3 銀色の蕾と先遣隊
「案内をお願いしなくても大丈夫だったかもしれませんね、思った以上に地図は一緒です」
そう言いながらメルは通りを歩いて行く。
「……このレストラン、今もあるんですよ。って今じゃなかった、未来ですね」
「あまり建て替えってしないもんね。メルの時代もそう?」
「です。可能な限りは修理やリフォームする感じですね」
何しろ、この星の文明の進歩は止まっているし、資源も少ない。ある程度の補修をする技術はあるとはいえ、古いものを壊したらそれと同水準の新しいものを作れる保証はない。できる限りは手間を掛けても既存の建物を修理して使い回すのが通常だった。
「でも、不思議な感じです。過去に戻っているのに風景は一緒で、だけど服装の流行りとかはなんだか違う感じです」
「どういう感じなの?」
「なんか、ちょっとカラフルで裾が長いというのか」
「……あー、少し前にもそういうの流行ってたって聞いた気がする」
「流行は巡るって言いますもんね」
女の子はファッションの話が好きな子が多い、というのも時代に拘わらず共通らしい。
話をしているうちに町の真ん中の広場へと辿り着く。
「うわぁ……この記念碑まだ綺麗です」
メルがそう言って立ち止まったのは、広場にある大きなモニュメントの前だった。
この星に辿り着いた人たちが乗っていたという着陸カプセルの部品を組み合わせたという、見上げるようなモニュメント。
本当はちゃんとした名前が付いてるんだけど、何となく私たちは見た目からこう呼んでいる。
「銀色の蕾ってメルの時代にもあるんだ」
「え、やっぱり皆さんもそう言ってるんですか?」
本当は植物を象っているわけではないらしいんだけど、すぼまった花びらがこれから開きそうに見える様子は、誰ともなく蕾と呼んでいた。
「でも、私が知ってるこの記念碑、もっとあちこち剥げてたりして汚いんですよ。蕾にしては少し枯れかけかな……」
そう言いながら後ろに回る。そこには金属に、当時乗っていたという数千人の人たちの名前が彫られている。透明な板できれいにカバーされているこの部分だけは、出来た当時からほとんど傷んでいる様子がない。
「この人が私の遠いご先祖だと聞いてるんです」
メルが探すそぶりもなく一人の名前を指さす。
「……私は探したことないかも、っていうかそんな昔のご先祖分からないや」
ユナが呟く。
「そう言えば、先遣隊の記念碑もあるよね」
「そんなのあったんですか?」
メルが言った。
「50年後には残ってなかった?」
私が訊くと、メルが首を横に振る。
「私も知らなかった。リオはそういう古いものオタクだから」
ユナが苦笑して言う。
「オタクって何よ」
嫌そうな顔をして見せる。
「……行ってみる? 銀色の蕾の前に来た人の記念碑……記念碑と言っていいのかな?」
そこは路地裏の、あまり人の来ないような場所で。
小さな広場、というより空き地に近いところの真ん中に、私の背の高さより少し高い程度の石碑が建っている。平べったい岩の表面の上半分に「慰霊」とだけ書かれていて、その下半分と裏面いっぱいに、ただ小さくたくさんの名前が刻まれている。
「月から移住してきた時に、先遣隊が墜落して、乗ってきた人が亡くなった、って聞いてる」
「そんなことがあったんですか」
「まさにメルの言っていた、不都合なことには敢えて触れない、ってことかも」
そう言いながら、私は石碑の前にしゃがんだ。
「何となくここが好きなんだ。この星に自分たちの文明が花開く、その蕾にもなれずに散っていった人のことが。……失敗よりこれからのことを考えるべきだとは思うんだけど、だけど、夢を繋げずに去って行った人をちゃんと引き継がないとダメなのかなって」
「……なんだか、分かる気がします」
そう言ってメルも隣にしゃがむと、目を閉じて軽く祈りを捧げる。
未来を変えたいと思う彼女にとって、もしかすると私以上にこの石碑に対する思いは強いのかもしれない。
「こんなところあったんだ……」
ユナも腰を落とすと、そっと目を伏せた。
そしてメルが真っ先に立ち上がる。
「……ありがとうございます。時間は少ないけど、自分の出来る事をやってみようと思います」
その言葉はさっきまでの不安な口調より、ちょっとだけ元気になっているようにも思えて。
「じゃ、そろそろ行きましょうか」
去り際に私はもう一度石碑を見た。
砂埃を被った表面を少しなぞってじっと眺める。
……気が付くとユナとメルはかなり先に歩いて行ってしまっていた。
「あーちょっと待って」
「あーリオ、また自分の世界入ってたでしょ」
「ごめんごめん」
私は早足で二人を追いかけた。
町は夕暮れからそろそろ夜に変わろうとしている。
「で、メルはこれからどうするの?」
「未来を変えられそうな人に会ってみようと思いますけど――もう、夜ですよね……」
「手伝おうか?」
「さすがに、大事な話はリオさんやユナさんに聞かれるのは不味いし、私一人で合うべきだと思うんですが」
私の言葉にメルは首を振ってちょっと考えてから、付け足した。
「――今夜は一人で行動させてください。明日の朝から、手伝ってください」
「分かった。ユナもいいよね」
幸いにして明日は休みだ。
私が言うと、ユナも諦めたように息を吐いた。
「はいはい。リオに付き合うよ」
「よろしくお願いします」
メルは大きく頭を下げると、走り去っていった。
――そう言えば今晩はどこに泊まるんだろう?
誘えば良かっただろうかとか、そう思った時にはもうメルの姿は見えなかった。
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