第5話 幽霊都市

 鳥居の向こうは、おそらく別世界だった。


 要するに、別の世界と言い切るには現実に似すぎている。

 しかし此処がさっきまで居た世界でない事は明らかだった。


「……不思議」

 咲は小さくそう言って空を見上げている。今まで憎い程に青かった空は、どちらかといえば黒に近い灰色の曇天に変わっている。

 雨が降っていないのが不思議な程だった。


 目の前の社殿は崩壊して荒廃して、敷地を覆うようだった木々はさらにコチラは押し寄せている。

 振り返っても元の青空の世界が見える事はなく、むしろ灰色の空が見えるだけだった。

 

「何でなんだろう……」


「──うよ、正真正銘の別世界だろ?」

 途中から再生された音声みたいな声が聞こえると同時に足音が突然あらわれた。


 思わず振り向くと、鳥居から脈絡もなく京が表れる。

 半開きになった口でそのまま声を出した。

「どうしてこうなってるの?」

「さぁ?それは知らねーけど……」


 まぁ、知ってたらあんなに驚かないか。

 京が髪を撫で付けながら口を開いた。

「それで?鳥居をくぐれば戻れるの」

「どうやらそーらしい」


「未来……とかかしら」

 咲が辺りを見回しながらそう言った。現実世界に酷似した空間は、全く違う世界とは考え難い。

「まぁ、過去には見えねーよな」

「階段降りてみよ?」

 そうすれば色々とハッキリするに違いない。未来世界定番の空を走る車なんかは何処にも飛んでいなかった。


「そうね」

「れっつごォー」

 京がなんとなく張り切って拳を挙げた。




S2C1


 







 ──数時間後



「……つまり?」

 京が行儀の悪い座り方で座って言った。


 俺たちはあれから駅まで戻って、その足で目的地だった温泉旅館まで歩いてきた。

 和風を気取った温泉旅館はパンフレットとかで確認できる見栄をはった写真から明らかに、そして著しく廃れている外観だった。


 が、現状をある程度把握した俺たちはそれを自然と受け入れていた。

 むしろ、それを良い事に一番豪勢な部屋を不法占拠したりしている。


「パララルワールド、というモノじゃないかしら。聞いた事はあるでしょう?」

「現実のもしも世界って感じだったよね」

 SFとかで描かれてたりする奴だと思う。


「よく分かんねーな」

「つまりね──」

 隣で咲が新聞紙を広げた。紙が劣化しているせいか埃みたいな粉が目の前に舞う。


「記されている発行日は元の世界の一ヶ月前。内容や言語にも違和感は無い。けれど街並みは明らかに、人の手を離れて数年が経過している」

 新聞を閉じて薄く汚れた座卓に置いた。

「辻褄合わせで考えれば、私たちが元居た世界における約一ヶ月前。突然に人類が滅んだ場合の世界、その成れの果て。と見ることができる」

「人類滅亡かァー」


 咲の見慣れた無表情に何処か寂しさが感じられた。いや、或いは俺の先入観かもしれない。

 おそらく当たっている予想の。

 思わず見つめてしまって、そして目があった。


 咲は口を小さく緩めて、ため息混じりに声を出した。

「多分」

「……そっか」


「んだよ?」

 京が体を起こして頭の後ろで組んでいた腕を解いた。咲は肩をすくめた。

「私が滅ぼしたっぽいわね」

 一ヶ月前は大体俺と出会った日だ。

 俺が一度死んだ日。彼女も同じような気分だったらしい。退廃的な鬱屈とした気分。


 俺と会わなかったから、その気分のままに世界を滅ぼした。

 そんな光景が何となく思い浮かんだ。


「あぁー……。なるほどな」

 納得したといった感じの声。そこにマイナス的な感情は感じられなかった。仮にも元ヴァンパイア・ハンターはもっと正義感に燃えたりしそうだけど。

「あっさりしてるね」


「世界なんて簡単に滅びるもんさ」

 京はあっさりとそう言って立ち上がる。尻を手で払うとそれに合わせて埃が舞った。

「どうするの?」

「帰ろーぜ。あたしは気ぃ済んだし、うっかり自分の死体とか見ちまったらテンション下がっちまうだろ?」


 ……まぁ。嬉しくはならない。

 というか俺も普通に死んでるんだろうな。


 隣を見る。

 咲の彫刻みたいに整った横顔は、いつもと違い、眉が僅かに寄っていて何かを考えているように見えた。

 なんだか俺にも分からない感傷が含まれているように感じた。


「咲。この世界の咲は、まだ生きてる?」

「……多分ね」

「だったら──」

「会いたい?」

 顔を傾けて俺の顔を覗き込んできた。

 髪が流れて揺れ、吸い込まれるような黒い瞳に見据えられる。

「まぁ………うん」

「私は会わせたくないけれど」

「え、なんで?」


「惚れられても困るわ」

「いや、惚れないから……多分」

 咲がじっと見つめてくるので思わず視線を逸らしそうになった。


 けれど指を頬に添えられて、顔を戻されてまた見つめられる。

「そこは断言して欲しいわね」

「いや……一応、咲ではあるわけだから断言するのも変かなと思って」

「……」

「さ、咲?」


「それもそうね」

 咲は不意に黙り込んで、それからあっさりと立ち上がった。

 何を思ったのかは分かれなかった。


「じゃあ会いに行きましょうか」

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ヴァンプ・ノスタルジック 大入道雲 @harakiri_girl

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