第4話 鳥居

 二手に分かれた遊歩道。森林が屋根のように空を遮っているせいで日光が途切れ途切れに差し込んでくる。薄ら肌寒かった。


「行こーぜ?」

 京は俺たちが進むのと反対を指差してそう言った。舗装が劣化してひび割れている。

「いや、温泉旅館はこっちだから」

「貴方が誘ったのだから道くらい覚えときなさいよ」

「こっち行きてーの。面白い事が起きる気がするし」

 一丁前にワクワクした感じだった。


「貴方の予感なんて当たらないわ」

 そう。地図によっても何ら面白そうな物は指し示されていない。

「何もないと思うけど」

「いや、なんかある。アタシの勘は当たんだ。な?善行と思ってさぁー。行こーぜー」

 悪ガキみたいな、俺たちを舐めた態度。なんでも言うこと聞いてくれるとでも思ってそうだった。

「なんか味しめてるね・・・」

 


 咲は髪を耳にかけて、眉を寄せ目を瞑った。

 多分俺も同じ心境だ。

「・・・まぁ、別に良いけれど。心底感謝することね」


 俺たちは、天国に行くことを諦められないし、そんな心境に心地良さだって感じていた。




S2C1




 しばらく足を動かすと鳥居が見えた。壁みたいな階段の先に鳥居特有の組み木が見切れている。

 標高はかなり高くなったと思う。道の続きみたいに階段が現れてそれをしばらく登った先に見えた。


 石畳の階段は百五十段くらいあって、ひび割れていたり雑草が生えて蔦が這っていた。本来の用途が長年果たされていないんだろうと見て取れる。


「満足した?」

 咲が言った。呆れた様な冷めた声音に聞こえた。神社なんて欠片も興味がないんだろうし、飽きてきたっぽい。


「いや登ろーぜ。もうちょっとなんだしさー」

 京はそれだけ言って、とっとと歩き出してった。二つ結びを揺らして少し早足で階段を上がっていく。

 見上げる首の角度が少しずつ広がっていった。


 ふと視線を切ると咲が俺をみていた。珍しい疲れた感じの表情には、どこか人間味が感じられる。

「もっと楽な方法はないものかしら」

「・・・京に頼るのはやめとこっか」

 善行を施すたびに感謝が薄れていってる感じがした。多分、事実そうだ。

 

「なら、さっさと旅館に行きましょ。飛んで」

 そう言うと咲の背中に翼が現れた。最近は、自分の背中からもよく生やしてる。

 超然的な紅い翼には見慣れたが、墜落する時の気持ち悪い浮遊感には欠片も慣れる気配がない。


「・・・うん」

「こういう事は実践して慣れるのが一番身につくのよ」

「分かってるよ。がんば──」



「おーい!!すげーの有った!!!」

 五月蝿い。

 大声が静かな森に何回か跳ね返っていた。空でも見るみたいに首を動かすと、途切れた階段の先から二つ結びの頭のシルエットが生えている。手を無邪気に振っているのがわかった。

 少し息を溜めて大きめの声を出す。

「どーしたのー」


 少しの間。


 

「鳥居が別世界に繋がってる!!」

 


「・・・えぇ?」

 別世界って、何。

 思わず隣を見たが、咲も眉を綺麗に上げて肩を竦めた。

「天国って事?」

「あぁ・・・。え、そんな事あるの・・・?」

「さぁ?それか、地獄みたいな可能性もあるのかしら」

 

「おーい!!来いって!マジすげーからさっ!」


 その声で渋々と足を動かす。

 天国なんて可能性があるのなら、それが当たり前だ。もしかしたら少し早足になっていたかもしれない。

 天国への階段はそれでもやけに長く感じた。



 階段を登っていくたびに、ステージのせり上がりみたいに鳥居が表れていく。階段を登りながらも目線はそれに釘付けになっていた。


 鳥居の内側が穏やかな水面みたいに波打っているような気がした。階段を登るたびにそれが鮮明にわかる。

 しかし水面の先には違和感のない普通の社殿が投影されている。つまり別の世界というよりガラス張りの向こう側みたいに見えた。


 無言で足を動かすと、鳥居はほとんどの全貌を露わにして、明らかに手入れされていない塗装の具合などがよく分かるようになった。


 京は所々、塗装の剥がれた鳥居の柱部分に自慢するみたいにもたれかかっている。

「どーよ。面白れぇだろー?有ったろー?」

「まぁ、確かに・・・」

 こんな不思議現象は認めざるを得ない。目がおかしくなったのかと思うほど鳥居の中心部分が自然と揺蕩っている。


 そして奥には、小じんまりとした建築物が有って少し汚れた賽銭箱や鈴の緒などが見える。

「サランラップでも貼ってるみたいだね」

「まじスゲーから。入ってみ?」

 語彙からも声音からも興奮が伝わってくる。

 ただ、鳥居の先には波打ちながらも現実世界は見えているので別世界と言われてもピンと来ない。


 咲も疑わしげな顔をしながら鳥居を見つめていた。

「貴方は入ったの?」

「そりゃモチロン」

「そ」

 咲は思案するように顔に触れていた指を離すと、ゆるりとコチラを見た。

「なら入って見ましょうか」

「そうだね」

 返事をすると咲がさっさと歩き出したので、駆け寄って並んだ。


 駆け寄ると、ふと白い手が差し出された。

 隣を見ると咲がいつもの表情で見つめてきている。どういう意味かは分からない。

「・・・なに?」

「手、繋ぎたかったんじゃないの?」

「あー・・・」

 なんとなく。

 京が入ったとはいえ、毒味させてるみたいで気持ち悪かったから一緒に入ろうとしただけだった。

 

「うん」

 けれど手を差し出して指を絡め合った。相変わらず冷たくて、すらっとした指で心地良い手触りに感じる。

 揶揄われてるのか?そう思って顔を見ても切れ長い目は淡々とコチラを見つめている。

「どうかした?」

「いや・・・、手繋ぐなんて滅多になかったよねぇー・・・あはは」

「そうね。これからは繋ぐことにする?」

 目が緩く細められ、髪が艶やかに靡いた。顔が妙に熱くなって思わず視線を逸らす。

「えー・・・それは──」



「いや、さっさと入れよ。めんどくせーな」

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