辻神 一

「この辺ですね」

「ここですか」

 御手洗さんが腰を落ち着けたのは、いわゆる〝丁字路〟と呼ばれる、二本の道が交差して一方に行き止まりができる当たり。二つある角はどちらも民家の塀がかこっていて、突き当たりも、大きな家の塀。ただ、その手前が小さな草地になっていて、ぽつねんと石像が置かれている。大きさは、私の腰くらいまでだろうか。何かをかたどっているわけではない、頭が丸い縦長の石だ。

 御手洗さんは、草の中にずんずん入って行って、石像の横に立膝をついた。

 わたしは、まだ道の真ん中にいる。そこから御手洗さんに向かって、

「こんな古臭い雰囲気の場所――未だにあるんですね」

 古臭いとは何ですか、と、冷たく言い返される。すぐにシュンとなって、すみません……と小さな声で呟いた。御手洗さんは肩を竦めて、

「昔の信仰の名残を留めるのは、神社仏閣ではなくて、こうした普通一般の暮らしの中――つまり、我々の常日頃の中なんですよ。その証拠にほら、この石像。たいぶ古いけれど、特別汚れていないでしょう」

 わたしは草地に入る寸前のところで足を止め、首だけググーッと伸ばして、石像を見た。なるほど確かに確かに。ひび割れはあっても、苔むした様子はない。

「日ごろから誰かに、手入れされているってことですか」

 御手洗さんは頷いた。

「この家の人の手によるのかまでは分かりませんが、かなり丁寧な仕事です。未だ、この石の力に頼っている人がいるってことですよ。それで――」

 と、そこで言葉を切って、御手洗さんは眼鏡をくいッと上げ、冷たい目でわたしを見た。

「いつまで、そんな道の真ん中に立っている心算ですか。もうすぐ、約束の時間です。早くこっちに来ないと、神様に蹴飛ばされますよ」

 いやあ……と頭に手をやって、濁したいわたし。御手洗さんは嘆息して、

「大方、虫に食われそうで嫌なんでしょう。だからズボンで来れば良いってあれほど――」

「スーツズボンって似合わないから好きじゃないんです。それに、まさか草の根をかき分けて待つなんて、思わなかったから……」

 何を言っても言い訳にしかならない。でも言ってしまうのが我ながら困ったところ。御手洗さんは再三、嘆息した後で、

「大丈夫ですよ。この石を手入れしてくれていた誰かさんのおかげで、悪い虫を追っ払ってくれる程度の力は残っていますから。それに――」

 すっと立ち上がると、陽炎が立ち上ったようにしか見えない。御手洗さんは私の後ろをキッと睨めて、

「こんなところで殉職したくなければ、早くした方が良い。気づかぬうちに、いらっしゃっていたようだから」

 その言葉の不穏さに、わたしは飛び上がるようにして草の中に入り、石像の後ろにしゃがみこんだ。そして像越しに、恐々覗き見る。

 そこに立っていたのは、ぼろぼろの頭巾で顔を隠した、影のような男だった。眼だけが鬼灯のように赤く輝いていて、幽霊のように両手を前にだらりと下げて、腰から下は夜の闇に流れて判然とせず……。

「――なんだか、お決まりの感じのひとが出てきましたね」

 神様を前にして皮肉を口にするなんて、御手洗さんらしくない。同感だったので、わたしも首をぶんぶん縦に振った。御手洗さんはネクタイを締めなおし、肩をぐりんぐりんと回した。

「さて――始めましょうか。八百万人事課の仕事を」

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