白蔵主 一
どこまでもだらだらと続く鳥居の階段を登り切った先に、不思議な庵を見つけた。
寺のようでもあり、京都とかで見たことのある故人の別邸のようでもある。鳥居の先にあるのだから神社だろうと思っていたが、そのようでもあり、あんまりそうとも思えない――そんな、薄ぼんやりとした建物だった。
階段を登り切った足元から庵までは石畳になっていて、左手には手水がある。石畳を行った先には賽銭箱も鈴紐もない。木の階段があって、中に入れるようになっているところなどは、やはり寺の本堂ようだ。左右に、杖を携えた狛狐が置かれていた。
――不思議なところに来たな。
階段を登り切ったところで立ち尽くすわたし。黄昏を過ぎて空は急に明るみをなくし、空には星が煌めいている。すぐにでも暗くなるだろう。
周囲に人気はなく、誰かが明かりを点けてくれる気配もない。暗い中、一人で無数の鳥居を潜る気味悪さを思うと、折角ここまで来たけれども、早々に退散した方が良さそうだった。
鈴紐も賽銭箱もないから、お参りもできない。とりあえず軽く頭を下げて、踵を返す。
その瞬間のことであった。
背後が、青々と明るくなった。背を向けていてもわかるほどの明るさだった。
ハッと体を強張らせ、恐る恐る後ろを振り返った。本堂に続く石畳に沿って、地面から一メートルくらいのところに、一握りほどの青い火が灯っていて、それが左右一列ずつ、ずらりと並んでいるのである。灯る、というよりは、浮かぶ、と言った方が良いだろうか。燭台のようなものは見当たらず、上から吊るしている様子もない。
陰火……鬼火……言い方は色々あるだろう。今のわたしには、狐火という呼び方が一番、しっくり来た。ここに来るまでの鳥居と、火に取り巻かれて命あるようなかぎろいを見せている狛狐が、そう思わせるのだろう。
何かが、わたしを招いている。そう直感した。
不思議と、怖くはなかった。
庵、あるいは本堂に向き直り、ゆっくりとした一歩を踏み出した。左右に居並ぶ狐火に足元を照らされながら、わたしは石畳を過ぎ、狛狐を過ぎ、階段の手前まで来た。
すすっ……と音がして、階段上すぐにある障子戸が横に動いた。しゃなりしゃなりとなる鈴の音。さっき、階段の下で聞いた、錆びついた鈴の音とは違う、もっと華奢で繊細な、囁き声のような音。それに合わせて、とん、という固いもので木造りの床を突くような音も聞こえてくる。
姿を現したのは、僧衣の老人だった。墨のように黒い衣に袈裟をまとい、白の帽子(もうす。白い布みたいなもの)を頭にかけている。手には錫杖。そこに鈴が結わえられている。
ほう――と呟きながら、老人は切れ長の目で、わたしを見下ろした。わたしも老僧を見上げる。交差する視線。しかし、その眼の奥の感情を、わたしは読み取ることができなかった。
一方、老僧の方は、何か合点が行ったような顔で、三度ほど頷いたかと思うと、数珠をかけた左手をわたしの方に伸ばし、節くれだった長い指を曲げて招くようにして、
――まァ……少し、上がっていくが良い。
とだけ言うと、くるりと背を向けて、本堂の中に入っていく素振りを見せた。
背後を振り返った。これ以上の深入りを躊躇う気持ちがあったのだ。しかし最早、わたしが帰れるかどうかは分からなかった。石畳の道の先は下り階段である。だからわたしのいる所からだと、石畳の道の先には空しか見えないのだが、そこは今夜闇によって真っ黒に塗りつぶされている。道が断絶しているようにしか見えないのだ。
本当に途切れているようで。そこから先がなくなってしまったかのようで、確かめることさえ怖くて、そっちに足が行くことはない。
溜息を吐いて、靴を脱いだ。奇妙なもので、背後を振り返れば不安が募るが、寺だか庵だか分からない、この建物の方を見ていれば恐怖も不安もなかった。手摺を頼りに、ぎしぎしと軋む階段を上がっていく。障子戸の奥からは明かりが漏れている。狐火の青ではなく、朱色のあたたかな光。それに早く手を翳したくて、自然と早足になった。
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