオさん、凄いですね」


 そう言って、木箱を少し開いて、四分割されたうちの一つを指さした。


「これは、今、月にいる人たちのグループの象徴です」


 皮肉にもそれは、月ではなく太陽を象っていた。

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