第2話 天国
校内に設置された図書館はそこそこの規模を誇る。もちろん蔵書の数に検討をつけられる程できた頭はしていない、多分多い。
湾曲した壁面に沿って本棚が設置されていて、よくある机と椅子だけでなくソファみたいな気の利いた物まで設置されている。それがどの程度の教育効果を生み出しているのか気になるところではあった。
俺たちは2人がけの椅子に腰を下ろして、いくつかの本を目の前の机に積み上げていた。要するに授業の一環で調べ物をしている最中だ。下を向いているせいで少し伸びた髪が視界に入ってくる。
金色でサラサラと揺れる髪は、未だ見慣れていない
手元の初心者に向けて構成された本から顔を上げた。隣を向くと整った横顔が目に入って、長い睫毛が揺れている。
「そういえば、どうやって私を吸血鬼にしたの?」
「超能力よ」
即答すると、咲は本を閉じて飽きたみたいに机の上に放った。
襟から覗いた白い首筋が輝いている。
「それは超能力だと思うけど内容っていうか・・・」
「吸血鬼にしたい人でも居るの?」
首を傾げて緩くこちらを見た。呑まれるような黒い瞳で見据えられる。
「ううん。ただの興味」
というか本を読むのに疲れたからだった。俺はきっと、そこまで他人に入れ込めない。
「そう」
咲は紅い唇に手を当てて視線を宙に向けた。雪肌に黒い横髪が流れる。
「魂を分け与えるようなイメージかしら。真っ二つにして移植するみたいに」
「え・・・それって大丈夫?」
「この通りよ」
姿勢良く座る彼女は超然的で華やかに見える。
「そっか」
「強いて言えば不死身じゃなくなったくらいね」
「えっ・・・・・・、不死身?」
「そうよ。精々感謝しなさい」
「・・・うん」
・・・なら。
なら・・・俺が殺したようなものじゃん・・・。
自殺の尻拭いさせて
寿命削らせて、世話かけて、浮かれて、無邪気に笑って。
「・・・ご・・・・・・」
めん。って言ったら楽になるよなぁ・・・。
咲の好意を踏み躙って、払った対価は割に合わないって伝えられるなァ・・・。
独りよがりな感傷に浸れて気持ちよさそうだ。自分を貶めるのは無責任で楽だから。
でも、咲はこう言っている。自分に与えられた好意を自覚して、それに感謝して受け取れと。
口の形を変えた。・・・笑顔みたいな『あ』の形。
「・・・・・・あ・・・ありがとう」
「そんな顔で言われてもあんまり嬉しくないわね」
「それは、・・・ごめん」
咲は、ふっと口を緩めた。
「まぁでも、私もあの時は死にたいと思っていたのよ。自覚してなかったのだけれど」
淡々と思い返すような声音だった。
柔らかく肩にもたれかかられて甘い香りがする。
肩にかかった微かな重みが心地よかった。
「なんだかつまらなくて。でも理由がわからなかったの・・・それで、世界でも滅ぼそうか、と思っていた時に貴方と出会ったのよ」
声が俺に向けられた気がする。どこか情緒的的に感じた。
「似たような貴方に。だから、お互い様ね」
「・・・うん」
「この形でなかったら。きっと、いずれ来る終幕を儚む事だって出来なかったのよ」
だからコレがベスト。
咲はそう言ってくれている。
「・・・うん」
「・・・・・・そうだよね」
誰しも小学生には気がつく事に、いま初めて気がついた様な気がした。
いや、正しく初めて気がついた。生き返ったから初めて自覚した。
「いつか死んじゃうんだよね」
「・・・そうね」
視線を落とすと小さくなった手が見えた。透き通るくらい白くて華奢だった。
「吸血鬼って死んだら天国行けるのかな」
「死後の世界なんて夢想家の現実逃避だわ。付き合う必要なんてないのよ」
「あはは、咲っぽいね」
「・・・でもあったら幸せじゃない?」
「そうかしら」
「天国があったら、また2人で居られるかもしれないし」
それになんか報われる気がする。
「・・・」
「どうしたの?」
咲が肩から離れた。それから考え込むように口元に手を当てる。
「・・・・・・善行でも積めば良いのかしら」
「え?」
今まで見たことがないくらい真剣な目つきだった。密室殺人を解き明かす探偵の如く、思案するように目の先を見つめている。
顔を上げて、傾けて、こちらを見た。
艶めく黒髪が揺れている。
「天国に行きましょう。閻魔を殺してでも」
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