二
「――随分と、奇妙な話だね」
囲炉裏の中に、煙管の灰を落としながら、私は呟いた。
「ほほほほほほほ、お気に召すようなものでは、なかったですか」
囲炉裏を隔てて、私と向かい合っている僧行の男は、袂を口に押し当て甲高く笑った。顔を隠すのは、醜く引き攣った顔の右半分を見せないためでもあっただろう。男の顔は、右側が血の気のない土気色になっていて、無惨にも爛れているのである。
「いやいや、中々面白かった。殊に、今宵のような静かな夜には打ってつけの話だ」
私はそう言い繕っておいて、煙管を吹かす。暫しの間を置いて、ゆっくりと口を開いた。
「結局は、その連妙とかいう坊様が、生きていたのだね。じゃあ、あの純妙が焼け跡から探し出した死骸は、誰のものだったのだろう。それにあの遺書も、変な書き方だったね」
男は答えない。私は構わず、ぶつぶつと自分の考えることを並べたて始めた。
「遺書には、『われ』と書いてあった。いかにも純妙自身が懺悔して、死に至る理由を書き連ねたようにも思えるのだが、最後の一言、『連妙 之を記す』というところで、全てがぶち壊しになっている。――分からないな。いったい、死んだのは、どっちだったのだろう」
あまりにも長く男が沈黙を守っているので、私は顔を上げ、なあ――と呼びかけた。
「あんたはどう思う? 死んだのは純妙か連妙か。死んだなら、どこで死んだのか……」
すると男は、顔に袖を押しあてたまま、またあの甲高い笑い声を響かせた。
「ほほほほほほほほほ……あなたも、随分と色々な事をお考えになるのね。でも……もう良いじゃありませんか。わたくしの幻燈は、これにて費えました。後に残るのは、無言の闇ばかりですわ」
それは、初めて聞く男の女言葉だった。この数カ月、こうして夜伽を共にしてきて、私は男が、ここまで巧みな女言葉を使うとは知らなかったのだ。端麗な顔だと思っていた。顔の半分が爛れていても、その美しさは微塵も薄れないと感じていた。傷跡さえ、かえって愛おしく思われたものだ。そう考えていたのは、私だけではなかったということなのか。思い返してみれば確かに、ここ数カ月の男の振る舞いも、実に慣れたものだったように、思えてならないのだが……。
考えれば考えるほど、分からない。ただ胸に、ふと薄ら寒いものを覚えた。眼前にいる、愛しきはずの男が、赤々と燃える翅を広げ、六本の足を禍々しく蠢かせる、一匹の巨大な極楽蟶に思えてならなかった。私は、それを口に出して言うことができない。言ってしまえば、何かがガラガラと、音を立てて崩れてしまいそうで、それが怖かったのだ。
男は笑いながら、私を見つめている。私はその視線を返すことができず、俯いた。
夜は、ますます更けてゆく。
(了)
ごく・らく・ちょう @RITSUHIBI
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