第3話 雲灰青

 駅舎前。白を基調にした外観で四列の線路が建物を横切っている様子が見える。

 環状交差点の中心ではアスファルトから生えた街頭時計が規則的に動いている。


 駅構内は微かな風が吹き抜けていて心地が良かった。屋根が日射を遮って瑠璃色の影が落とされている。

 木製の経年劣化したベンチが背中合わせで並べられている。


 ベンチに座った俺たちにキャリーバッグの音を引き連れる少女が近づいた。

 ダメージジーンズにスカジャンと赤いキャップ。背中に虎を背負って髪を二つに結んでいる。不機嫌そうに細められていた目が俺たちを見つけて僅かに開かれた。

 少女──伏見稲荷 京は、ポケットに突っ込んでいた手を掲げて大袈裟に振る。


「よーっす、待たせたか?」

「待たせたわ。でも許してあげる」

 隣では咲が冷ややかな声で返事した。

 立ち上がると黒いワンピースを翻される。被った麦わら帽子から色白い端正な顔に影が落とされている。


「え?」

 京が予想した返事とは違ったらしい。面食らった表情をしていた。

 眉を顰めると俺に顔を寄せて声を潜めた。

「どうしたんだ、咲の奴」

「とりあえず感謝すれば?」

 その疑問は最もだろう。何時もなら、待たされた時間の尊さを滔々と説いた後に謝らせてから無視している。

 だけど俺は淡々と感謝する事を促した。それがこの旅の目的だからだ。


 京はさらに怪訝な顔をして咲に向き直った。結んだ髪を弄りながら目を泳がせた。

「えぇ?あー、ありがと?」

「どういたしまして」

「・・・ぉう」

 気味が悪いモノを見た顔だった。或いはこの生温い空間が物足りないのかもしれない。


 そのまま切符を買ってホームに入場する。丁度、電車が停止する煩い音が響いてロングスカートが揺らされた。


「つーかさ、どーして急に来てくれんだよ」

 電車のドアが閉まる音とアナウンス。それらに混じって京の声が聞こえる。

 二人に挟まれる形で座っているので、隣の俺が返事を返す。

 これは強調しなければいけなかった。

「ただの善意だよ」

「嘘だ、誘った時はあんだけバッサリ切り捨てた癖によ」

「純粋過ぎる善意よ。感謝の一つでもしたら?」

 電車がガタンと揺れた。


「そりゃありがたいけどさ。正直言って気味悪いっつーか」

「深読みのしすぎだよ。私達は敬虔に善行を心がけてるんだから」

「それがキモいんだよ」

 肩を寄せて腕を摩っている。もしかしたら寒いのかもしれない。


「優しくすると付け上がるのね。でも許してあげる」

「・・・そりゃどーも。いや、マジでなんだよ」

 窓枠に肘をついてこっちを向いてきた。京が足を組んだせいで膝が触れてくる。


「どうしても教えてほしいのかしら」

「どーしても教えてほしーです」

 めんどくさそうに間伸びした締まりのない声。頬に手を当てて視線を漂わせていた。

 吊り革がスポーツ観戦のウェーブみたいに小綺麗に揺れている。

 咲が軽く京を見据えた。

「仕方ないわね。教えてあげなさい」


「はーい」

 善行稼ぎチャンスをくれた。

 あと、どれだけこんな事をすればいいのかを明記してほしいと思ってる。RPGの経験値システムさながら、天国行きシステム的な。

 車窓の景色が目まぐるしく流れている。

「天国に行こうと思って。だから善行を積み重ねているの」

「吸血鬼が?寿命なんてねーのに?」


「ぐ・・・」

 効いた。

 機械的な走行音が大きく聞こえる。

「決めつけは良くないわね。差別とは偏見から生まれるのよ」

「偏見っつーか、・・・吸血鬼のアイデンティティじゃねーのかよ。不死身の体は」

「真に大切なのは先天的な特性よりも他者との繋がりじゃないかしら?」

 咲は不敵に笑って髪を払った。

「キャラちげーぞ」


 それから二時間は柄の悪い文句が止む事はなく続けられた。毒にもならない会話が繰り返されては近隣住民を苛つかせる騒音に溶かされていく。


 朝の透明な光が段々シロに変わった頃。停止駅から人が乗り込む事はなくなった。

 昇り切った太陽が鬱蒼とした山中を横断する錆びた線路を偉そうに見下している。




 S2C1




「あぁー、疲れた」

 身体を伸ばすと快感混じりの解放感であくびが溢れた。

 金色の髪が靡いて顔を擽ってくる。Yシャツと素肌の隙間を涼しい風が通り抜けた。


 線路が二本通り抜ける簡素な駅舎。外に出ると、こじんまりとした鼠色の建物が連なる寂しげな町並みが目に入る。

 空は青く雲は白い。


「此処で合っているの?寂れているけれど」

 咲が麦わら帽子を抑えて辺りを見回した。確かに、温泉旅館なんて雅なモノはありそうにない田舎町が広がっている。

「寂れてっから割引してでも来てもらいたいんじゃねーか?」

「それっぽいこと言うのね」


 何処か疲れた風なやりとりが耳に入ってくる。行きのいきいきとしたやり取りにはもう飽きたらしかった。

 俺は手元に視線を落としながら口を開く。

「ていうか旅館までも結構歩くみたい」

「流石に疲れちまったなぁー」

「道案内はお願いするわ」

「うん」



 俺達は、金髪美少女を先頭に歩き出した。サンダルの音がカラカラと鳴っている。

「そういえば、京は吸血鬼が死んだらどうなるか知らない?死後の世界的な」


 少し後ろには黒髪美少女はワンピースを靡かせて、さらに後ろでは二つ結びの輩がキョロキョロしながらついてきていた。

「ヒットマンがあの世のこと知ってるかって話だよ。坊主にでも聞いてみたら?」


「吸血鬼の事を知っている僧なんて居るの」

「まぁ、アタシは知らねーけどさ」

 随分と軽い口を開いているみたいだった。能天気に刹那的に生きている風な彼女に、繊細でフクザツな悩みは理解し難いらしい。


「じゃあ、ヴァンパイアハンターって何を知ってるの?」

「そりゃ、吸血鬼の見分け方とか殺し方とか・・・そんな感じ?」

「碌でもないわね。真っ当な死に方しないでほしいわ」

「死に様より生き様だっつーの。今が楽しけりゃそれが最高だろー」

 京はふらふらとアスファルトを踏みしめて言った。


 俺には、いずれ来る終わりを素面で迎えようとする神経なんて分からなくなった。

 まぁ、別に思い出したくもない。


「かっこいい事言っちゃって」

「断末魔が楽しみだわ」

「ぎええええ・・・!!!!とかどう?」

「あら、可愛い」

 可愛いか?


「いや可愛くねーだろ、死に際のエイリアンかと思った」

「・・・愉快な例えね。実際の所を確かめてみようかしら」

「ぎえぇ」

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