旨味

すまほらいとにん

第1話

「届きました。いつもありがとうございます。

また写真アリできますか?エプロンを着て旦那さんとのツーショットならありがたいのですが。」


いつものようにSNSのDMの返事を書いた。

母乳を買い始めたのは40歳に近くなったぐらいからだと思う。鏡を見て明らかに生え際が後退してきたあたりから誰かに甘えたくなった。

身近に甘えられる人どころか気軽に話せる人もいなかった。大学時代の友達は皆結婚して子育てに忙しい。最後に付き合った彼女も10年ぐらい前に結婚した。

会社では名ばかりの主任で口煩いジジイと要領の悪い若い子に手を焼いていた。毎日うんざりしたし、家に帰ってから飲むノンアルコールビールも不味かった。


休日に飼っているネコの餌をイオンに買いに行った時、赤ん坊にミルクを上げている20代半ばの女の子を見て思った。

「ミルクを飲めば満たされるかもしれない」

粉ミルクと哺乳瓶を買って帰った。

久しぶりに興奮した自分がいた。夜中の台所でぬるま湯を作り粉ミルクを溶かした。哺乳瓶に口をつけ吸う。

「甘くない、ちょっと違う」

池袋の風俗でむしゃぶりついたオッパイの匂いと温もりような何かがなかった。


本物を求めている自分に気づいた。気づいたら行動までは早かった。

SNSで「母乳 販売」と調べるといくらでも出てきた。モザイクでぼかした写真をアイコンにした新米ママを名乗る女性にDMをした。


「千葉住み(かなり田舎)です。顔写真アリで母乳購入させて頂けませんか?

近くに頼める女の子がいません。」


返事はすぐに返ってきた。


「DMありがとうございます🌸

写真は少しぼかしを入れてOKならいいですよ!✨」


それから母乳を受け取るまでは楽しみで仕方がなかった。家のチャイムが鳴る度に宅配便かどうか見に行っていた。

DMでやりとりをした3日後にクール便で冷凍された母乳が届いた。受け取ってから夜中楽しむまで待ち遠しくて仕方がなかった。

湯煎で温めて哺乳瓶に注ぐ。あの時見た赤ん坊が飲んでいたものと同じものがここにある。新米ママが赤ん坊にしか飲ませない母乳を飲める。

興奮しながら哺乳瓶を吸う、意外にもあっさりしてほんのりと甘みを感じた。

赤ん坊の幸せを独り占めした気分がたまらなかった。風俗の赤ちゃんプレイでは絶対に得られないリアルを感じることができた。

全てを飲み干す前に風呂場へ行き服を全て脱ぎ、哺乳瓶に入った生温かい母乳を顔から浴びた。

全身に温かさを感じ、一瞬遅れて乳臭さが風呂場に立ち込めた。

たまらなかった。その日は体を洗わず母乳を拭きとってから寝た。


それから何度母乳を買っただろうか。

もう母乳でしか興奮できなくなっていた。親に甘えたかったのか、赤ん坊になりたかったのか、今ではもうわからない。

結婚も諦めた自分の唯一の楽しみが母乳を味わうことで、関わることもない親子の営みの旨味をすすることだという事実がまた一層興奮させてくれる。


DMが返ってきているのに気づき、思わずにやけてしまった。


「よろこんでもらえて嬉しいです🌸

エプロンですか🤔だいぶ着てないですが探してみます!!

ツーショットですが。。相方は顔出しできない仕事なのでスタンプで隠してもOKなら大丈夫です🙆‍♀️🌟

ご検討ください🤲」


今週はまだ頑張れそうだ。

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旨味 すまほらいとにん @sumaholightnin

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