第6話 今度こそ旅に出ました

「どうやら勝てたよう、ふぐっ。」


 倒れたまま勝利を宣言し始めたので、ほっぺたを肉球で押してやった。

 最後、滑ってとどめをしそこねたよね。

 言い訳を聞こうじゃないか。


「違うんだ、にゃんすけ。これには深いわぐっ。」


 言い訳しそうだったので、肉球を押し込んでやった。

 さらに、何度もぐにぐに。


「やめっ、ちょっ、にゃん、まっ。ごめんなはいっ。」


 よろしい。

 ちょっとのミスで、死んでもおかしくは無かった。

 そこの所をきちんと反省して欲しい。


「ふふっ。仲が良いのね。」

「そうは思えないけど。」

「そうやって、やり取り出来るのは仲が良い証拠よ。」


 そんな事は無いよ?

 無いよね?

 ただ、怒ってるだけだし。


「それより、魔法の援護助かった。」

「あれぐらい対した事無いわよ。初級魔法だし。」

「それでもだよ。あれが無かったらどうなっていたか。」


 確かに、火だるま猫になってた。

 それにしても魔法か。

 ほんとに、ファンタジーの世界なんだね。

 ちょっと、驚いちゃったよ。


「そもそもどうしてここに? 馬車で逃げたんじゃ。」

「どうしても気になったのよ。だから、飛び出して来ちゃったのよ。」

「そうだったか、でも助かった。ありがとう。」

「どういたしまして。」


 女性は、にっこりと微笑んでいる。

 俺からも肉球を挙げて感謝。

 ありがとうございましたっ。


「あんた、えぇと名前は。」

「セイラよ。そういえば、名乗って無かったわね。」

「セイラか。気になったけど学校は良いのか?」

「えぇ。そのうち、兵士が来ると思うからここで待っているの。」


 助けが来るというわけか。

 もう遅いけど。

 でも、また敵が来るかも知れないからね。


「ねぇ、あのカンテラ。」

「カンテラ? あぁこいつが持ってたのか。」

「オークって言うのよ。あなた貰ったらどう?」

「えぇ、役に立つと思うわよ。」


 カンテラねぇ。

 確かに暗いところでは便利そうだ。

 夜も使えるしね。

 でも、大きかったけど。


 倒れている体を避けて、カンテラを持っている手の方へ。

 火はもう消えている。

 やっぱり大きい。

 どうやって運べば良いんだ?


「こうやって、手を離してと。出来た。」


 おおっ。小さくなった。

 セイラがオークの手を外した瞬間、セイラが持てるサイズに。

 フィーにカンテラを渡す。

 さすが、魔法のカンテラ。

 じゃあ、俺が持つと猫サイズに?


「ありがたく頂こう。でも、いいのか?」

「あなたが倒したもの。もちろんあなたが受け取る権利があるわ。」

「じゃあ遠慮なく。」


 カンテラを腰につける。

 これで夜もばっちりだ。

 どれぐらい明るくなるか分からないけど。


「あっ、馬車が来たみたいよ。」

「ほんとだな。」


 足音と車輪の音が聞こえてくる。

 段々と音が大きくなる。

 こっちに来ているね。


「それじゃあ、行きましょうか。」

「いや、私は行かない。」


 えっ、マジですか?

 ここから歩き?

 周りは、森しかないよ?


「とある事情で、この辺で目立ちたく無いんだ。だから、行けない。」

「よく分からないけど、あまり目立つような事をしたくないって事?。」

「そういう事だ。だから、ここでお別れだ。」


 状況判断が速いね。

 おおかた、地元周辺で目立ちたくはないんだろう。

 でも、実際は馬車に乗りたく無いだけでは?

 俺も乗りたくないけど。

 まぁ放浪旅だし、どこから始めてもおんなじか。


「それは残念ね。」

「地図を持っていないから大変だけどね。」

「そうなの? なら、この先の分かれ道を左に行くと良いわ。村があるからそこで色々調達していくと良いわよ。」

「そうしよう。教えてくれて助かる。」

「どういたしまして。」


 村があるならよかった。

 水も馬車に置いてきちゃったし。


「さぁ、にゃんすけ。行こう。」


 早速そに道を歩き出す。

 フィーの一歩後ろを追いかける。

 馬車もそこまで来てるようだし。


「ねぇ、あなたの名前は?」

「フィーだ。また会おう。」

「そうね。いつかまた。」


 再び前に歩き出す。

 今度こそ別れだ。

 そして、ここから旅が始まる。


「不甲斐ないけどこれからよろしくな。」


にゃっ。


 まったくだよ。

 少しは気を付けてね。

 せめて戦闘の時ぐらいはね。


 気持ちを新たに、先の見えない道を歩いていく。

 先は長いけど、特に気にならない。

 大事な事を忘れているような気がするけどまぁいっか。

 あれ?


「ん、どうした? 立ち止まって。」


にゃっ。


 腰の鞘を指差して鳴いて見た。

 あんた剣拾ってないよね。

 鞘に無いけど。

 

「腰? あっ、剣っ。」


 やっと気づいたか。

 そうだよ、剣を忘れているよ。

 いや、自分も忘れていたけど。


「どうしよう。今更戻れないし。」


 今頃、兵士が偵察かなんかをやってるだろうね。

 そんな中、忘れ物をしましたぁ、なんて戻れないだろうしね。

 というか、いつの間にか結構離れてるし。

 この道を戻るのは嫌だよ?


「仕方ない。忘れよう。」


 それが良い。剣なんて無かったんだ。

 今度はちゃんと身なりに合った剣を持ってよ?

 まじで。


「えいっ。」


 鞘を遠くに投げた。

 さようなら。鞘。

 また会う日まで。

 たぶん、もう会わないだろうけど。


「はぁ、行こうか。」


 沈んだ気持ちで歩いていく。

 気持ち新たには、どこ行ったの。

 全然切り替えられてないじゃん。


「家を出る時に持たされたお金を全部使って買ったのに。」


 今何と?

 全部使った?


「あぁ、百万。」


 業物じゃん。

 手放した物はとんでもない物だった。残念。

 でも、一応それぐらいは持たされていたんだね。

 嫌われていたのに。

 それとも、それぐらいで放り出せて良かったって事かな?


「何とか稼いだけど。残りのお金ももうわずか。」


 お金稼げたんだね。

 何してたんだろ。

 働いてる姿が思い付かない。


「なんか、失礼なような目で見てないか?」


にゃ、にゃーん。


 素早くそっぽを見る。

 ポンコツなのにね、なんて思ってないよ? ほんとだよ?


「なんかはぐらされた気がするけど。まぁ良いか。」


 そうそう。問題は別にあるよね。

 この事は忘れよう。


「それより剣だな。次の町で買わないとな。」


にゃっ。


 そうだね。

 ゴブリンがいるような道で武器無しは危険だからね。

 でも、お金あるの?

 少ししか無いんだよね?


「でも、長い剣は高いんだよなぁ。」


 何でだよっ。

 短いのを買いなさいな。

 って言っても通じないか。

 猫ですから。


「しばらくお金稼ぎか。そこらの薬草でも摘んで行こうかな。あぁ、でも足りないだろうしなぁ。」


 所詮草だしね。

 それで剣が買えたら、たいしたもんだよ。

 まさか、旅立ち早々お金に困るとはね。

 なんか、頭抱え出したし。

 あっ、前っ。


「ふごぁっ。」


 看板に正面から衝突。

 前をちゃんと見て歩こうね。

 こうなるから。


「いったぁ。何なんだ。」


にゃっ。


「どうしたにゃんすけ。」


 文字は読めないけど、矢印なのは分かる。

 たぶんだけど、セイラが言っていた分かれ道はここの事だろう。

 わざわざ看板まで立っているという事は、そういう事だろう。


「えぇと。あぁ、間違いない。こっちだな。」


 セイラが言っていた通りに、左の道に進む。

 先は森に阻まれて見えない。

 森沿いをどんどん進んで行く。

 すると、木の門と柵に囲まれた場所が見える。


「あそこだな。行こう。」


 どうやら村についたようだ。

 あぁ、ご飯の匂いがする。



「行っちゃった。」 


 一人と一匹を見送った。

 また会えるといいわね。

 特ににゃんすけ。

 あのもふもふをもう一度味わいたい。


「あの、救援に来ました。ゴブリンは?」

「通りすがりのハンターが倒したわ。」

「そうでしたか。お前達、周辺にいないか探せ。」


 兵士達が周囲に散らばった。

 因みに、フィーの事は言わないつもりよ。

 だから、通りすがりのハンターがした事にしておいたわ。


「護衛の準備が出来ました。お乗り下さい。」

「えぇ、よろしくお願いするわね。」

「聞きたい事があるので、協力してもらう事になりますが。」

「分かったわ。」


 事件の事を聞きたいのかしら。

 詳しくは分からないのだけどね。

 では、お言葉に甘えて馬車に。

 あれ、今何か光った?


「ちょっとすいません。」


 光の方へ。

 これは確か、フィーの剣。

 忘れて行ったのね。


「あの、それは?」

「知り合いへのお届けものです。ゴブリンに盗られそうになって。」

「そうでしたか、取り戻せて良かったですね。」


 フィーに返さなくちゃね。

 でも、追いかけるのは無理そうだわ。


「あの、こんな物が。」

「鞘? もしかして。」

「えぇ、私のよ。」


 兵士が持ってきた鞘に剣を納める。

 ぴったりね。

 途中で気づいて投げたのかしら。


「それでは、今度こそ。」

「えぇ、」

 

 馬車が動き出した。

 これから、兵士の詰め所がある町に向かう事になるのでしょう。

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